9.必殺技?
「近衛騎士にも議員資格があるのですか?」
「もちろんですとも。
貴族院議員の資格は爵位を持つ貴族一人について一票というか、1名です。
近衛騎士だろうが公爵だろうが同様です」
「票、ですか」
「爵位ひとつごとに1名の議員が任命できるといいますか。
本来は爵位持ちの貴族本人が議員になるわけですが、代理が認められております。
そうしないと、議会が開けなくなりますからな」
そうか、人事ではないんだ。
俺にも議員になったり、あるいは誰かを代理人に任命したりする権利があると。
あれ?
だったら、自分に有利なような政策を作れるんじゃない?
「貴族院議員は、自家に関係する提案の検討には参加できないと決められています。
もちろん貴族全体に関わるものは別ですが。
それでも貴族院議会に出席することで、現在どんな提案が検討されているかをいち早く知ることは出来るというわけです」
それだけ言って、フルーさんはゆっくりと食後のお茶のカップを取り上げて口に含んだ。
にんまりと笑う。
「というのが原則で、これは厳守せねばなりませんが、穴があるわけでして。
本人やその代理は検討部会に参加できないにしても、例えば自家には関係がない親しい友人がその部会に参加することは可能です。
まあ、あまりにも露骨ですと忌避されますが、ちょっとした便宜を図るくらいは容認されておりますな」
フルーさん、政治家だ!
つまり、アレスト伯爵家とヤジマ近衛騎士家は協力しあえる、ということか。
いや、別にこの両者だけじゃない。
むしろ、既にそういうネットワークやグループがいくつも存在していると思うべきなのだろう。
国連と一緒じゃないか。
うーん、俺の手には余るな。
後でジェイルくんを通じて、ユマ閣下とかラナエ嬢に検討して貰うか。
というよりは、ユマ閣下のことだからとっくに対処を考えているんじゃない?
「判りました。
その件については、然るべき時に対処させていただきます」
俺が玉虫色の対応をすると、フルーさんはちょっと驚いたように目を見張った。
それから頷いて、ゆっくりと目を閉じる。
怖いな。
改めて考えてみると、元アレスト伯爵閣下は今まで王都でこういった複雑な状況を乗り切ってきた、百戦錬磨の政治家じゃないか。
サラリーマン二年生が対抗できる相手じゃない。
だから、俺としては問題を丸投げしか出来ないわけで。
ふと気づくと、ヒューリア嬢が俺とフルーさんを探るような目つきで等分に見ていた。
あの目の色は、好奇心?
いや、むしろ品定めか。
フレアちゃんは、圧倒されたのか黙ったままだった。
まあ、この中では唯一子供といっていい娘だしな。
政治家や商人、あるいはサラリーマンとしての経験がないと、ついていくのは難しいぞ。
結局、その後はフルーさんも口数が少なくなり、曖昧なままディナーは終了したのであった。
フルー元アレスト伯爵閣下は帰りがけに俺を呼んで、代理人についてはいつでも相談に乗るから、と言ってくれた。
単に俺が誰かを指名して「あんたよろしく」と言えばいいのではなく、結構面倒な条件があるらしい。
まあ、それはそうだ。
貴族院なんだからね。
近衛騎士の場合は、必然的に「親」がいるわけだから普通はそっちから融通して貰うということだけど、心当たりがあれば自分で選んでもいいことになっているそうだ。
俺の場合はユマ閣下が「親」だから、そっちの意向に従うことになるんだろうけど。
でも、フルーさんの好意? は判ったので、丁寧にお礼を言っておいた。
俺も今は金や権力はないけど、何らかの形で恩返しできればいいと思っている。
いや、別に情というわけではないよ?
サラリーマンも偉くなると、お中元が必須になってくるのと同じで、貴族社会はそういうシバリでがんじがらめになっているくさいからな。
アレスト伯爵家は数少ない「身内」といっていい貴族家だから、大事にしないと。
本日はお客として来られたので、フレアちゃんもヒューリア嬢と一緒に帰った。
お忍びなので、お付きも最小限だ。
ここが難しいところで、本当にこっそりやる場合はせいぜい従者と護衛くらいだけど、「公式のお忍び」というケースではとりあえず本人達とは別の馬車が1台つくくらいの大人数になる。
まあ、本当の公式訪問だったら、凄いことになるらしいんだけどね。
俺がどっかの貴族家に行く場合は、やはりそれなりの用意がいるらしい。
ちなみに、アレスト伯爵家に行った時は「公式のお忍び」だったということで、あの程度で済んだそうだ。
いずれ、しかるべき時にバレル男爵家に俺がフレアちゃんを迎えに行く時もそうなるだろうな。
もちろん、フレアちゃんはそもそもソラージュにはいないことになっているわけで、大々的にやるわけではないけど。
後になってバレた時のために、こういう時こそ形式は守らなければならないらしい。
例えばフレアちゃんが、今日このまま俺の家に居ついてしまったりしたら、傍目には駆け落ちに見えてしまうかもしれないそうで。
いやいや、そんなの有り得ないって。
そういえばヒューリアさんも、帰るときに意味ありげに何か言っていたっけ。
「しかるべき時はよろしく」って、何?
まあいい。
傍目には和やかなディナーだったらしいけど、みんなをエントランスで見送った後、俺は疲労困憊して風呂にも入らずにベッドにぶっ倒れたのだった。
疲れた。
目が覚めると、見知らぬ天井じゃなくて天蓋が見えた。
最近、よく眠れるなあ。
いつの間にか寝間着にしている野良着(清潔で上等なバージョン)に着替えさせられていて、まさしく貴族だ。
着替えくらい自分でしたいもんだけど、昨夜は疲れ切っていてとてもそんな余裕はなかったんだよ。
それにしても、着替えされられているのに目が覚めないとは俺も図太くなったもんだ。
ていうか、下着も替えられているのか?
慌てて探ってみたら、何とか無事だった。
しかし、少なくとも下着以外は引っぱがされて着させられたわけで。
誰だ?
ラノベだと、そんなシーンはスルーされているけど、リアルでは大事だぞ!
まあ、今のところこの屋敷には女性はいないはずなので、ジェイルくん辺りがやってくれたんだろうけど、出来れば起こして欲しかった。
それなら、下着も替えられたのに。
こっちの世界では、まだ製布技術が地球ほど発達していないので、下着のたぐいも結構ゴワゴワしていて、日本だとまずお目にかかれないくらいの粗悪品という感覚だ。
そんなもんを着替えもせずにずっと着ていたら、やはり気になるよ。
いや、俺も結構慣れて、普通なら何とも思わないんだけどね。
まあいい。
ベッドから起き上がって窓のカーテンを開けると、もう夜が明けていた。
腹が減っていたが、とりあえずは日課だ。
手早く運動着に着替える。
ハマオルさんに頼んで手に入れて貰った木刀を持ち、タオルを首にひっかけて寝室を出て、そのまま裏庭に向かう。
案の定、ハマオルさんがいた。
もともと凄腕の剣士だし、鍛錬は欠かさない人なんだけど、俺が毎朝ジョギングしていると言ったら付き合ってくれるようになったんだよね。
朝練は本人も気に入ったらしく、毎朝俺より前に起きて待っているようになった。
ちょっと前まではホテルの裏庭でやっていたんだけど、一緒に越してきたわけだ。
あっさり適応するものだ。
俺もだけど。
というわけで、ハマオルさんをシカトすると後が怖いので、朝練は欠かせなくなっている。
ありがた迷惑……じゃなくて、俺としても一人でやっているとどうしてもダレるから、感謝はしているんだけどね。
剣を教えてくれるよう頼んでしまったし。
もっとも、ハマオルさんは俺に何度か木刀を振らせた後、「まだまだだね」という感じで頷いた。
テ○スの王子様かよ!
ハマオルさんの話では、俺の剣の筋は平均的だそうである。
オブラートに包んでいるけど、つまりは達人どころか並の剣士になるのも難しい、ということだよね。
ただ、示現流モドキを実演して見せたらこれは使えると言ってくれた。
そもそも剣術などというものは、正式な試合ならともかく実際の戦場や決闘ではまず役に立たないそうで、我流でメチャクチャに暴れる方がむしろ有効らしい。
剣術の稽古よりは、喧嘩などしてクソ度胸をつけた方が生き残れる確率は上がるとか。
よって、いきなり突進して斬りつけて逃げる、というのは実に現実的な方法だから、それを伸ばしましょうということになったんだよね。
近衛騎士なのに、最初から逃げる為の剣ってどうよ?




