6.冒険者志願?
そういえば冒険者って、こっちの世界には実際にいるんだ!
ていうか、俺の感覚で冒険者に見える職業の人がいるってことだけど。
やっぱ、盾役とか攻撃とか役割が分かれているんだろうか。
魔法や弓矢なら後方支援だろうけど、俺はどっちも出来ないし。
あ、そういえば攻撃魔法とかあるのか?
魔素を利用した魔術くらいはありそうだけど。
「すみません、ひとつ質問いいですか」
「はい。何でしょう」
「仕事とは関係ないんですが、こちらには魔法とかありますか」
イケメンは、ちょっと戸惑ったように首を傾げた。
「ま、ホウですか」
「ああ、なさそうですね」
俺が知っている魔法のたぐいはないらしい。いやー、魔素翻訳って凄いわ。言葉だけじゃなくて、概念まで伝わるというか、概念がないことまで伝わる。
だがイケメンはすぐに返してきた。
「ああ、すみません。○◆×ですか。ちょっとなさそうですね」
「ということは、そういう概念はあることはあるんですね」
「はい。おとぎ話や物語では出てきますね。ヤジママコトさんがおっしゃる魔ホウとは少し違いますが、勇者がドラゴンと戦ったりするときに使う、超絶的な技に近いと思います」
もちろん、お話としてで、実際にあるとか使える人がいたという話はまったくありませんが、とイケメンは笑った。
まあ、そうだよな。
神の奇跡とか、お姫様を助けるような話は、こっちでも当たり前にあるんだろう。
そして、主人公が活躍するためにはどうしても魔法とか伝説の剣とかを出すことになる。
だって、そうしないとチートにならないから。
ラノベってある意味、大昔からある概念なんだよね。
俺も知ったとき驚いたけど、例えばアーサー王が持っている聖剣って、ラノベの武器なんだよ。いやアニメの話じゃなくて。
『ブリテン列王伝』っていうのがアーサー王伝説の原典なんだけど、そこに一振りで数千人殺したとかいう話がちゃんと載っているらしいのだ。
どんな大量破壊兵器だよ。
もちろん、それ以外の資料には全然そんな剣のことなんか出てなくて、というかそもそもエクスカリバーってアーサーの父のウーサー王が持っていた、何てことのないただの剣だったって。
それを話を面白くするために、講談みたいに膨らませたみたいなんだよね。まあ、法螺話ということで。
頷いている俺に、イケメンはからかうように言った。
「ヤジママコトさんは、そういうチートに興味がおありですか?」
チートって言った!
ていうか、俺にそう聞こえた。
ということは、そういう概念はあるんだな、こっちの世界にも。
「興味があるというか、私の世界でもお話の世界の概念だけはあるもので」
「そうですか。世界は違っても、人の生活は同じようなものなのですね」
イケメン、理解速すぎ。
「龍殺しとか勇者とか、厨二的なものが割と好きなんです」
言ってしまった。
割と、じゃなくて大いに好きだけど、まあいいか。
「そうですね。こちらでも、子供の頃はみんな厨二に憧れます」
厨二、通じちゃったよ……。
やっぱ仮面○イダーとかなくても、そうなってしまう傾向はあるんだろうな。異世界でも。
「もっとも、そんなものは存在しません。知恵があったり邪悪だったりするドラゴンもいませんし、勇者というものが実在したという記録もありません。
伝説とか伝承の中にはありますが……おとぎ話のたぐいです」
イケメンはきっぱりと言った。この話題は打ち切りたいらしい。
それはそうだ。
俺の就職について責任持たされているのに、馬鹿話をやっている暇はないのだろう。
だが、俺はあえて踏み込む。
だって、この世界って冒険者がいるんだぜ。ギルドもあるし。
少なくとも、俺の理解できる概念的な冒険者やギルドが。
「でも、冒険者はいるし、エルフやドワーフもいるんですよね?」
イケメンは、不思議そうに首を傾げた。
「もちろんです。先ほどヤジママコトさんを面接したハスィー様も、エルフですよ」
キター!?(古)
あの人、やっぱエルフだったのか!
いや、おかしいとは思っていたのだ。だって美人すぎたもんな。
耳が長いとかなかったので違うと思っていたんだけど、こっちのエルフは肉体的な特徴がないのかもしれない。
そういや、ドワーフもいると言われたけど、別に身長が低い人は見かけなかったし。ガタイがゴツイ人は何人かいたけど、あれがドワーフだったのかも。
「す、するとゴブリンとかコボルトも?」
「GO……ブリィン? コボ……ルと? いえ、そのようなものはいませんが」
ファンタジー世界そのままではないようだ。
ええと、整理してみると、こういうことか。
エルフやドワーフは、種族は違うけど一応人類だ。それに対してゴブリンやコボルトは、いわいる魔物というか、人類ではない。
つまり、亜人はいるけど魔物はいないと。
超越種であるドラゴンもいないと言っていたな。逆に言えば、普通(笑)のドラゴンはいるのか。
まあ、地球でもトカゲのたぐいをドラゴンの象徴として扱っていたはずだ。ゲームで知ったけど、キリスト教の聖ジョージという聖人は、竜退治で有名らしい。
でも、その銅像や石像を見てみると、戦っているのはどうみてもでかいトカゲのたぐいだったりして。
魔素のおかげで概念が変換されて伝わっているから、あくまで俺の概念におけるエルフやドワーフみたいな人たちがいて、ゴブリンやコボルトみたいな生物はいないということだ。
でも、だったら冒険者がいるのはなぜだろう。
「もうひとつ聞いていいですか」
「どうぞ。マルトからも、質問には何でも答えるように、と言われています」
気前がいいな、マルトさん。
何を期待されているんだろう。
「冒険者、という職業があるみたいなんですが」
「ありますよ。ただ、多少なりとも危険を伴う仕事ですので、ヤジママコトさんの就活対象としては、あまりお勧めできないのですが」
やっぱ、アレか。
本当に冒険者か。
「もう少し詳しく」
「そうですね。冒険者とは、自由労働者です。仕事の内容は様々で、というよりはギルドに参加している人たちがやらない事すべてが業務対象です。
要するに、何でも屋ですね。
それに対して、例えば我々商人はギルドの商人部門の会員で、大きな仕事はギルドを通します。
担当する仕事の種類は決まっていて、それぞれの職種以外の仕事は受けないわけです。
もちろん、ギルドを通さないで仕事を請け負うことも可能なのですが、信用保証や金銭のやり取り、契約の確認、問題が起きた時の解決に至るまで、すべてギルドで対処が可能ですので、通した方が有利です」
なるほど。
やっぱ、こっちの世界ではギルドというのは政府みたいなものなのかもしれないな。
ひょっとしたら、裁判権や税金の徴収までやっているのかもしれない。
そういえばマルトさんはギルドの幹部だと言っていたような気がする。
それって、大企業の経営者が政府の諮問委員会に参加するようなものか。
考えていると、イケメンはちょっと考えてから続けた。
「もちろん、冒険者がギルドの仕事を請け負わないわけではありません。ですが、それは言わば外注で、ギルドが単発の仕事として発注する形になります。
契約形態は色々ですが、たいていの場合は結果が出ればそれで良し、といったものになりますね。
方法は問わないわけで、汚れ仕事などがこれに当たります。具体的に言うと、小規模の害獣被害の対処や、遠方の村におけるいざこざの解決などですね。
大規模なものは、国の警備隊や騎士団が動きますが、それほどでもないものについては冒険者に依頼して解決するわけです」
ラノベの冒険者そのものじゃないか。
しかし、やっぱ不正規業務専門ってかんじだな。警察に対する私立探偵、というよりはむしろマフィアとかヤクザの立場か。
ギルドの正式会員じゃない、ということは、まっとうな仕事とは思われていないわけだ。
傭兵みたいなものなんだろうな。
うん、俺には関係ないね。
「大体、判りました。俺には合わないみたいです」
イケメンは、ちょっと困ったように頷いた。
俺がトチ狂って冒険者になりたい、とか言い出すのかと思ったのかも。
嫌だよ。
なんでそんな、将来の保証どころか現在の生活や命まで危ないような仕事しなきゃならないんだ。
俺には英雄願望なんかないし、大体こっちの冒険者ってドブ浚いみたいなもんじゃないのか。いや、それ以前に俺の体力や精神力では到底勤まるとは思えないな。
うん、冒険者はナシということで。




