1.屋敷?
王政府からの返事は遅れた。
向こうから呼び出しておきながら、お役所仕事なのか俺宛の出頭依頼状が届くのはいつになるか判らないそうだ。
こちらとしては俺の居場所がホテルになっているために、それまでは動くことも出来ない。
ただ俺の活動が禁止されているわけではないので、その間にバレル男爵家に挨拶に行ったり、ヒューリアさんに案内して貰って適当な家を見て回ったりしていた。
ジェイルくんの方は、あの後順当に例の何とか言う商人と会って、とりあえず取引契約を結んだらしい。
ジェイルくんの話によれば、あの商人は今俺が泊まっているホテルの専属というわけではなく、色々な商店や業者に出入りして注文を取るタイプの商家のものだということだった。
当然、有力な商家であるバレル男爵家にも出入りしているわけで、フレアちゃんも顔を見たことがある程度には知っていた。
フレアちゃんが最初にそいつの関係者だと臭わせたのは、俺に会いに来てたまたま俺と出会っているのを見たからだということだった。
油断も隙もないな。
実はあの時もサリムさんがすぐ近くで警戒していたそうで、俺が何かふらちな真似をしていれば一瞬でご用だったとか。
怖いよ!
まあ、でなければフレアちゃんみたいな無警戒な娘が、あんなところをエロい服装で(スカートだとそうなる)ふらふら歩けるはずもないけどな。
ちなみにフレアちゃんがなぜそんな危ない恰好だったのかというと、実はスカートしか持ってないからだと(笑)。
本物の帝国皇女ならそうかもなあ。
サリムさんも判っているのに服装は人の自由だからと、注意もしなかったらしい。
フレアちゃんが気づかないうちに、ちょっかいをかけようとしてきた男をもう何人も仕留めたと平気で言っていた。
物騒だから止めろよ!
そういうことをフレアちゃんに話して、とりあえずスラックスなどをヒューリアさんに用意して貰うことにしたけど、この娘は思ったより爆弾かもしれない。
いやフレアちゃん自身は多分安全だろうけど、その安全を維持する手段が暴走しそうで。
「万一の場合は、サリムを切り捨てて結構です。
知らなかった、騙されていたと答えればよろしいのです」
ハマオルさんも、容赦ないな。
「でも、それだとサリムさんがお尋ね者になったりしませんか」
「何、しばらく潜伏してから、ほとぼりが冷めた頃に姿を変えて戻ります。
貴顕の護衛とは、そういうものです」
そういうものなんですか。
知らなかった。
ラノベには出てこないよね、そんなの。
まあ、きれい事だけでは駄目だということも判る。
状況から言って、どうしても誰かが汚れ役をやらなければならない場合もあるってことだな。
一介のサラリーマンには荷が重い世界だ。
でもしょうがない。
前に本で読んだけど、昭和の時代のサラリーマン、特に商社の人たちは、外国に行ってマジで命の危険があるような仕事もしていたそうだ。
今でも中東とかアフリカ、あるいはアジアでも武装勢力やゲリラ相手に商売している人もいるらしいしね。
そこまでいかなくても、外国では普通に歩いていて道端で強盗に遭ったり働いている店が襲われたりするのが当たり前の国もあるというし。
ていうか日本が例外的に安全なだけで、何をするにしてもそんなに楽な仕事はないのかも。
まして、ここは異世界だ。
こっちのサラリーマンって、そういうものだったのかもしれないなあ。
ああ嫌だ。
嫌だけど、辞めるわけにもいかないしね。
考えるのは止めよう。
俺は何軒目になるのかバレル男爵家に紹介された家を見に来ていた。
ジェイルくんは忙しいので、代わりにソラルちゃんがついてくれている。
案内役はヒューリアさんで、この人も暇というか本当に俺担当らしい。
フレアちゃんも同行しているので不必要に華やかな一行になったけど、同時にハマオルさんとサリムさんが睨みを効かせてくれているため、変な連中は寄ってこないのが助かる。
でもこの二人がいると空気が何となく重いというか軽いというか、よく判らない雰囲気になるんだよね。
しかも二人ともヒヤリとした危ない感触があるので、普通に歩いていてもすれ違う人が避けていく。
まあ、安全ではあるんだけど。
「この屋敷はお勧めですよ。
立地的に貴族街からは近いですし、商業地区のはずれでもありますから一般の方も寄りやすいかと」
バレル男爵家って、不動産屋もやっているのか? と思えるくらい滑らかなセールストークが聞こえる。
今までに出会ったことがなかったタイプの貴族令嬢だな。
商人あがり、というよりはまだ商人やっているだけのことはある。
アレスト伯爵家なんかとは全然違って逞しいというか何というか。
それはともかくとして、俺はその家を前に唖然としていた。
どう見ても屋敷でしょ!
ていうか、大邸宅。
今まで見てきた家とは桁が違う。
門の両側から続く塀は左右ともにかなり遠くまで伸びていて、日本で言うとちょっとした工場くらいの規模だ。
門自体もでかく、金属製の格子で出来た扉が道を塞いでいる。
その向こうに見える屋敷は、アニメによく出て来る石造りの西洋風で、三階建てか。
「それでは中を存分にご覧下さい」
ヒューリアさんが鍵を開け、みんなでゾロゾロと敷地に入る。
だだっ広い庭は花壇で覆われ、所々に彫刻が立っていた。
「裏庭には馬屋や馬車置き場、そして従業員の宿舎があります」
そうですか。
アレスト伯爵家の屋敷よりは小さいけど、それでも凄い。
貴族の屋敷ってこれほどのものなのか。
いやここは貴族街ではないから、貴族の家とは限らないんだけど。
逆に場所が限られる貴族街よりは敷地を広く取れるのかもなあ。
ちなみになぜ貴族街の家を見ないのかといえば、商売の拠点として使うつもりだからだ。
一般の人が来られないような家では駄目だ。
屋敷の中は外から見たよりは小じんまりとしていた。
といっても部屋数は多いし、階段なんかどこのアニメだよと聞きたくなる豪華さだったけど。
どうも既視感があると思ったら、これってイギリスに行った時に泊まったマナー・ハウスではないか!
昔の英国の地方領主の屋敷をホテルに改造したもので、やたらに豪華なのが売りだったな。
一晩だけ泊まったけど高かった。
自分がこんな屋敷に住んでいる所は想像できない。
ましてや主とは。
「あまり大きくはないわね。
バレル男爵家の別荘?」
「とある侯爵家のセカンドハウスというか、使わなくなった王都の別宅よ。
貴族街に住むまでもない親類の家だったと聞いているわ。
維持費が大変だということで、我が家が貸し出しを委託されているんだけれど、なかなか借り手がつかなくて」
背中からフレアちゃんとヒューリアさんの会話が聞こえてくる。
やっぱ不動産屋だったか。
いや、バレル家の事業の一つというところかな。
いずれにしても、これほどの屋敷を借りる金はありません、と言おうとした瞬間、ソラルちゃんが割り込んだ。
「良さそうですね。
おいくらですか?」
「普通ならこれくらいなのですが、マコトさんですし、フレアの庇護に必要なことを考えると勉強してこんな所で」
「それでは高すぎます。
アレスト興業舎で出せるのは、これくらいが限界かと」
「あらそうですか?
では、維持費込みでこんなところでは?」
「要員はこちらで用意出来ますので、せいぜいこの程度ですね」
「ならばいっそ……」
ソラルちゃん、気に入ったみたいだな。
俺の意見なんか関係なかったみたい。
いつの間にかアレスト興業舎で借りることになっているし。
やっぱ俺は間借りか。
でも実際問題として、俺とフレアちゃんが住むとしたら漏れなくハマオルさんとサリムさんが付いてくるわけだよね。
帝国皇女をそこら辺のアパートに住まわせるわけにもいかないし。
しょうがないか。
家賃は気にしないことにしよう。
ラノベやアニメの主人公の気分が判った気がしてきた。
本人にはもう、そんなの関係ないんだよね。
全部周りが決めてしまうから、黙って従うだけだ。
ていうか、よく考えたらソラルちゃんが単独で決めてしまっていいのか?
ソラルちゃんのアレスト興業舎での役職って何?
一通りやり合って双方満足したらしく、ソラルちゃんが俺の所に来て言った。
「決めました。
すぐに引き渡しが可能ということなので、早速準備にかかりますね」
早っ!




