25.庇護?
「なあに、そこまで気が利く奴はいやしませんって」
サリムさんが請け合った。
やっぱ軽いな。
ハマオルさんが続ける。
「仲間はもっと上にもいますので、そのあたりは何とでもなります。
兵部省の同志も口を合わせてくれますので」
おいっ!
ホントに何か企んでるんじゃないだろうな?
帝国に対する反乱に巻き込まれるなんて、真っ平だぞ!
「マコト殿、心配無用です」
ハマオルさんは、落ち着き払っていた。
「我々はただ、シルレラ皇女殿下が立たれた時のために、少しでも状況を整えておこうと」
それがヤバいんだよ!
フレアちゃんも、うんうんと頷いているんじゃない!
ヒューリアさんが困ったような口調で言った。
「マコトさん、そういうことはとりあえず私たちには関係がないので、気にしないで下さい。
今は、フレアのことです」
それもそうか。
ハマオルさんの仲間たちの事には目を瞑るというか、知らなかったことにする。
勝手に革命でも反乱でもやって。
でもシルさんのことだから、俺を巻き込んでくるかもなあ。
しょうがないか。
話題を切り替えよう。
「そういえば、フレアさんはなぜソラージュの王都に?」
「シルレラお姉様の指示です、と言いたいのですが」
フレアちゃんは、沈んだ表情になって言った。
「お母様がシルレラお姉様からの連絡を受けて、ご決断なさいました。
要するに、避難です」
避難か。
ああ、そういえば帝国が危ないとかいう話を聞いたことがあるぞ。
フレアちゃんは、皇帝陛下の弟の娘だ。
正規の皇族でもあるし、焦臭いことになっているのかもしれないな。
「いえ、まだそんなに切羽詰まっているというわけではありません。
帝国軍は皇帝陛下に忠実ですし、どこかの貴族が反乱を起こしたというような話もありません。
まだ」
「まだ?」
「ホルム帝国の皇帝陛下は、一年程前から体調不良と聞いています」
ヒューリアさんが言った。
「ご容態は一進一退、政務を執られる時もあれば、ベッドから起き上がれない場合もある、と」
フレアちゃんが続ける。
「政の奥については、私などには伺いしれぬことですが、表面的に見ていても判ることがあります。
陛下が人前にお姿を見せなくなったことや、謁見についても極端に制限されていることなどは、すでに知れ渡っております」
ヤバいんじゃないの、それ?
でも、そこまでいっても政権が揺らいでいないってことは、逆に帝国政府の体制がまだしっかりしていることの証明でもあるのでは。
「そうですわね。
今すぐにどうということはないでしょう。
畏れ多くも、たった今陛下が崩御なされたとしても、それで帝国が即座にどうなるというわけでもないかと。
ですが、問題はその後です」
「後継者ですか」
フレアちゃんとヒューリアさんが、同時に頷いた。
なるほどね。
だから、フレアちゃんはサリムさんだけをお伴にしてソラージュの王都に来たわけか。
帝国の皇女にしては行動や態度が質素だと思った。
「無論、お忍びです。
私は現在、病気療養ということで、帝都郊外の別荘で静養している事になっています」
「いきなりでした。
シルレラから手紙が来て、妹を送るからとりあえず頼むと。
おまけに、手紙とほとんど同時にフレアが訪ねて来たのですよ。
さすがシルレラね」
ヒューリアさん、あんた怒っているのか感心しているのか、はっきりしろよ。
いや、むしろ感激している?
無茶振りされて、それを頼りにされていると思うタイプか。
「お姉様は、数年前に突然姿を消してから、最近まで行方不明だったのです」
フレアちゃんが言った。
「偶然、ハマオルから居場所を確認できたという連絡が届き、ほとんど同時にシルレラお姉様からもお母様宛に手紙が来ました。
私も見せていただきましたが、まだ監視が緩い内にソラージュに移った方が良い、ということでした。
お母様は、それを受けてとりあえず私を送り出したというわけです」
「随分、素早い決断ですね。
シルレラ様は行方不明だったのでは?」
近衛騎士モードなので、シルさんではなくシルレラ様になる。
「さん」付けしたら、この人たち怒りそうだしな。
「行方は不明でしたが、シルレラお姉様からは定期的に手紙が届いておりましたの」
フレアちゃんが、誇らしげに言った。
何が嬉しいんだろう。
「でも手紙を出したと思われる場所が一定していなくて、ずっと放浪しているのかと思っておりましたわ。
まさか、アレスト市などという場所におられたとは」
あー、シルさんならやりかねないなあ。
おそらく、フレアちゃん達のことが心配で帝国との国境近くに居たんだろう。
でも場所を特定されないように、用心していたと。
サリムさんが口を挟んできた。
「いきなりハマオルから連絡が来まして。
皇女殿下の命令で、フレア様を護衛してソラージュの王都へ行けと。
俺……私は飛び上がって喜びました。
このハマオルが、教団をダシにしてまんまと逃げ失せたことで、みんなイライラしていましたもんで。
そこに俺をご指名ですよ。
嫉妬で殺気立った仲間に殺されるところでした」
シルさん、どれだけ人気なんだよ。
ひょっとしたら、シルさんって結構帝国の帝位に近い所にいるんじゃないの?
帝国皇女というだけでも規格外なのに、そこまで行くんだったら、俺はもうついて行けないかもしれません。
あれ?
でも、何でヒューリアさんというか、バレル男爵家がそこまでするんだろう。
娘が幼なじみというだけでは、根拠が薄いのでは。
「わがバレル家は、幾度となくシルレラや先代皇弟殿下に窮地を救われたことがありますの。
特に、シルレラは商売敵に闇討ちにされかけたお父様を救って下さった恩人です。
そのご恩に報いるためでしたら、わがバレル家は何でもする覚悟でございます」
もう、呆れてものも言えないね。
シルさん、マジでラノベを地でいっているのでは。
まあいいや。
大体判った。
で、俺にどういう関係があると?
「シルレラお姉様からの伝言で、アレスト興業舎のヤジママコト近衛騎士が近々王都に行くので、その庇護下に入りなさいということでしたの。
そして、自分の代わりにお世話をして差し上げるようにと。
お姉様が、そこまで信頼する方はどのような人なのか心がはやってしまって、あのような暴挙を引き起こしてしまいました」
フレアちゃんが、殊勝に身を竦めて見せたけど、どうかなあ。
むしろ、どんな奴か見てやれ、試してやれという方が正しいんじゃないのか。
じゃなくて、シルさん何を言っているの?!
亡命(違)中の帝国皇女殿下を守れって?
俺にそんな甲斐性あるはずないでしょう!
「もちろん、わがバレル家が全面的にバックアップさせていただきます。
マコトさんの手足としてお使い下さい。
とりあえず、私がマコトさんの連絡係としてお世話させていただく所存です」
いや、結構です。
とは言えないのかなあ。
シルさんの命令のようなもんだからな。
それに、確かに爵位持ちの大商人がバックについてくれたら、大抵のことはどうにでもなるだろう。
フレアちゃんを守れという命令も、サリムさんたちがいれば何とかなるしね。
いやいや、どっちにしても俺には拒否権なんかないんだよな。
やるしかないか。
こうやっていつも、俺は流されていくんだなあ(泣)。
「判りました。
私は王政府からの召喚を受けている身ですので、それが終わるまでは動きがとれません。
その間に、準備してしまいましょう。
もともと、しばらく王都で活動しようと考えていましたから、ちょうど良かったです」
「でしたら、マコトさんの活動拠点についてはバレル男爵家がご用意させて頂いてよろしいでしょうか。
フレアの落ち着き先ということで」
ヒューリアさんが、流れるように誘導してくる。
さすが商人の娘。
貴族でもあるし。
大したもんだな。
「現在はフレアを当家に匿っておりますが、当家は商売柄人の出入りが多く、また使用人も多数いるため、存在を秘匿するのが難しくなっております。
そろそろ目立たない屋敷なりを用意して移って貰おうと思っていた所でした。
マコトさんがそこを拠点とすることで、フレアを庇護下に置けます」
拠点って(笑)。
それはともかく、完全にペースを握られたな。
くそっ。
断れないか。
フレアちゃんと同居は別にいいんだけど、変な噂が立たないように気をつけないとな。
何せ、俺って婚約中だし。
自分でも全然、実感ないけど。
「判りました。
よろしくお願いします。
アレスト興業舎でも拠点を探していますので、早急にすり合わせを行いましょう」
「あ、俺達の部屋もお願いしますね。
小さくてもいいんで、出来れば個室を」
サリムさんが脳天気に付け加えた。
うーん。
大丈夫なのか?
まあ、何とかなるだろう。
俺、こればっかだなあ(泣)。
いいのか?




