24.反逆?
腰を抜かさなかったのが奇跡だが、それでもあまりにも衝撃的すぎて棒立ちになっていると、ハマオルさんは百八十度身体の向きを変えて片膝をついた。
頭を下げる。
「お久しぶりでございます。
フレア様」
フレアちゃん?
もうひとりのお付きの女性が進み出て、被り物を取った。
ホントにフレアちゃんじゃないか。
気づかなかった。
「ハマオルなの?
元気でしたか?
お姉様と再会できたと聞いていますが」
「はい。
大地の恵みにより、シルレラ様と無事にお会いできただけではなく、臣下に加わることをお許し頂けました。
これもすべて、フレア様があの時に止めて下さったおかげでございます」
「いいのよ。
ということで」
フレアちゃんは、俺を真っ直ぐに見た。
「これで証明できたかしら?
私がシルレラお姉様の妹であることを」
そうきたか。
なるほど、確かに。
「認めます。
先日は失礼いたしました」
「あれは、私が悪かったのです。
お互いに水に流して、忘れましょう」
「わかりました」
やれやれ。
こっちにも、水に流すというような言い回しがあるんだろうな。
「再会のご挨拶は済みましたか?」
ヒューリア嬢の冷ややかな声が響いた。
ヤバい。忘れていた。
「失礼いたしました。
ヒューリア様、ご用は……フレア様ですね」
「その通りです。
フレア様が、どうしてもついてこいと……ああもう、ざっくばらんでよろしいでしょうか?
ヤジママコト近衛騎士?」
何だ、この人も同類か。
「ヤジマは家名なので、出来ましたらマコトとお呼び下さい。
で、もちろん良いですよ。
身内ばかりのようですから」
「それじゃあまあ、そういうことで」
ヒューリア嬢は、一瞬で宮廷仕様からラノベのヒロイン役に切り替わった。
「マコトさん、で良いですか?
聞いての通り、今日はフレアの濡れ衣を晴らすために同行した次第です。
フレアやシルレラのことはご存じですわよね?」
でも、やっぱり本物の貴族だけあって上品さがにじみ出るよね。
こっちも合わせる。
「はい。
シルレラ様はシル・コットと名乗ってアレスト市におられます。
私は先日まで、一緒に働いていました。
ところで、まずはお座り下さい」
長くなりそうだから、ゆっくり行こう。
ドアの所でベルを鳴らすとホテルの従業員が顔を覗かせたので、お茶を人数分頼む。
引き返すと、ソファーについていたのは当然ながらフレアちゃんとヒューリア嬢だけだった。
ハマオルさんと俺を襲った人は、並んで壁際に立っている。
気になるけど、しょうがないよね。
俺はお二人の向かいのソファーに腰掛けて聞いた。
「ヒューリア様は、フレア様とどのようなご関係で?」
「『様』は止めましょう」
俺と同じような感性らしい。
「ではヒューリアさん、で」
「それで結構です。
フレアは今は友達、でしょうか。
実際には、私の幼なじみはシルレラの方です。
フレアとは帝国に居た時に何度か会ったことがある程度の知り合いでした」
友達か。
だから呼び捨てね。
「ああ、なるほど。
シルレラ様は、幼い頃は他国の貴族の子供達の遊び相手でしたね」
「ボスでした」
ヒューリアさんが魅力的に笑った。
「特に私は同じドワーフでしたので、特別に親しくさせていただきました。
当時のシルレラの一の子分と言えば、私でしたのよ」
「それは知りませんでした」
フレアちゃんが、ひっそりと言った。
「道理で、歓迎して下さったわけですね。
恐るべし、お姉様。
ところで余計なことかもしれませんが、私も『さん』でお願いします、マコト『さん』」
フレアちゃん、何か言葉に刺があるぞ。
根に持つタイプなのかな。
まあいいや。
それにしてもシルさん、やっぱり凄いな。
わかっていたことだけど。
じゃなくて、ヒューリアさんってドワーフなんだ!
確かに、肌の色とか骨格なんかはシルさんやフレアちゃんと共通点があるような。
あ、いかん。
フレアさんか。
どうも、最初の印象が強すぎて「ちゃん」が定着してしまいそうだ。
気をつけなければ。
言葉では、ね。
「それで、今回はどのようなご用で?」
ヒューリアさんが、フレアさんを見た。
彼女は案内役ということだったな。
最初に俺に拒否されたんで、フレアさんが……ええい、言いにくい!
俺の中では「フレアちゃん」だ!
フレアちゃんが引っ張り出してきたということか。
「最初に申し上げた通り、シルレラお姉様からマコトさんの世話をして差し上げるように、と指示があったのです」
「王都の案内では?」
「あれは方便です!」
フレアちゃんが、赤くなった。
「私はまだ、誰かをご案内できるほど、王都には詳しくありません……」
「フレアは、王都に来てまだひと月というところです」
ヒューリアさんが言った。
「さらに言えば、引っ込み思案なところがあって、自由に外出できるようになったのはほんの一週間くらい前からでしょうか」
「それでよく、ここまで来られましたね。
しかもあんな恰好で」
マジで、あれではエロい商売の人と間違えられても仕方がないぞ。
よく無事だったもんだ。
「それは、サリムがついていてくれましたから」
フレアちゃんの視線を辿ると、俺をいきなり襲ったあの人がいた。
よっ、と手を上げて合図してくる。
いるよね、こういうタイプ。
護衛役か。
ハマオルさんとタメを張るくらい強いんだろうな。
それは、フレアちゃんが安心して歩き回れるはずだ。
挨拶しておくか。
俺は立ち上がってサリムさんとやらの前に進む。
「初めまして。ヤジママコトです。
さきほどの動きは見事でした」
サリムさんは、ちょっと目を見張ったかと思うと片膝をついて胸に手を当てた。
「失礼いたしました。
元帝国中央護衛隊従士長、サリムです。
ハマオルが見えたもので、つい」
やっぱりか。
物騒な。
まあいい。
実害はなかったし、ハマオルさんの腕も確認できたしね。
「今後とも、フレアさんをよろしくお願いします」
「了解です」
ノリが軽いなあ。
ハマオルさんが付け加える。
「サリムも先日、帝国中央護衛隊を除隊しまして、フレア様の護衛としてソラージュ王都に参りました。
ちなみに、公にはしておりませんが雇用主はアレスト興業舎です。
マコトさんの部下といってもいいでしょうな」
へー。
やっぱシルさんの手下か。
「お給金くらい、私が払いますのに」
フレアちゃんは、口では文句を言いながらも嬉しそうだった。
シルさんの手配だからね。
これはもう、ラノベでもよく出てくる「お姉様萌え」だな。腹違いの実の姉というのもエスプリが効いているような。
ん?
ちょっと待って。
サリムさんって、アレスト興業舎の所属なの?
「より正確に言えば、シルレラ皇女殿下の配下です。
仲間が一度に辞めると怪しまれるので、間を置いて除隊して殿下の元に馳せ参じる、というパターンが出来ております」
ハマオルさんとサリムさんが、顔を合わせて頷きあった。
それ、ヤバくない?
帝国に喧嘩売っていることになるんじゃ?




