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サラリーマン戦記 ~スローライフで世界征服~  作者: 笛伊豆
第二部 第一章 俺は顧問で非常勤?

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20.崖っぷち?

 かつて伯爵位にいた人から「すっからかん」なる言葉を聞こうとは。

 いや、これは俺の脳が魔素翻訳で表した表現であることは判っているけどね。

 それでも、フルー前伯爵閣下はそれくらい下世話な言葉を用いたということだ。

 金がない。

 何という端的にしてリアルなお言葉だ。

「言い訳をするつもりはないが、フロイとハスィーの姉たちを嫁がせるのに、それなりの支出があってな。

 さらに、ハスィーの『学校』の費用も嵩んで、手持ちの流動資産が底をついているということだ」

 フルーさんの言葉に、フラル閣下が被せる。

「正直、売り払えるものはすべて売却して、崖っぷちなのだ。

 ユリタニアの結納金で一息つけたのだが、それでも余裕はまったくない。

 実際問題としては、現時点ではハスィーを嫁にやること自体が非現実的といっていい」

 何てことだ。

 この屋敷とかアレスト市の領主館が質実剛健だったのは、つまり動産である調度を全部売ってしまったからというわけか。

 アレスト伯爵家がそこまで追い込まれているとは。

「そんなわけで、マコト殿には大変失礼だが、ハスィーの嫁入りはしばらく待っていただくしかない。

 とりあえずは、婚約ということでお願いできないだろうか。

 虫が良すぎる話で、申し訳ないが」

 俺が絶句していると、ジェイルくんが言った。

「差し出がましいのですが、婚約を急ぐ理由をお聞かせ願えませんか」

 そう、それは不思議だ。

 ハスィーさんは、まだそれほど嫁き遅れているというほどの歳ではない。

 あれほどの美貌、伯爵公女、エルフ、さらに『学校』出と、条件は揃いすぎているほどだ。

 結納金がないのなら嫁入りを待つのは当然で、別に急いで近衛騎士風情との婚約を強行する必要はないのでは。

「恥ずかしい話だが、ハスィーのスキャンダルについては?」

「聞いております」

「こちらに非があることではないのだが、妙に勘違いした輩が多くてな。

 そんな傷物なら貰ってやっても良い、という連中が五月蠅いのだよ。

 結納金は勘弁してやっても良いだと?

 馬鹿げている!

 傾国姫と称されるほどの逸材を!」

 怒りに耐えかねて拳をテーブルに振り下ろすフルーさん。

 フラル伯爵閣下が続ける。

「ハスィーをアレスト市に帰したのも、その対策のためだ。

 王都にいれば、どうしてもそういう連中との接触が多くなるからな。

 ハスィーも当時は塞ぎ込んでいたし。

 避難させただけのつもりだったが、ギルドで元気にやっているどころか、ハスィーの方から望んで嫁入りしたいという殿方を見つけた、という手紙を貰って、どれほど嬉しかったか。

 感謝する、マコト殿」

 うーん。

 ハスィーさんもやり過ぎという気がするなあ。

 でも、ご家族から資金を引き出すためには、仕方がなかったのかも。

 ところが、実家には金がないときた。

 そこら辺、ハスィーさんも実家の事情を甘く見ていたのかもしれないな。

 まあ、いいか。

 俺の方針は変わらない。

「判りました。

 婚約をお受けさせていただきます。

 よろしくお願いいたします」

「おおっ!

 ありがとう」

「ハスィーも幸せものだね」

「色々と難しい娘だが、よろしく頼む」

 アレスト家三代の美形の方たちから感謝? の言葉を頂き、俺は少し罪悪感を覚えた。

 いずれ、ハスィーさんはもっと条件のいい貴族の男に嫁入りするんだろうけど、それまでは騙し続けるしかないかなあ。

 仕方がないな。

 でも、ちょっと不思議なことがあるんだよね。

 いや、ある意味当然なんだけど。

 こんなに歓迎してくれているのに、どうしてアレスト家への婿入りが駄目なの?

「それはだな、マコト殿」

 フラル・アレスト伯爵閣下が真面目な顔で言った。

「いくつか理由がある。

 まず第一には、ハスィーの性格だ」

 はあ?

「マコト殿には今更かもしれないが、あの娘は平時に乱を好むようなところがあって、安定を旨とする貴族家にとってはあまり相応しくないわけだ。

 よって、なるべく早くアレスト家から出してしまいたい」

 身の蓋もないなあ。

 まあ、判る気はする。

 自分の身を賭けてアレスト興業舎を立ち上げるような危なっかしい娘は、自家から遠ざけたいというのは貴族家の家長として当然だろう。

「次に、現在ハスィーとマコト殿が行っている事業だ。

 マコト殿が婿入りすることで、王家や貴族社会にアレスト伯爵家の事業として認識されてしまう可能性がある。

 今ですら、アレスト興業舎などという名前がついているのだからな。

 それはやはり、領地持ちの貴族家としては好ましくない。

 特に我がアレスト家は帝国との国境に近く、何かと騒動の原因になりやすいので、な」

 なるほど。

 確かに、仮定だが俺がこのまま婿入りしてマコト・アレストとかになり、ハスィーさんと一緒に働いていると、そうとしか思えなくなるもんなあ。

 ていうか、そんなの有り得ないけど。

「最後に」

 フラル伯爵閣下が俺を真っ直ぐ見て言った。

「我がアレスト家がエルフの家系ということがある」

「……つまり、人間の血を入れたくないと?」

「違う。

 そもそも、アレスト家はもはや純粋なエルフというわけではない。

 そんな家はもう、存在しないのではないかな」

「私の母方の祖母は人間だった」

 フルー・アレスト前伯爵が言った。

「それ以前にも、家系図を見るとちょくちょく人間やドワーフが婿入りしたり、嫁に来たりしている。

 現在のところエルフの血が勝ってはいるが、我々とてもはや、半ば人間と言ってもいいのだよ」

「でしたらなぜ?」

「それでも、出来るだけエルフの血を継ぎたいことは確かなのだが、そのエルフの血が世界的に見てもどんどん薄まっているのだ。

 いや、それだけならまだいい。

 エルフの血に拘る余り、狭い範囲で婚姻を繰り返し、かえって血統を縮小させる結果になっている。

 しかも、そういった後ろ向きな姿勢もあって、活力がどんどん失われている」

「僕も、それは痛感しています」

 フロイさんが口を挟んだ。

「ソラージュのエルフの貴族家は、皆先細りです。

 しかも数世代前からお互いに婚姻を繰り返していて、みんな親戚になってしまっています。

 血が濃すぎるんですよ。

 だから、僕は無理にでも他国に妻を捜しに行かなければならなかったんです」

「ユリタニアはエラ王国の出でね。

 あそこはまだ、エルフが多く残っているからな」

 フラル伯爵閣下が息子の肩を叩いた。

「こいつにしては上出来だった。

 無理に遊学して大丈夫かと思っていたが、あんな素晴らしい嫁を連れ帰ってきてくれたからな」

 凄いね。

 これだけの美形が話していると、それだけで圧倒されて口を挟めなくなる。

 内容も生臭いしな。

 でも、まだ判らないんですが。

 血を薄れさせても濃くしても駄目?

 それが、俺の婿入りと何の関係があるんだろう。

「我がアレスト家も、とりあえずフレロンドの世代までは大丈夫だが、その後がわからん」

「だからこそだ。

 マコト殿には是非、ハスィーと結婚して強い血統を立ち上げて頂きたいのだよ」

「強い、ですか」

「そうだ。

 この時代、貴族などというものは基本的には守りの姿勢が強くなる。

 つまり弱い。

 だからこそ、自力で平民から近衛騎士にのし上がれるほどの血統は貴重だ。

 アレスト家から離れ、独立した家系としてその力を子孫に伝えて欲しいのだ」

 いや、俺の近衛騎士って、ユマ閣下が戯れで押しつけてきただけの。

「ハスィーも、エルフにしては進取の気質に富んだ強い娘だ。

 二人の子なら、大いに期待が持てる」

「君たちの子はまだ血が近すぎるから無理としても、孫の世代では是非、アレスト家に婿入りか嫁ぐかさせて欲しいのだよ。

 エルフに近衛騎士の血を加えた家だ。

 しかも、マコト殿はそれだけでは済まないと見た。

 どこまで行くか、見当がつかないな。

 だから、マコト殿の婿入りは断る!」

 パネェ。

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