16.御曹司?
俺もジェイルくんも、あまりの事態に固まっていると、その若い男は我に返ったようにコホン、と咳をしてから言った。
「いや……すまなかった。
少し、遊びすぎた」
「はあ」
そうとしか反応しようがないよね。
若いとは言ったが、中年ではないというだけで、30にはなっているだろう。
さすがエルフ。
凄いイケメンだ。
ハスィーさんを男型にして、一回り大きくしたような姿だ。
金髪は肩まであるが、まとめて片側に垂らしてある。
澄み切った碧の瞳とすっきりした鼻。
引き締まった頬と顔の輪郭は、優雅でありながらも男らしい雰囲気を醸し出している。
少女漫画の貴族を、そのまま持ってきたかのような姿じゃないか。
肩幅は結構広く腰は引き締まっていて、足がスラリと長い。
ラノベなら、まず主人公じゃないよね。
ここまでいったら、(男の)読者の反感を買って嫌われる。
主人公のライバル役といったところか。
そういえば、アレスト伯爵家には嫡子の長男がいて、もう跡継ぎも出来ていると聞いたことがあるけど、つまりはハスィーさんのお兄さんだな。
しかし婿入りお断りとは。
要するに、自分の伯爵位の継承に割り込みをかけるのは許さないということだろうか。
でもどこでどう間違って、そんな馬鹿な話が伝わったのか。
お兄さんは、大きく手を広げて言った。
「ヤジママコト殿だね?
歓迎するよ」
「ありがとうございます」
で、あなたは、と聞こうとした瞬間、エントランスの奥から男が駆けつけてきた。
こっちは黒髪の、つまり人間の男だ。
執事とか、そういう人だろうな。
初老の落ち着いた感じの人だけど、今は取り乱して髪が乱れて可哀相なくらいだ。
それなりに渋い魅力を発散しているが、もちろんあらゆる意味で主人とは比べものにならない。
「若様!
初対面の方に、何という失礼なことを!」
「いや、つい興奮してしまって」
「そういうことだから、未だにお父上から信頼されないのですぞ!」
「すまん。
もうやらないから」
ラノベでも、ここまでベタな主従コントはなかなかないよなあ。
でもこれで判った。
この人はハスィーさんのお兄さんで、次のアレスト伯爵だ。
俺はジェイルくんと顔を見合わせて、次期アレスト伯爵に対して正式な礼をとろうとした瞬間、再び固まった。
「ああ、情けない。
これが当代のアレスト伯爵閣下とは。
このカイル、このままでは死んでも死にきれませんぞ!」
「まだまだ元気じゃないか。
というか、カイルは私より長生きするぞ多分」
ええーっ!
この人がアレスト伯爵閣下?
ていうことは、ハスィーさんのお父さん?
だって、どうみたって歳が。
カイルさんらしい執事さんが、ため息をつきながら俺に向かって言った。
「重ね重ね失礼いたしました。
ヤジママコト近衛騎士様でございますね?
こちらが現アレスト伯爵家当主、フラル・アレスト伯爵閣下でございます」
「フラルだ。
まあ、ざっくばらんにいこうじゃないか。
ヤジママコト殿」
「はあ。
あ、ヤジマは家名ですので、マコトと呼んで頂ければ」
俺はやっとのことで応えた。
ジェイルくんも、固まったままだ。
お互い、本物の貴族という存在に対して免疫がないからな。
ていうか、本当にこの人ホンモノ?
ハスィーさんたち、つまり今までに俺が出会った貴顕と、イメージが全然違うんですけど。
大体、ハスィーさんはどうかするとあの歳で俺より年上に見える落ち着き振りだし、このフラル伯爵閣下とはどうみても数歳しか違わないぞ、外見上は。
ていうか、精神年齢的にはむしろ年下に思えるほどだ。
この人にはもう、結婚して子供までいる息子がいるというのか。
ハスィーさんって、確か末娘じゃなかったっけ?
「お察しいたします。初めてお会いした方は、皆まごつかれますので」
カイルさんが咳払いして言った。
「何せ、アレスト家は純粋なエルフの家系でございますから。
ここまで極端な例は珍しいと思われますが、エルフは幼少期には急激に成長し、成人するとあまり加齢が外見に出なくなると言う特質がございます」
「そういうことだから、ね」
フラル伯爵閣下が手を振った。
えーっ!
こっちのエルフって、そういう人種なの?
今まで、何でハスィーさんがエルフなのかよく判らなかったけど、それが理由か!
確かに、俺の世界の(ラノベの)エルフは長寿でなかなか歳をとらないという人種的な特徴があるんだけど、つまりこっちのエルフと呼ばれる人たちとその辺が同じなわけだ。
耳が長いというような身体的な特徴がなくても、俺の脳がそのあたりのニュアンスを意識して、ハスィーさんの人種を「エルフ」と魔素翻訳したのだろう。
それにしてもなあ。
俺は、改めて目の前に立っている伯爵閣下を眺めた。
どうみても外見30歳程度。
確かに、地球にもなかなか歳をとらないように見える人はいるけど。
種族、というよりは家系的にそういう遺伝体質が固定された人種なのだろうか。
地球にもいたのかもなあ。
長命人とか。
「いつまでもエントランスで立ち話も何ですので、こちらへ」
カイルさんのもっともな提案に、俺達はゾロゾロと列を作って屋敷の奥に向かった。
広いけど、特に豪華とか華美とかいう印象はないな。
そういえばアレスト市の領主屋敷も、何というか質実剛健的な印象だった。
主人が華美すぎる分、内装や建物は遠慮しているのかもしれない。
長い廊下を歩いて俺達が通されたのは、予想と違ってリビングのような場所だった。
昼食を一緒に、ということだったので、てっきり食堂というかそういう部屋に通されると思っていたんだけどね。
もちろん、これだけの屋敷のリビングが3LDK的なものではあるはずがない。
目算でも30畳くらいはある広大な部屋で、その中央にでかいソファーが並んでいる。
その気になれば、十人くらいは一度に座れそうだった。
アレスト伯爵が、俺の方を向いて言った。
「いや、娘からの手紙に、マコト殿の故郷の習慣だとかいうイザカヤ形式? の食事が実に快適だと書いてあってね。
試してみたところ、娘の言う通り、非常に楽しい。
家族にも好評でね。
早速、我が家でもその習慣を導入したというわけなんだよ」
俺のせいになっている!?
それは、確かにどこかでボソッと漏らしたかもしれないけど、そんなことで日本の小市民の商業形態をソラージュの貴族階級に紹介してしまったことになっているとは。
いや、別にいいけどね。
「マコト殿は、もう慣れているだろう?
さあ、座って座って。
そちらの方も。
こういう席では、身分は関係ないから」
いや、確かに最初はハスィーさんやラナエ嬢という貴族の令嬢と平民の俺が同席していたわけで、その解釈は間違ってはいないけど。
でも、由緒正しい伯爵家の当主にしては、砕けすぎなのではありませんか?
そう思って見ても、何せ伯爵閣下はどうみても俺より数歳年上なだけのお兄さんにしか見えないもんだから、説得力がない。
それに、今気づいたけど伯爵閣下の服も上等ではあるけれど、俺のアレスト興業舎の上級職制服と同レベルで、ご領主様という言葉から想像されるものとは違っていた。
軍服がベースになっている堅苦しいもので、金糸とか勲章みたいな飾りがついているというのがデフォなんだけどね。
ラノベでは。
いやまあ、ホームパーティとかそういう気分なのでしょうか。
気安すぎる気はするけどなあ。
こっちはたかが近衛騎士と、従者(に見える商人)だぞ。
しかし、どうしようもない。
俺とジェイルくんは、意を決して誰も座っていないソファーに並んで腰掛けた。
貴族の館で、これは異常な事態であるということは、俺にも判る。
俺はいいとしても、なぜジェイルくんまで?
「おや?
ひょっとして、マコト殿は本当に知らないのかい?
私も、娘からの手紙で教えて貰っただけで、直接会うのは初めてだけれど。
ジェイル・クルト殿だったね?」
え?
知らないって、何を?
驚いてジェイルくんをみると、イケメン顔が少し歪んでいた。
「すみません、マコトさん。
隠していたわけではないのですが」
「いや、いいけど。
俺が知らないって、何が?」
いかん!
伯爵閣下の前で、俺って言っちゃったよ!
いや、そんなことはどうでもいいか。
ジェイルくんの正体?
マルトさんの片腕じゃないの?
ひょっとして、まさかまたどっかの王国の王子様だったりして?
「違います。
私の実家は平民ですよ」
「だが大商人だ」
アレスト伯爵が引き継いだ。
「少し調べたら、すぐに判ったよ。
ジェイル殿は、クルト交易の縁者だね?」
クルト交易?
「ソラージュを中心に、帝国やエラ・ララエなどとの貿易を営んでいるだけの商家です」
「じゃあ、マルト商会にいたのは」
「修行ということで、お世話になっていました。
父が、マルトさんと知り合いで」
ジェイルくんも、武者修行中の身だったか。
なるほど。
だから、マルトさんは片腕であるはずのジェイルくんを平気でアレスト興業舎に出向させたりしていたわけだ。
別に、マルト商会を継がせようとか思っていたわけではないんだろうな。
でも、これだけ有能なジェイルくんなら、婿に取って跡継ぎも有り得ると思うんだけど?
「それは難しいだろうね。
ジェイル殿は現会頭の長男、つまりクルト交易の御曹司だから」
な、なんだってーっ!




