15.婿入り拒否?
それから俺とジェイルくんが王都における俺の新居などについて話し合っていると、またドアがノックされた。
「何だ?」
「アレスト興業舎から、お使いの方がお見えです」
「通して」
入ってきたのは、シイルの同期というか青空教室出身の御者だった小僧の片方だった。
名前なんか覚えてない。
男だし。
「失礼します。
アレスト伯爵閣下からのお返事が届きましたもので」
もう?
まだ朝なんだけど?
小僧がビクビクしていたので、俺が小遣いを与えて帰らせた。
彼にとっては、アレスト興業舎の王都出張所長と役員待遇の顧問の会談中だからね。
部屋にも圧倒されていたみたいだし。
いつか、君もこのくらいの部屋に泊まれるようになるといいね。
ガンバレ若きサラリーマン。
未来は君のものだ。
責任はとれないけど。
ジェイルくんが手紙から顔を上げて言った。
「マコトさん、昼食を一緒にどうか、というお返事です」
何ですと。
ジェイルくんも、少し途方に暮れているようだ。
あまりにも反応が早すぎる。
「待ちかまえていたみたいだな」
「おそらく、事前にハスィー様からの連絡があったのでしょう。
つまり、マコトさんの今回の王都訪問についてはすでに伝わっていて、アレスト伯爵閣下も準備が出来ていたのかと」
何の準備?
俺をどうしようって?
俺は騎士だから、准男爵、男爵、子爵、伯爵とアレスト家より4段階も下だ。
貴族としての格が違いすぎるんだよ。
何を言われても土下座して謝るしかないか。
しょうがないな。
「ジェイルくん、どうすればいいと思う?」
「ラナエ舎長代理からは、こういう時は一番良い服を着せて、武装はさせるなと言われています。
後はマコトさんに任せろと」
何それ。
いい加減だな。
まあ、食事のマナーについてはラナエ嬢たちに叩き込まれて何とかなっているけど、貴族のしきたりとかにはまだ弱いんだよなあ。
一応、ハスィーさんたちによってたかって仕込んで貰ったけど、こういうのは経験だからね。
付け焼き刃では無理がある。
平民あがりの近衛騎士だということで、大目に見て貰えるといいけど。
「お昼に行けばいいのかな?」
「遅れたら侮辱になるかもしれません。
すみません。私も貴族の習慣には疎いので。
でも、遅いよりは早い方がいいので、急ぎましょう。
私がすぐに服などを持ってきます」
ジェイルくんはそう言って出て行った。
ソツがないな。
俺は待つだけか。
そういえばアレスト伯爵邸の場所も判らないんだけど、それはジェイルくんが知っているはずだ。
俺の「手の者」なんだし。
俺は、服を脱いでもう一度シャワー、というよりは水を浴びた。
昨日フロントで聞いたところでは、お湯はあらかじめ注文しないと用意して貰えないそうだ。
次からは是非。
身体を拭いて待っていると、ジェイルくんは30分くらいで戻ってきた。
数人を引き連れている。
「私がマコトさんの従者、その他はお付きということで、とりあえずヤジマ家の体裁を整えます。
馬車を用意しましたから、全員で向かいましょう」
ヤジマ家って(笑)。
貴族なんだから、俺が一人で出かけていってアレスト伯爵邸の玄関の呼び鈴を鳴らす、というわけにはいかないか。
「こんなに必要なの?」
「王都のアレスト伯爵邸は、かなりの豪邸です。
私も知りませんでしたが、アレスト伯爵は位階以上の立場にあるようですね」
そんな!
ただの伯爵ですら雲の上なのに。
まあ仕方がない。
それが判っても、今更どうしようもないしな。
俺は、ジェイルくんが持ってきてくれたアレスト興業舎の儀礼服(上級職用)に着替えた。
ギルドの奴に比べたら地味だけど、上品で機能的な制服だ。
ニューイヤーパーティの時に、舎員たちが着ていた服の豪華版といったところか。
一日消防署長みたいなのでなくて良かった。
「アレスト興業舎は民間団体ですから、あまり華美な服はいけないということで、ラナエ舎長代理が決めたと聞いています。
でも、今のところこのタイプの服はマコトさんしか着る人がいないので、マコトさん専用といってもいいかと」
そういえばそうだな。
服は、明らかに男性用だ。
アレスト興業舎の役員は、俺以外は舎長を含めて全員女性である。
いずれは男も昇進して仲間に加わるだろうけど、あれだけの規模の組織の幹部が女性だけとはなあ。
俺は員数外だし。
着替え終わって窓の外を見ると、もう太陽がかなり高く昇っている。
「では、行くか」
「はい」
慌ただしいけど、仕方がない。
ジェイルくんを先頭に、俺を囲むようにしてアレスト興業舎の舎員の行列が進むと、すれ違うホテルの従業員たちが全員、頭を下げた。
嫌だなあ。
大名行列だよ、これじゃ。
ホテルのエントランスの外には、例の馬車が横付けされていた。
アレスト興業舎の制服に身を包んだ御者の小僧が、しゃちこばって位置についている。
俺とジェイルくんが乗り込み、馬車が動き出す。
他の舎員たちは、後ろの馬車でついてくるようだ。
「どれくらい?」
「1時間くらいでしょうか」
意外に遠いな。
いや、そうでもないか。
道が混んでいるのだ。
歩行者が多いし、ひっきりなしに馬車とすれ違う。
馬車は人が歩くのと似たような速度しか出せない。
それでも馬車で行くのが貴族か。
俺は不安に襲われて、ついジェイルくんに話しかけた。
「何言われると思う?」
「大丈夫ですよ。
少なくとも、王政府に呼ばれてきたわけですから、いきなり危害を加えられるとも思えません」
全然、慰めになってないような気がする。
それからはお互いに無言だった。
外を見ていると、だんだん人通りが少なくなってくるような。
ついでに、道も広くなってきている。
建物も立派だ。
アレスト市でも同じだったけど、いよいよ中央街なのか。
突然、馬車が止まった。
御者が誰かと話していると思ったら、ジェイルくんが無言でドアを開けて出て行く。
しばらくやり取りがあり、ジェイルくんが戻ってきて、馬車が動き出した。
「何なの?」
「検問です。
ここから先は、貴族街ですから」
なるほど。
窓から外を見ていると、壁が続いていて立派な門をくぐった。
「うちの馬車、付いてきてないみたいだけど」
「お付きはここで止められます。
御用商人以外では、貴族の邸を訪問できるのは貴族の馬車だけですので」
だったら、最初から連れてこなければいいのに。
「お付きを連れている、という事実が重要なのだとラナエ舎長代理に言われました。
こういうことは、誰が言うことも無く広まるそうです」
ホントに嫌だなあ。
それに、非効率きわまりないだろう。
アレスト興業舎の仕事はどうするんだ。
「彼らは、ここで引き返して出張所に戻ります。貴族街までお付きがついていた、という事実が必要だったので」
訳がわからん。
これから、こんなことがずっと続くのか。
「最初だけでいいそうです。
具体的には、王政府に出頭して挨拶を済ませるまでですね。
言わば、これはマコトさんの王都デビューなんですよ。
新しい近衛騎士がどんな人なのか、最初の印象で決まるそうです」
学校デビューと同じか(笑)。
異世界でも変わらないのね、そういうの。
「ちなみに、これは公式訪問だけだそうですよ。
大抵の貴族は普通はお忍びというか、ステルスモードで自由に動いているそうです」
ステルスって(笑)。
俺の脳が魔素翻訳したんだけど、そういうことだろうな。
貴族が一面識もない貴族の邸を訪ねるんだから、それなりの形式が必要だということだ。
アレスト伯爵閣下も俺も、位階は違うけど正規? の貴族だからね。
ハスィーさんやラナエ嬢は位階がないから、マナーとしては平民と同じでもいいということだろう。
そういえばユマ閣下はいいのか。
あの人、姫殿下とか公爵の名代だったのでは。
「着きますよ」
ジェイルくんの声で我に返ると、馬車が立派な門をくぐった所だった。
でかいよ?
伯爵って、貴族としては中堅の位だったんじゃあ?
その上の侯爵とか公爵とかは、もっと凄いんだろうか。
馬車は、立派なファサードに沿って進み、重厚な玄関(笑)に横付けした。
御者が素早く回ってきて馬車のドアを開けると、ジェイルくんが先に降りてドアを支える。
俺は、付け焼き刃のマナーでゆっくりと馬車から踏み出した。
その途端、いきなりドアが開いて若い男が出てきたかと思うと、俺に向かって叫んだ。
「婿入りは断る!」
何?
ラノベ?




