14.訪問命令?
宿は快適だった。
高い値段だけのことはある。
世の中は金だね。
でもお金は節約しなければならない。
必要もないのに贅沢してどうする。
ここの払いはアレスト興業舎になっているらしいが、だったら尚のこと、もっと安い所に移る必要がある。
まあ、このくらいの格式があるホテルに泊まっているというのはステータスにはなるだろうけど、長期となるとあまり現実的ではないしな。
というよりは、俺の精神が持たない。
ぺーぺーのサラリーマン、というよりは現在ほぼ無職が贅沢をすることに、自分で耐えられないのだ。
庶民ですから。
出来るだけ早く、もっと安いホテルに移るか、あるいはどっかの家を借りて家賃を節約する必要があるな。
これはすぐにジェイルくんに相談しなければ。
結局、初日は何となく疲れてホテルで休み、夜になってまた向かいのレストランで夕飯を食った後、帰ってすぐ寝てしまった。
起きると、夜が明けたところだった。
素早く着替えてホテルを出る。
フロントには誰もいなかったけど、大丈夫だよね?
習慣になっている体操とジョギング、その合間の示現流モドキの練習を1時間ほどやってから、部屋に戻る。
道を歩いている人は、ほとんどなかった。
さすが都会。朝は遅いのか。
シャワーを浴び(やっぱり水だったけどかえって頭が冴えた)、でもすることがなくてぼーっとしていると、ノックの音がしてホテルの従業員が来た。
朝食はいるかと聞くので、頼む。
このホテルにはレストランはないけど、ルームサービスはあるらしい。
地球だと、どんなホテルでもレストランくらいはあるんだけどね。
文化の違いだろうか。
レストラン付きの宿とか作ったらウケないかなあ。
後でジェイルくんにでも話してみるか。
朝食は、簡素なものだった。
もちろん素材はいいんだろうけど、もともと今までアレスト市という辺境にいて、産地直送の食材に慣れてしまっている俺には大した感動がないんだよね。
まあ、いつもの朝飯はパンを囓るとかその辺なので、デザートまで付いている朝飯は新鮮ではあったけど。
食い終わるとほぼ同時に、ノックの音がした。
監視されているのかと思ったけど、偶然だろう。
「何だ?」
「お客様でございます。
アレスト興業舎のジェイル様と申される方で」
「判った。通してくれ」
俺って偉そうだけど、近衛騎士なんだからある程度は威張れ、とラナエ嬢に仕込まれたのだ。
特にホテルの従業員相手だったら、こっちから下手に出ていいことは何もないということで。
「おはようございます」
ややあって、ジェイルくんが入ってきた。
既に飯を済ませ、一働きしてから俺を訪ねてきたくさい。
こんなに有能なサラリーマン、なかなかいないぞ。
うちの会社だったら、とっくに社長室とかその辺りに引っこ抜かれているところだ。
「おはよう。早いね」
「マコトさんのご予定をお伝えしていなかったので。
早速ですが、よろしいでしょうか」
「……ジェイルくん、悪いけど、二人だけの時はもっと砕けて貰えます?
近衛騎士演るのも疲れるんだよ」
「いいでしょう。
でも、誰かいたら近衛騎士モードでよろしく」
何とか、アレスト興業舎内レベルに戻って貰えるようだ。
それでも丁寧すぎるんだけどね。
だって、ジェイルくんって同年代だけど先輩だよ?
本当なら「くん」付けもおこがましいくらいだ。
でもジェイルくんは、そんなことは全然関係なく話し始めた。
「王政府には、昨日のうちに使いを出しました。
回答は早くて数日後でしょう。
とはいえ、いつ来るか判らないので、準備だけはしておく必要があります」
「そうだね。
具体的には?」
「王政府からは、いついつに出頭していただけないでしょうか、という文書で回答が来るはずです。
当然、嫌だとは言えませんが。
日時についても厳守する必要があります。
ですから、逆に言えばその日までは自由ということで」
「好きにして良いと?」
「もちろん、泊まりがけで王都外に出かけるとか、数日間拘束されるような用事は駄目ですよ。
でも、これで王政府にはマコトさんが王都にいることを告知出来たので、大っぴらに動いても文句が出なくなりました」
だからね?
それは、例え同期だろうが同じ歳だろうが、組織内で地位が上ならば、相手に対して丁寧な言い方をするのは当然だよ?
でも、それは偉い方がエリートで優秀だった場合のことで。
俺とジェイルくんは正反対なんだよね。
違和感ありまくりだけど、仕方がない。
組織ってのは理不尽なものだし。
気にしないようにするしかないか。
「それでですね」
ジェイルくんの勢いが、なぜか急に弱くなった。
何?
「実は直接命令されているんですが、王政府の前に訪問しておいた方がいい、というよりは絶対にマコトさんを行かせろと言われているところがありまして」
命令?
ラナエ嬢かユマ閣下か。
シルさんてことはないだろうけど、従うしかないよね。
「それが、ハスィー様なんです」
「えええっ?
ハスィーさんが?」
何なんだ?
でも、ハスィーさんの命令なら従うしかあるまい。
もう一度ミクスさんに乗って山を登れと言われてもやるぞ。
警備隊隊長との決闘は、ちょっと考えさせて欲しいけど。
「是非、ぜひ王都のアレスト伯爵邸を訪問していただきたい、という要請です。
出来るだけ早急に。
実はもう、先方にハスィー様からのお手紙を届けてしまいました。
ハスィー様のお話では、返事はすぐ来るそうですので、少なくとも王政府との会見の前には訪問して欲しいと」
一体何なんだ?
ご家族に関することなのか?
あ、そういえば俺ってよく考えたら、このところハスィー邸に入り浸りじゃないか!
しかも夜に。
ハスィーさんは未婚の貴族令嬢なんだから、変な噂が立っても不思議じゃない、というよりは確実に立っているだろう。
そして、それがご両親の知るところとなったと。
大変だ!
「判りました。
何を置いても、とりあえずアレスト伯爵閣下にお会いして言い訳、じゃなくて釈明が必要ですね」
丁寧語になってしまった。
「はあ。
そういうことではないのではないかと」
ジェイルくんがボソボソ言っていたが、俺はパニックを起こして立ち上がった。
「どうする?
ハスィーさんの評判って、今どうなっているんだ」
「マコトさん、落ち着いてください」
ジェイルくんに宥められて、何とかソファーに戻る。
「ちょっと噂を集めてみましたが、今のところ傾国姫に関する新しいスキャンダル情報は出回ってないようです」
「そうか。良かった」
「アレスト市は辺境ですから、情報が伝わりにくいんですよ。
そもそも傾国姫が王都で話題になったのは、数年前の事ですからね。
ご本人がいないので、現在では王都でも半ば忘れられた存在です」
もっとも、とジェイルくんは顔を引き締めた。
「何かあったら、またパッと広まることは間違いないでしょうね。
だからこそ、マコトさんはアレスト伯爵閣下と早急にお会いして、今後の対策を練っておく必要があるかと」
「判った。
そうします」
だけどなあ。
俺ばかり焦ってもどうしようもない。
どっちにしても、アレスト伯爵閣下からの返事が来ないことには動けないのだ。
それまでに、気になっている事を片付けておくか。
俺はふと思い出して言った。
「そういや、昨日面白い人に会ったんだけど」
「もうですか?」
ジェイルくんの反応が変だけど、構わず続ける。
いかん。
名前忘れた。
「王都の商人と名乗っていたな。
このホテルに着いた所を嗅ぎつけられたみたいで、直接俺に話しかけてきてね。
結局、ジェイルくんを紹介することになった」
「ほお。
確かに、商人としては伝手は多いほどいいですからね。
良いでしょう。会います」
「良かった。
相手の名前忘れたんだけど、俺の名を出して都合のいい日と場所をホテルの前のレストランの誰かに伝えておけばいいそうだよ。
その日に直接来るって」
マジで名前が出てこない。
まあ、何とかなるだろう。
「面白いですね。
さすがは王都の商人」
ジェイルくんも、やる気になったみたいだ。
「かなり切れるよ。
あと、俺のことは近衛騎士の従者だと勘違いしているから、そこら辺はよろしく。
名前もフルネームじゃなくて『マコト』で」
「了解しました」
これでよしと。
フレアちゃんのことは、まだいいか。
ジェイルくんやアレスト興業舎とは関係なさそうだしな。
それにしても、俺、意外に忙しくない?
観光とか出来るかな?




