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サラリーマン戦記 ~スローライフで世界征服~  作者: 笛伊豆
第二部 第一章 俺は顧問で非常勤?

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9.商売ネタ?

 身体を拭いていると、いきなり腹が鳴った。

 そういえば昼飯がまだだったと気がついたけど、もうみんなとは別れてしまったし、一人で食いに行くしかない。

 再びアレスト興業舎の作業服を着て、財布を持ってとりあえず部屋を出る。

 廊下や階段は、豪華というほどではないけど清潔で上品だった。

 割といいホテルなんだろうな。

 貴族様(笑)が泊まるくらいだし。

 こっちのホテルのたぐいは、地球のものとほぼ同じ構造だ。

 というより、客を泊める施設はどうしてもそうなるけど、入り口の近くにフロントがある。

 そこで聞いてみたが、ホテルでは昼飯は出ないということで、近くのレストランを教えて貰った。

 その際、お忍びだしたまにはのんびりしたいので、格式が高い店は避けたい旨を伝えておく。

 あの『楽園の花』みたいな高級店にばかり行っていたら、さすがの俺でも破産しそうだし。

 そういえば、王都にはあの店の本店があるという話だったっけ。

 落ち着いたら、一度は行ってみないとな。

 フロントが推薦した店は、何とホテルの真向かいにあった。

 御用達のようだ。

 店の雰囲気も、高級すぎるわけでも下品でもなく、ちょうど良かったのでそこに決める。

 俺の服装や人品は怪しまれることなく、適当な席に案内された。

 絵本で鍛えた読解力でメニューを見たけど、まだよく判らなかったのでお勧めを頼む。

 値段はそこそこだったから、あまり変なものではなさそうだったし。

 俺もこっちの世界に慣れてきたなあ。

 料理が来るまでぼやっとしていたら、隣の席の男が話しかけてきた。

「いきなりすまないが、ひょっとしてあのホテルに泊まっているのかい?」

 俺と同じくらいの歳に見えたが、今の俺よりは上等な服を着ている。

 割と裕福そうだ。

 敵意がないのは魔素翻訳で判ったから、俺も落ち着いて返せた。

「今日、着いたばかりだよ」

「ああ、失礼した。

 僕はムストと言う。

 あのホテルの出入りの商人だ」

 とりあえず、握手する。

 この習慣は、当たり前というわけではないけど、割と裕福な階級の間では広まっているらしい。

 やっぱり昔『迷い人』が広めたのかも。

「僕はマコトだ。

 王都には来たばかりだ」

 フルネームは言わない。

 まだ役所に出頭してないしね。

 俺の存在が知られているとも思えないけど、用心はした方がいい。

「商用かい?」

「そんなもんかな。

 こっちで仕事を探すというか、まだ未定だけど」

 言いにくいよね。

 自分でもどうなるか判らないし。

 でも、とりあえずはアレスト市には戻れないしな。こっちで何とかするしかない。

「そうなのか?

 それにしては、あまり焦ってないようだが」

「一応、当てはあるからね。

 ところで、何か用があるのか?」

 退屈だったから話しかけてきたわけではなあるまい。

 俺の脳は「出入りの商人」と魔素翻訳したけど、つまりは商売のネタを探しているんだろう。

「ああ、聞きたいことがあってね。

 良ければだけど」

「ここの食事代を持ってくれるのなら、知っていることは話してもいい」

 ふざけ半分で言ったら、ムストは乗ってきた。

「いいよ」

 いいのか?

「僕は着いたばかりで、何も知らないぞ」

「それでもいい。

 君がホテルから出てきたのを見ていたからね。

 あそこはかなり格式が高いし、出所があやふやな者が泊まれるホテルじゃない。

 少なくとも、君が人品怪しからぬ人物であることは保証されている。

 知り合って損はないだろう」

 うーん。

 気軽に関わって良かったのかな。

 でも、悪い奴じゃなさそうだし、後でジェイルくんに身元調査して貰えばいいか。

 今日の所は、当たり障りのない付き合いで止めるとして。

 うまくいけば、王都に詳しい知り合いを増やせるしな。

「判った。

 何を聞きたい?」

 ムストと名乗った男は、ウェイターに合図してからテーブルを移ってきた。

 慣れているな。

 さすがは王都の商人。

「この店の者から聞き出したんだが、今日あのホテルに貴族か大商人の馬車が来たらしいんだ。

 荷物を運び入れていたから、おそらく宿泊予定らしいんだが、何か知っているか?」

「その御仁の予定をか?

 知るはずないだろう」

 俺だって、俺のスケジュールは知らないんだよ。

 全部ジェイルくんとソラルちゃん頼りだ。

「そこまでは求めていない。

 何か知っていることはあるか」

「貴族が泊まるのは知っているよ。

 近衛騎士だ。

 従業員が丁寧に挨拶していたからな」

 面白くなってきた。

 魔素翻訳で嘘はバレるから、本当のことしか言えないんだけど、どこまで誤魔化せるかテストだ。

 いや、本当のことだよ?

 あの女の子は貴顕に対する礼をしてくれたし。

「近衛騎士か!

 ありがたい。それだけでも飯代にはなる」

「商売のネタになるのか?

 その程度で」

「知らなければどうしようもないからな。

 それに、領地持ちの貴族だったら出入りの業者がいるから、アプローチしても無駄だ。

 大商人でも同じだ。

 近衛騎士なら、何とかなるかもしれない」

 なるほど。

 確かに、普通の貴族だったら家ぐるみで御用商人がいるだろう。

 今更王都で新しい商人と取引する必要はない。

 あったとしても、その御用商人が紐付きを紹介するだろうし。

 大商人なら言わずもがなだな。

 近衛騎士は領地持ちじゃないし、一代貴族だから、御用商人がいるかどうか怪しいものだ。

 そこまで続いていないからね。

 しかし、さすが王都だな。

 アレスト市なんかとは、比べものにならないくらい商人たちが逞しい。

 俺の再就職、というよりは起業も前途多難だな。

「後は何かないか?」

 ふと思いついて聞いてみる。

「そっちは他に何か情報はないのか?

 関連して思い出すかもしれない」

「そうだな」

 ムストは俺をジロジロ見て言った。

「商売人には見えないし、まあいいか。

 この店の者の話では、その御仁にはどこかの地方の商隊が付き従っていたというんだ。

 大量の荷を運んできたらしくて、馬車が何台も連なっていたそうだ。

 つまり、かなり裕福な御仁である可能性が高い」

「そんな商人が付き従っているんだったら、あんたが割り込む隙なんかないんじゃないのか?」

「そいつらは地方の連中に見えたと言っただろう。

 つまり、王都には暗いはずだ。

 明るいんだったら、貴族に従ってホテルなんかに寄るはずがないからな。

 大方、新しく支店を作るために出てきたというところだろう。

 その繋ぎはいい商売になりそうだと思わないか?」

 凄い。

 ほとんど全部、当てやがった。

 このムスト、ひょっとしたら物凄く有能な奴なんじゃないのか?

「なるほどね。

 面白いな」

「だろう?

 今日、ここにいたのはチャンスと見た。

 だから、どうにかしてその御仁とお近づきになりたいんだよ。

 どうだ、一口噛まないか?」

 面白くなってきたな。

 口車に乗せられている気はするけど、これほど出来る奴なら、ジェイルくんに紹介してもいいんじゃないのか。

「いいだろう。

 近衛騎士はともかく、その商人には繋いでやれる」

 もう繋がっているんだけどね。

 そこまでは言わない。

「そう言ってくれると思ったよ」

 ムストは、満面の笑みをたたえて言った。

「マコト、君の正体は判っているんだ」

 ホント?

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