8.到着?
王都に着いたのは、出発して7日目の昼頃だった。
予定通りだ。
ラノベと違って途中で魔物やら盗賊やらが出ることもなく、順調に日程を消化したわけだ。
昼頃に着くというのもスケジュール通りだそうで、今日は先行したアレスト興業舎の舎員が予約してくれた宿に泊まるらしい。
もうすでに、アレスト興業舎の王都出張所になる物件は抑えてあるとかで、ジェイルくんたちは翌日から開所準備にかかることになる。
王都は、さすがに大都市だった。
到着日の朝から街道が広くなり、周りの景色にも建物や畑が増え始めた。
そのうちに家が並ぶようになり、日本の地方都市のような景観になったかと思うと、開けた地平線が人工物で覆われているのが見えた。
人口は50万人ほどというから、こっちの世界では東京とかニューヨーク並の、屈指の大都市なんだろうな。
日本だとちょっと大きな県の県庁所在地程度だけど。
遠目で見ても、あまり高い建物はなさそうだった。
お城にしても、この距離では埋もれてしまっているんだろう。
日本のビルと同じように考えてはいけない。何しろエレベーターのたぐいがないんだから、10階建てとかは非実用的になってしまう。
高くてもせいぜい5階くらいだろう。
それでも大変だけど。
前にも言ったけど、シンデレラのお城みたいなのはマジで暮らしたり働いたりするのは辛いと思うぞ。
ていうか、無理。
まだ場所が十分あるので、やたらに上へと伸びる必要はないからな。
ラノベだと、街の周りは城壁で囲まれていて門番がいたりすることが多いけど、ソラージュ王国ではあまりそういうことはない。
アレスト市なんか開けっ放しだったしな。
もっともユマ閣下に聞いたら、さすがに王都のお城や貴族街、重要な施設がある辺りは一応区切られていて、入るのにはチェックがあるそうだ。
俺も、近いうちにそこに行かなければならないんだよね。
いや、むしろ貴族の一員なんだから、そっちの方がメインになるかもしれない。
嫌だなあ。
俺は庶民なのに。
人通りが増えてきたところで、教団の馬車隊とは別れた。
王都にも教団の施設があるので、そっちに行くそうだ。
特に挨拶もなかったけど、ラヤ僧正様からは「近いうちに連絡します」と言われている。
何かスパイがたくさんいそうだから、そのうち接触してくるだろう。
そうそう、貴族ってスウォークを相談役として雇っていることが多いそうなので、ラヤ僧正様が俺の相談にのってくれることになっている。
後で聞いたら、そんな贅沢なことが出来るのは伯爵以上の大貴族だけですよ、と呆れられたけどね。
お布施とか、どれくらいだろうか。
まあ、それは後で考えることにして、俺は初めて見る王都の景色を楽しんだ。
といっても、すぐに飽きてしまったけどな。
基本的には、アレスト市の繁華街と同じなんだよ。
日本のサイケデリックさに慣れた俺にしてみれば、やっぱり地味な地方都市にしか見えないし。
道行く人も、確かに日本人に比べたらパターンが多かったけど、それはアレスト市で散々見慣れている。
キディちゃんみたいなネコミミ髪の人や、アレナさんと同じ銀エルフも当たり前にすれ違った。
やっぱ人口が多いとそうなるよね。
俺の馬車も、目立つというほどでもなかった。
確かに豪華なんだけど、十台に一台くらいは似たようなレベルの馬車とすれ違う。
アレスト市なんかより貴族の人口密度が高いのだろう。
いや、むしろ平民の金持ちが多いということか。
これなら、悪目立ちしなくて済みそうだ。
ほっとしていると、馬車が大通りから横道に逸れて、立派な建物の前で止まった。
「マコトさん、着きました。
とりあえず、ここに宿泊してください。
もし不都合がありましたら言ってくだされば、変更します」
ジェイルくんが馬車のドアを開けて言ってくれたけど、言葉が丁寧なのは後ろに宿の従業員らしい人たちがいるからだろう。
ちなみに、俺はジェイルくんに言われて王都に入る前にかなり上等な服に着替えている。
近衛騎士の正装などというものはないらしかったけど、やっぱりそれなりの金のかかった服装をしてないと怪しまれるそうだ。
近衛騎士の証である赤い布は左腕に巻いてある。
これでいいらしい。
なお、チップの習慣はやはりないということで、助かった。
俺の荷物がアレスト興業舎の舎員たちに手で運ばれている間に、ジェイルくんが宿泊の手続きをとってくれた。
俺にはまだ、サインくらいしか出来ないからね。
でも、ジェイルくんたちはここには泊まらないらしい。
アレスト興業舎の出張所になる施設があるので、そこで寝泊まりすることになっているのだそうだ。
ラナエ嬢、ケチッたな。
ソラルちゃんも、とりあえずはそっちに行くというので、これで俺は完全なボッチになってしまった。
これからどうしようかと思っていたら、まずは宿でのんびりしていてくれと言われた。
「召還されているんだから、すぐに行かなくちゃならないのでは」
「ユマ司法官閣下から手順を伺っているのですが、こういう場合はまず、近衛騎士の手の者がいつ訪問したら良いか、役所にお伺いを立てるそうです。
貴族の公式訪問になるので、いきなり訪ねたりすると向こうも対処できないということらしいですね」
そうなのか。
何て面倒なんだ。
その「手の者」の役はジェイルくんがやってくれるということで、俺はここでぼやっと待っていればいいらしい。
だったら、観光してもいいよね、と言ったら騒動は起こさないでくれと釘を指された。
正式に申告する前に、俺が王都にいることが知れ渡ったりしたら、まずいでしょうということで。
言われなくても、誰が騒ぎなんか起こすか!
でも自重はしよう。
ジェイルくんとアレスト興業舎の舎員たちが俺の馬車と一緒に去るのを見送りながら、俺は宿の従業員さんに案内されて部屋に向かった。
従業員さんは、若い女の子だったが緊張しているようだった。
近衛騎士と聞かされてビビッているのか。
そんなの、何にもないのに。
お仕着せの制服らしい恰好だが、やっぱりこっちでも女の子といえどツナギのような服だった。
スカートって、少なくとも仕事着ではないんだろうな。
「こちらでございます」
部屋は、もちろん立派だった。
ていうか、日本では俺なんかは一生お目にかかれそうにないようなランクだ。
いや、違うか。
俺は大学卒業前に、金を貯めるためにホテルでバイトをやったんだけど、ベッドメイキングで何回かこういう部屋に入ったことがあったっけ。
いわいるスウィートとかマスタールームとか呼ばれる部屋で、寝室の他にリビングや簡単なキッチンまで付いているタイプだ。
まあ、最高級というわけではないけど、身分がある人が泊まる部屋だね。
お付きの人用の小さい部屋まであるから。
嫌だったけど、それが格式と言われれば仕方がない。
「ありがとう」
声をかけると、女の子は丁寧に挨拶して下がった。
貴顕に対する挨拶だったぞおい。
嫌だけど、こういうのはこれから強制的に何度も練習しそうだな。
俺の荷物は、リビングのクローゼットに仕舞われていた。
とりあえず、部屋着にしているアレスト興業舎の作業服に着替える。
それから部屋を見て回ったが、驚いたことにシャワーがあった。
風呂桶はなかったけど。
これだけでも、この部屋が高級なものだと判る。
確かここは3階だから、誰かが沸かしたお湯を運び上げていることになる。
それとも、もうポンプくらいは実用化されているか?
早速着替えたばかりの服を脱いで、シャワールームに飛び込み、勢いよく蛇口を捻ったところ、最近はアニメでもめったに出てこないシーンに遭遇してしまった。
いや、半裸の女の子じゃないよ?
水だった(泣)。




