7.ボッチ飯?
旅は、最初の予定通り1週間で終わった。
旅自体は退屈なだけだった。
だって、来る日も来る日も同じような景色が続くだけなんだよ。
馬車がすれ違うのも危ないような狭くて舗装もされていない街道を、ひたすら進んでいくだけなのだ。
しかも遅い。
もともと馬車だし、道路が整備されていないせいで速度を出せないからだ。
その反面、馬車の性能もあってあまり不快な揺れとかはなかったけど。
でも、退屈なんだよね。
時々小さな街とか村があるけど、もちろん面白いものなんかまったくない。
途中で大きな街か何かがあるのかと期待していたんだけど、それもなかった。
どうも、アレスト市ってホントの辺境というか、王都から帝国の国境まで何もないと困るから、中継点として無理矢理作ったような街だったらしいんだよね。
もちろん、気候は温暖だし土地は肥えているので開発すれば見返りは大きそうだけど、南の方は山がちであまり発展は望めない。
それに山や谷が続いているということは、野生動物が多く生息しているわけで、ギルドとの協定によってそれらの土地の多くは人間には解放されていないらしい。
こっちの世界って、人間より野生動物の方が勢力が強いところがあるんだよ。
協定も野生動物の保護というよりは、むしろ人間側が敵対されないように配慮している所がありそうだ。
本気でやり合ったら、多分人類の方が滅びるから。
従って、あまり人口が増えすぎると饑饉になったりするので、子沢山は必ずしも奨励されない。
もちろん、貴族は別だ。
子孫が増えなければじり貧になるだけなので、子供は多いほどいい。
ロッドさんとかラナエ嬢なんかも、兄弟がたくさんいるって言っていたからね。
でも、庶民は増え過ぎても問題が増えるばかりだ。
時々無理に人口を増やして国力を増大させ、よそを侵略しようとする国が出てくるそうだけど、そういう所は周りからよってたかって潰される。
百年前の戦乱も、今の帝国が原因というよりは、そういうお互い同士の潰し合いがエスカレートした結果だということだった。
この辺りの知識は、ユマ閣下とラナエ嬢による促成教育の成果なんだけどね。
近衛騎士である以上、歴史的な経緯や現在の国内の情勢にあまりにも無知だと困るだろうということで、出発前日までスパルタで叩き込まれていたのだ。
とは言ってもせいぜい数日間なので、全体を大雑把に撫でる程度だけど。
それでも、ソラージュ王国については大体判った。
国際情勢はまだ怪しいけど、それは王都についてからゆっくり勉強することになっている。
今のところ、俺の就職先が外国? になることはないと思うからね。
そう、やはりこれからやるのは就活と思った方がいいらしい。
いや、むしろ起業か。
正直言って、今の俺を社員として雇ってくれる企業なり団体なりがあるとは思えなくなってきたからなあ。
近衛騎士という身分は、マジで貴族なのだ。
つまり、普通は平民の下で働いたりしないんだよね。
俺自身は全然気にならないけど、相手が気にする。
例外はギルドくらいなものだろう。
アレスト市ではあまりいなかったけど、王都のギルドでは近衛騎士程度は当たり前に働いているそうだ。
でも、民間企業は別だ。
どんな大金持ちや実業家でも、平民である限りは身分的に俺より下なわけで。
俺が平民の企業のオーナーだったら、近衛騎士なんか雇うはずがない。
ギルドでクビにならなかったのは、あそこが半ば役所だったからだな。
それに、上司にハスィーさんという貴族の令嬢がいてバランスが取れていたし。
困った。
そのことについては、実を言うとラナエ嬢やユマ閣下はあまり頼りにならないことが判った。
最初から貴族の出なので、平民社会のことがよく判っていないのだ。
万能の生き字引みたいに考えていたので、これは驚きだったね。
しかも、彼女たちはハスィーさんも含めて貴族家の出ではあるけど貴族ではない(爵位は持ってない)ため、平民でも何とか雇えるかな? というレベルに治まっている。
実際の爵位持ちである近衛騎士が直面する就活問題には、まったく理解が無かったという。
それを気づかせてくれたのはラヤ僧正様だった。
いや、出発前にはあまり接触してないんだけどね。
アレスト市を出て街道をしばらく行った所で小休止していると、後ろから追いついてきた馬車からラヤ僧正様が出てきて俺の馬車に乗り込んできたのだ。
これは最初からの予定だったらしく、ハマオルさんも何も言わなかった。
というより、ハマオルさんがラヤ僧正様をエスコートして(つまり、抱え上げて)馬車に乗せてきた。
そういえば、ハマオルさんは最初に会った時に、ラヤ僧正様のマントを渡したら納得したんだっけ。
「ハマオルは、教団の熱心な信徒です。
在家信者ではありますが、位階を得ているほどです」
ラヤ僧正様が教えてくれた。
そうか、教団にも位階ってあるのか。
それはそうだろうな。
僧正様だって、僧正という位階なんだし。
在家信者も聞いたことはある。
ていうよりは、俺の脳が魔素翻訳したんだから、俺が知らないはずがないんだけどね。
確か、一般人としての生活をしながらも宗教団体のお役を持っている人のことだったような。
「ハマオルには、毎回無理をさせていて、申し訳ないのですが。
信用がおけて腕も立つという者は、なかなかいないのです」
どこも似たような悩みはあるなあ。
「あ、そういえば、ハマオルさんが難民を率いたのもそのせいですか」
「はい。
詳細は申せませんが、あるお役目を担っていた信徒たちが帝国政府の高官とトラブルになりまして、そのままでは最悪処刑ということになりかねなかったのです。
そこで、偶然ですが信徒たちが関係していた村の出身だったハマオルにお願いして、信徒たちを脱出させました」
「じゃあ、ソラージュ王国に来たのも」
「帝国内では、どこに逃げても追われますから。
国外に逃げてしまえば、見逃して貰えるはずだったのです。
国境を越えた後は、申し訳なかったのですがマコトさんを頼るように申しつけました」
で、リナ姫の一行と合流してしまったことで街道を通れなくなり、あの無謀な山脈越えに繋がったと。
ホントに迷惑な姫様だったな。
まあいい。
だから、ハマオルさんはあの時俺の名を出したのか。
本当は、順当に街道を通ってアレスト市に来て、単に俺を通じて僧正様と連絡をとる予定だったらしい。
司法官と関わるなというのも、山脈の国境越えが非合法だったからだ。
実は、そのことについては既にハマオルさんから聞いていたんだけどね。
ラヤ僧正様に依頼されて、あの脱出行を率いたんだけど、本人はむしろ口実が出来たと喜んでいたな。
前々から行方不明のシルさんを探しに行きたいと考えていたらしくて、でも中央護衛隊を辞める理由が見つからなかったと。
というのも、似たようなことを考えている同僚が結構いて、ここでハマオルさんが旅だったら我も我もと続く可能性があったらしいのだ。
そんなことになったら、下手すると反乱扱いされるかもしれないし。
教団からのどうしても断れない依頼で、というのは待ちに待ったこじつけ理由だったそうだ。
ちなみに、ハマオルさんは確かにあの村の出身ではあるけれど、口減らしで追い出されるように村を出てから苦労したので、あまり執着はないらしい。
今はシルさんの直臣になれて、満足なようだった。
シルさん本人には、そのつもりはなさそうなんだけどね。
それは、俺には関係ないしな。
「ご本人に断りもなく、申し訳ないことをいたしました。
今更ですが、改めてお詫びいたします」
「いえ、どちらにしてもあの状態では同じ事だったと思いますし。
むしろ、僧正様のマントを貸していただけたことで、難民の方たちにスムーズに受け入れて頂けたので、結果的には良かったです」
「そう言っていただけるとありがたく思います」
ラヤ僧正様の声、というか俺に聞き取れる言葉って、どう考えてもアニメの美少女が言っているようにしか聞こえないんだよね。
目を閉じれば即ファンになる奴は多い気がする。
もちろん本人は巨大なトカゲなんだけど、もう慣れてしまった。
むしろ、時々可愛く見えるほどだ。
ビジュアルって、慣れてしまえばあまり関係ないのかもな。
まあ、それにしてはハスィーさんを見る度に心臓が跳ね上がるんだけど。
毎日見ていても、全然慣れないしなあ。
あれはやっぱり、チートのたぐいかも。
というわけで、それから俺はずっとラヤ僧正様と馬車でお話ししながら時間を潰した。
外の景色が退屈なので、話が弾んだのは助かった。
日が暮れると、もちろんラヤ僧正様はご自分の馬車に戻った。そこにベッドもしつらえてあるらしい。
教団の馬車は全部で5台ほどもあって、僧正様だけでなくて教団の信徒も大勢王都に向かっているらしかった。
俺とはまったく接触しなかったから、よく判らないけどね。
アレスト興業舎の方も、ジェイルくんを初めてとして合計で10人ほどいるようだったけど、こっちもあまり接触がなかったな。
どうも、近衛騎士で元舎長代理ということで、俺が畏れられて避けられていたらしい。
俺と話すのはジェイルくんとソラルちゃん、あとは御者の2人だけという、寂しい旅だった。
まあいいけど。
あ、そういえば野営は一度もやらなかったな。
街道なだけに、旅の宿は結構頻繁にあって、毎日違う宿に泊まったんだよね。
俺は、いつもかなり上等の部屋に通されたみたいだ。
貴族だからね。
ベッドはふかふかで、飯も上等だった。
お代が気になったけど、ジェイルくんに聞いたら出張扱いだからアレスト興業舎が持ってくれるそうで、どこまで甘やかしてくれるのか。
あと、ボッチだった。
一行の中で、俺の身分に匹敵する人ってラヤ僧正様くらいだけど、僧正様は人前には出ないので、俺は毎日ボッチ飯だったのだ。
いいんだよ。
慣れているから。
でも、ここしばらくは美少女たちと夕食食うのが当たり前になっていたから、ちょっと寂しかった。
本来の俺に戻っただけ?




