6.出発?
一通りの準備や後始末を終えて、いよいよ王都へ向けて旅立つ日がやってきた。
ラナエ嬢から馬車なんかの準備が出来る日を指定してきたので、俺はただ従うだけだ。
荷物はすでに積み込んである。
馬車はかなり豪華なものだった。
ギルドの奴に比べれば装飾なんかは落ちるけど、その分足回りを強化して長距離の移動にも耐えられるようになっているらしい。
「当面は、アレスト興業舎では使い道がありませんので、この馬車はマコトさんに貸与します。
近衛騎士としての体面くらいなら保てるでしょうから、王都での移動にお使い下さい」
ラナエ嬢はそう言ったけど、怪しいよね。
使い道がないような高価な馬車を、あのラナエ嬢が買うはずがない。
やっぱり何か裏があるのかと思っていたら、ソラルちゃんが耳打ちしてくれた。
「ラナエ舎長代理は、マコトさんを王都におけるアレスト興業舎の看板として使うつもりみたいです。
近衛騎士でもあるし、サーカスの発案者だとか、フクロオオカミを駆って山脈で難民を救助したとか、色々エピソードがありますから。
マコトさんが有名になれば、自動的にアレスト興業舎の名前も広まりますし。
だから気にしないで馬車を使って欲しいそうです」
やっぱそれかよ!
まあいい。
離れてしまえばこっちのものだ。
絶対に有名なんかにはなってやらないからな。
俺は王都に行ったら、ちょっと王政府に挨拶して、あとは引きこもって暮らすのだ。
無理か。
馬車には、馬と御者がセットで付いていた。
馬は『ハヤブサ』のボルノさんと違ってガタイが大きい馬車馬で、この人【馬】たちも一緒に俺に貸与されるそうだ。
普段はアレスト興業舎の王都出張所で世話をしてくれるそうで、どこまで俺を甘やかすつもりなのか。
いや、宣伝のためだろうとは思うけど。
一応挨拶しておいたけど、両方とも雄だからすぐ名前忘れるだろうな。
ちなみに、なぜボルノさんを覚えているのかというと、最初のインパクトが強すぎたからだろう。
馬とお話しできるんだもんなあ。
ツォル【フクロオオカミ】の奴も同じだ。
何か衝撃的な事があると、男でも名前が記憶に残るらしい。
馬車の御者は2人で、交代で仕事をするそうである。
王都についたらジェイルくんの部下として、アレスト興業舎の王都出張所で働くとか。
気になって聞いてみたら、二人ともシイルの同僚というか、青空教室の出身だった。
まだ若くて、というよりはシイルと同年代だから日本でいうと中学生くらいなんだけど、もう立派なサラリーマンである。
聞くと、まだ見習いとはいえ正規雇用だそうで、つまりは彼らの中の出世頭だな。
「いえ、シイルは主任待遇ですから、あいつの方が上です」
「おれたちみたいなのが、アレスト興業舎の正舎員なんて夢のようです。
ゆくゆくは家名を持てるかもしれません。
マコトさん、おれたち頑張りますから!」
そうか。頑張ってね。
影から応援しているから。
名前を聞いたけど、二人とも男だったからすぐに忘れた。
これから長い付き合いになりそうだから、いずれは覚えるかも。
それにしても、シイルたちも着々と足元を固めているんだな。
いいなあ正舎員。
俺なんか未だに臨時雇い扱いだぞ。
役員なんて、いつクビになってもおかしくないんだし。
おまけに、暗に王都で新しい仕事を見つけろとか言われているような気がする。
非常勤の顧問だから、別の会社に勤めてもかまわないらしい。
見ようによってはブラックだよね。
収入面ではとりあえず心配ないので、マジで安い家でも借りて引きこもっていたい気もするけど、無理だろうなあ。
何かやっているフリくらいはしないと。
ニートがバレて、ユマ閣下に近衛騎士を解任されでもしたら、俸給が出なくなってしまうかもしれない。
そしたらたちまち無職の宿無しではないか。
アレスト興業舎だって、いつまで雇ってくれるか判らないしな。
経営方針の変更で、顧問なんかいらないということになるかもしれない。ギルドだってあっさり解雇されたんだから、一寸先は闇なのだ。
頑張ってどっかに雇って貰わないと。
出来れば正社員で。
「ヤジママコト近衛騎士様」
呼ばれて振り返ると、何といったっけ、シルさんの近臣であるところの、元帝国護衛隊の人がいた。
そういえば、この人を俺の護衛につけると言われていたっけ。
俺が黙っていると、その人は続けて言った。
「ハマオルであります。
シルレラ皇女殿下より、貴下の護衛任務を賜りました」
ああ、そうだ。
ハマオルさんだ。
最初に出会ったときは、確か山の上で、帝国の難民を率いていたんだよねこの人。
あの時は泥だらけでやつれていたから気づかなかったけど、結構なイケメンではないか。
がっちりしてはいるけど、太ってはいない。むしろアスリート的なしなやかさを感じる。
歳の頃は30くらいか。
こういうタイプのイケメン俳優がいたっけ。
この人の名前を覚えるのも一苦労だな。
「ヤジママコトです。
ヤジマは家名ですので、マコトと呼んで下さい」
いつものお断りを言ってから、手を差し出す。
ハマオルさんは一瞬躊躇ってから、握り返してくれた。
やっぱ凄い手だ。
剣蛸だらけだぞ。
「シルさんからお話しは伺っています。
帝国でのお知り合いですよね?」
「はっ。
帝国中央護衛隊の従士長として、シルレラ皇女殿下の剣のご指導を仰せつかりました」
シルさんの剣の師か。
「それは頼もしい。
私は近衛騎士とは言っても、武術や戦闘術については素人同然です。
出来ましたら、今後ご指導いただけないでしょうか」
これは本心だよ。
そもそも魔素翻訳で嘘はつけないし。
ホトウさんにも習っていたけど、あの人のは護身術なんだよね。
何があるか判らないから、出来れば俺も少しは強くなっておきたい。
ハマオルさんは、不意に破顔した。
「ヤ……マコト様。
ご謙遜を。
アレスト市のギルド警備隊長との一件は聞いております。
こちらにはない武術を体得なさっておられるのでは」
あれが広まっているのか。
困るな。
いや、それより今何て言った?
つまり、ハマオルさんも俺の正体を知っているわけか。
『迷い人』と。
まあいいけど。
「不意打ちで、油断していた無手の相手を警棒で打ち据えただけです。
自慢にもなりませんし、むしろ卑怯と言えるやり方ですよ」
「確かに、お見受けしたところ身体的な強さはさほどとは思えません。
しかし、強さとは総合的なものです。
極端に言えば、事が終わった時に最後まで立っていた方が一番強いというのが、この世の習いです。
それが判っていらっしゃるマコト様は、そんなに弱いとは言えません」
随分砕けた、というか、進んだ考え方をするな。
剣の達人なんだから、もっと修行者的な人かと思っていたけど。
「いずれ、そのあたりもゆっくりお話しさせていただきます。
シルレラ様のおっしゃった通りだ。
マコト様、このハマオル、あなたに仕えられることを誇りに思います」
何それ。
ぺーぺーのサラリーマンに、軽小説的なこと言わないで下さい!
「ありがとうございます。
ところで、親しくなった人にはざっくばらんに呼んで頂きたいので、『様』は止めて頂けますか」
「仰せのままに。
マコト殿」
頭も切れるし、臨機応変か。
もう一度頭を下げてから去っていくハマオルさんの背中を見ながら、俺は脱力していた。
いや、マジでノール司法補佐官と相対している時くらい、疲れるんだよ。
それくらい凄い人だったのだ。
しかも、俺に仕えるとか言っている。
あれほどの人が、そんなことしてていいの?
前から思っていたけど、なんでこっちの人は俺と話すとみんなああなるんだろう。
俺、別にそんな凄い事言ってないし、俺みたいな青二才と話してどうなるわけでもないだろうに。
まあいいか。
さて、そろそろだな。
アレスト興業舎の庭は、いつの間にか人で溢れていた。
これ、みんなお見送りの人?
ああ、そういえば俺だけじゃなくて、アレスト興業舎の王都出張所の所員たちも一緒に行くんだったっけ。
俺が乗る馬車の後ろに、数台の馬車が並んでいる。
商品なんかも積まれているようだ。
見覚えがあるマルト商会のマークがついた馬車もあって、さすがだなマルトさん。
アレスト興業舎にがっちり食い込んでいるなあ。
「マコトさん、そろそろです」
ソラルちゃんが声をかけてきたので、俺はみんなにざっと挨拶して馬車に乗り込んだ。
主だった人たちは、昨日の内に挨拶が済んでいるから、今更だしね。
それでも歓声を上げて手を振ってくれる人が大勢いたので、俺も何となく窓から手を振り返して、さらに歓声を浴びた。
いい街だったな。
また帰ってこれるかなあ。
「大丈夫ですよ。
ここは、マコトさんの故郷ですから」
ソラルちゃん、いいこと言うけどそれって俺が故郷を追われたってこと?




