5.挨拶回り?
うっかりしていたけど、ギルドを解雇されたことで俺はギルド上級職員用の宿舎を出なければならない。
まあ、どっちみちアレスト市を離れるのでいいんだけど。
幸いハスィーさんが手を回してくれて、俺が王都に出発するまでは居てもいいことになった。
荷物や何かはそれまでにどこかに移さなければならないので、それについてはラナエ嬢が早速動いてくれた。
アレスト興業舎が新しく建設した従業員宿舎の中の、上級職用の部屋をひとつ割り当ててくれたのだ。
いや、ありがたい。
王都に持って行く荷物は最小限にする予定なので、自分で買った毛布や服、小物などを置いておく場所はどうしても必要だからね。
早速アレスト興業舎の舎員に頼んで、俺の荷物を移した。
今度の部屋は、日本でいうと2LDKといったところで、独自のキッチンがついていてかなり豪華と言える。
ほぼ不在なのにこんないい物件を貸して貰っていいのか、と聞いたら、実は退職金代わりに俺のものになっているそうだ。
いいのかなあ。
まあ、断るほどのことはないから貰ったけど。
でも、管理費なんかは給料から天引きされるらしい。
それはそうだよね。
そういうわけで俺の引っ越しは無事に終わり、その日から新しい部屋で生活している。
荷物は、必要最小限のもの以外はここに置いていく予定だ。
生活に必要なものは、着いた先で買えばいいと言われている。
日本みたいに引っ越し屋が発達しているわけではないので、こちらの人も遠地に転居する場合はそうしているということだった。
まあ、向こうでどこに住むのかも判ってないしな。
ていうか、王都なんかで俺は何をすればいいんだろう。
それが判らないと、対策の取りようがない気がするんだけど。
そんな不安な気持ちをよそに、俺の王都行きの準備は着々と進んでいた。
とりあえず最優先でやらなければならないのは、俺のマナー教育だということで、毎日夕方からはハスィー邸で特訓である。
これについてはハスィーさんとラナエ嬢はもちろん、ユマ閣下も協力してくれてありがたかった。
みんな「学校」出なので、ソラージュでも有数の知識人が自ら教えてくれるわけだ。
おまけにもともと貴族出身だから、貴族のしきたりなんかもよく知っている。
特にユマ閣下はノールさんに依頼して、近衛騎士としてやるべきこと、やってはならないことの注意点を箇条書きにしたマニュアルを作ってくれたのがありがたい。
ノールさんも一、二度やってきて、俺のマナーを指導してくれた。
ララネル家近衛騎士がマナー知らずだと恥だと言われたけど、これは好意だってことは判っている。
司法官はともかく、司法補佐官が暇なはずがないからね。
こっちも俸給を貰っている以上、ララネル家に迷惑をかけないように立ち回らないと。
貴族関係は、その他にもユマ閣下やハスィーさんが紹介状を書いてくれるということで、何とかなりそうだった。
「私にもちょっとしたツテくらいはあるからな。
頼りにして貰って良いぞ。
後、マコトの護衛としてハマオルをつけることにしたからよろしく」
シルさんに言われたけど、ハマオルさんは例の帝国の難民を率いて山脈を越えたという、筋金入りの軍人だ。
何せ帝国の武のエリートが集まる中央護衛隊にいたというんだから、戦闘力では間違いなくホトウさん以上だろう。
ひょっとしたら、ノール近衛騎士ともタメを張るかもしれない。
そんな凄い人をつけて貰っていいのかと聞いたら、シルさんは肩を竦めた。
「ハマオルのせいで、このところ帝国から来る連中が増えているんだよ。
嬉しいことは嬉しいんだが、さしあたっては使い道がなくてね。
それで、ハマオル以外もあちこち飛ばしている。まあ情報収集活動の一環だな。
マコトは気にしなくてもいい」
焦臭くなってきているなあ。
それ、やっぱりシルさんの私兵扱いの人たちだよね。
確かに、週に一人くらいの割合で帝国人が尋ねてきてはアレスト興業舎に入舎していたけど。
あれはそういうことだったのか。
怖いから、知らないふりをしていたけど。
アレスト興業舎、ホントにどうなってしまうのだろうな。
まあいい。
俺が今考えても始まらない。
俺は、自分が王都で何とかすることだけを考えていればいいのだ。
持って行くものを絞り込む一方で、お世話になった人たちに挨拶して回る。
もちろんマルトさんや『栄冠の空』のモス代表には真っ先にお礼を言いに行った。
この方たちがいなければ、俺はいつ詰んでいてもおかしくなかったからな。
特にマルトさんには感謝の言葉もない。
助けて貰っただけではなく、優秀なジェイルくんやソラルちゃんまでつけてくれるんだし。
それを言ったら、マルト商会の発展の為だから気にすることはない、と言われたけど。
それより、将来的にもマルト商会をご贔屓にして欲しいということだった。
ああ、そういえばアレスト興業舎との取引も盛んだしね。出資もしてくれているみたいだから当然か。
最初はギルドが全額出資していたはずだけど、その後ちょくちょく増資していて、マルト商会なども資本を入れてくれていたそうだ。
そんなの、全然知らなかったもんなあ。
いかに俺がお飾りの舎長代理だったかということだね。
マルト商会とは、今後も密接にお付き合いさせて頂くことになるだろうな。
教団のラヤ僧正様にも挨拶したかったけど、どこにいらっしゃるのか判らなかったので「楽園の花」に行ったら、やっぱりおられた。
むしろ俺の方がストーカーなのかもしれない。
早速、あの奥の部屋でご挨拶する。
「聞いておりますよ。
マコトはソラージュの王都に行くのですね」
「はい。しばらくは戻ってこられないようですので」
「知っています。
私も同行します」
えーっ?
ラヤ僧正様、アレスト市の配属じゃないのか?
「もともと私は帝国からソラージュの王都へ行く予定だったのですよ。
アレスト市にはしばらく駐留していただけです」
そうなのか。
何で?
「もちろんマコトがいたからです。
前にも話したと思いますが私はマコト担当なので、マコトがいる所にはどこにでも行きます」
本物のストーカー(違)だった……。
そうか、ラヤ僧正様って俺担当だったのか。
って、それ何?
僧正様って担当とかあるの?
ラヤ僧正様は、それ以上応えるつもりがないらしくて、俺は慇懃に退出させられた。
どうなっているんだ。
帰り際にウェイターさんに聞くと、やっぱり食事代は教団が払ったということだった。
ここでは数え切れないくらい食事した気がするけど、自分で払ったのって一回きりだったような。
「またのおこしをお待ちしております」
このウェイターさんも謎だよね。
絶対、ただ者じゃないと思うんだけど、どうただ者じゃないのかすらよく判らん。
もっとも飯は美味いし、いつもいい席に案内してくれるので、ここは好きだな。
贔屓にしたいけど、料金は教団に払われてしまうし、これからは王都に行ってしまってもう当分は来れないのですが、と言ったら新しいカードをくれた。
「当店の姉妹店、というよりは本店がソラージュの王都にございます。
そのカードをお持ち頂ければ、予約なしで入店頂けます。
是非とも、本店もこちらと同様ご贔屓にお願い申し上げます」
怪しすぎるよ!
絶対、教団か何かと裏で繋がっているよね?
でもまあ、サービスしてくれるというのなら贔屓にするのに吝かではないけど。
貰ったカードを見てみると、やはり小さな板に過剰とも言える装飾を施したものだった。
前に貰った奴とはデザインが違うし、こっちの方が豪華だ。
かなり金がかかっているよね。
何で俺なんかにホイホイくれるんだろう。
不気味だけど、考えても判るはずがないので、考えないことにする。
いずれにしても、これだけの高級店の本店の上客として入れるのはありがたい。
貴族とかを接待しても、格式から言って失礼にはならないからね。
是非、使わせて貰おう。




