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サラリーマン戦記 ~スローライフで世界征服~  作者: 笛伊豆
第二部 第一章 俺は顧問で非常勤?

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1.馘首?

 王政府からの召喚。

 赤紙(レッドカード)か?

「違います。

 この場合は、とりあえず顔を見せに来い、というところですね」

 ユマ閣下も下世話な言い方をするなあ。

 まあ、仲間内だからだろうけど。

 アレスト興業舎の舎長室には、ユマ閣下の指示でいつものメンバーが集められていた。

 舎内だけではなく、ギルドからはハスィーさんも来ている。

 言いにくいな。やっぱハスィー「様」だよね。

 ギルドの制服に身を包んでいても、その美しさは些かも減じてはいない。

 夕食会ではあまり感じない圧倒的な美貌は、ハスィーさんが真剣な表情になっているからかもしれないな。

「マコトさん、聞いておられますか?」

「あ、すみません。

 続けて下さい」

 ラナエ嬢に注意されて、俺は会話に集中した。

「私はソラージュの制度には詳しくないんだが、それは公式の召還なのか?」

 シルさんの疑問に、ユマ閣下が淡々と答えた。

「そうでもあり、そうでもなしですね。

 一応、アレスト市司法官宛の公式書簡として通知されたのですが、これはむしろマコトさん個人というよりはララネル家宛の注意、あるいは警告のようなものです。

 近衛騎士を叙任したのなら早く報告せよ、本人も出頭させろといったところでしょうか」

「だが、そんな義務はないんだろう?」

「もちろんです。

 近衛騎士の叙任権は、公爵以上の高位貴族および王族に許された特権です。

 いわば個人的な権利の行使ですから、王政府といえど強制的に報告を求める権利はありません」

「だったら」

「とはいえ、新しい貴族の誕生は、騎士爵とはいえ貴族界の勢力バランスをわずかなりとも変化させます。

 王政府としては、好き勝手にやって報告もないでは済まないでしょう。

 ですから近衛騎士を叙任した場合は、適当な時期に報告した上で一度本人が王政府に挨拶に行く、ということが慣習になっているわけです」

 そうだよね。

 知らないところで貴族が増えていたりしたら、国としてもやってられないだろうし。

 だが、緊急の要件でもないだろう。

 召喚までするか?

「私としましては、来年の新年の儀式の際にマコトさんを王都にお連れしてお披露目すればいいと考えていたのですが……」

「連れて行く、ということはユマも王都に戻るのですか」

「私の本来の居住地はララネル公爵領ですから、王都に戻るというのは少し違いますが、司法官の職を辞すためにも一度は司法省に行かなければなりませんので」

 え?

 ユマ閣下、司法官辞めるんだ。

 でも、そんなに簡単に辞職できるのか。

 同じ疑問を持ったらしく、ラナエ嬢が質問した。

「司法官は勅任官ではなかったのですか?

 自分の意志で辞職できると?」

 ユマ閣下はうふふ、と笑った。

「一般には知られていませんが、こういった政治的な立場は、やり方によってはいかようにでも出来るのですよ。

 表向きの理由と本当の進退理由は関係ないことがほとんどです」

 つまり、政治か。

 あれだね。

 何とか大臣が健康上の都合で職を退くとかそういうのと同じだな。

 そもそもユマ閣下の司法官就任自体、グレーゾーン的な人事だったからなあ。

 辞めたいと言えば、司法省というか国としても吝かではないのかもしれない。

「でも、辞めて何をなさるのでしょうか?」

 ハスィーさんが質問した。

 自分の家族の領地だからね。

 代官が辞めて、続けて司法官もとくれば、そんな領地には何か問題があるかのように思われかねない。

 次の司法官がどんな人なのかも判らないしね。

 心穏やかではないんだろうな。

「それはもちろん、マコトさんに付き従いますよ」

 何それ?

 爆弾発言というにはあまりにもショボい結論ではないの?

 俺に従うって(笑)。

 ギルドの上級職とはいえ臨時職で、海の物とも山の物とも知れない怪しげな民間団体の雇われ舎長代理、あとはギルドの警備隊名誉隊長やら何やら、訳の判らない肩書きしかない風太郎だよ?

 そもそも、唯一立場がありそうな近衛騎士は、ララネル家が押しつけたものでしょう。

 それって、高禄取りの武家のお嬢様が、足軽として拾ってやった軽輩についていく、とか言っているようなものなのでは。

 だが、その場にいた人たちは誰も不思議に思ってないようだった。

 ハスィーさんは少し顔をしかめていたが、ラナエ嬢はなぜか頷いているし、シルさんは宙を見つめて何か考えているようだった。

 ややあって、シルさんが言った。

「うむ。

 私はサーカスはもちろんそれ以外の事業の世話があるからな。

 安定させるにはしばらくかかるか。

 ラナエも今は、足場を固める必要があるだろう」

「そうですわね」

「ハスィー様には、我々の後ろ盾として今しばらくはギルドで頑張っていただかないといけないし。

 そうだな。

 一番自由に動けるのはユマということか」

 シルさん、何を言っているの?

 みんなも、それでどうして納得しちゃうのかなあ。

 俺が抗議の声を上げる前に、ユマ閣下が続けた。

「ですが、私の目論見は見事に潰されてしまいました。

 誰のせいなのかは大体判っていますが」

 犯人がいるの?

「トニですね」

 ハスィーさんが、押し殺したような声で言った。

「まあ、そうだろうな。

 あながち責めるわけにもいくまい。

 領主代行官としては、管理している領地で起きた問題や変化は、王政府に報告するのが筋だ。

 アレスト興業舎の創立と発展だけでも大事(おおごと)なのに、その事実上のトップが新任の近衛騎士ときては、むしろ報告しなかったら職務怠慢の誹りを受けかねん」

 シルさん、あなたは本当にサラリーマンになってしまっているのでは。

 というよりは、経営者か。

 俺なんかよりずっと向いてます。

「ただ、王政府も何を置いてもすぐに出頭しろと言っているわけではないのです。

 いつまでも引き延ばせるものでもありませんが、こちらの体制を固める時間はあります」

 こっちの体制って、アンタたち国を相手に何をする気ですか?

 俺は嫌だからね。

 サラリーマンがお上に逆らっていいことは何もないんだよ。

 長いものと役人には巻かれろというのが、俺の信条だから。

 シルさんが俺の方を向いて言った。

「そういうわけだからマコト、こっちのことは心配するな。

 この際、ソラージュの王都を見学して見識を広めるつもりで行ってこい。

 いや、行けば当分帰ってはこれないか。

 あっちで修行するつもりで行くことだな」

 いやーっ!

 見捨てるんですか、シルさん?

「アレスト興業舎の人事も弄らないとなりませんわね」

「この際だ。

 何人か昇進させて体制を固めるか」

「そろそろアレスト市以外への進出も視野に入れるべきでしょう。

 それにフクロオオカミの他の氏族や、その他の種族からの参加申請もありますし」

 みんな、俺をそっちのけでこれからの議論を始めてしまった。

 どうも俺がアレスト市から消えるのは大前提みたいだな。

 それは国からの召還なんだから、仕方がないけど。

 でもこの調子だと、俺は一人で王都とやらに行って、偉い人たちに会わなければならないのでは。

 そもそも、会って何をすればいいんだろうか。

 何て言われるか判らないのに。

 能力も技能もマナーも落第だから、近衛騎士に相応しくないとか?

「マコトさん、どんなことになっても、私たちはあなたの味方ですから」

 ユマ閣下のお言葉はありがたいんですけど、その言い方だと余計不安が増すよ!

 味方だと言われても、一緒に来てくれるわけではないんですよね?

「心配するなマコト。

 ちゃんとお伴はつけてやるし、バックアップ体制も整えてやる。

 私たちだって、王都に伝手がないわけじゃないからな」

「それに、マコトさん、王都では是非やっていただきたいことがあります」

 ハスィーさんが、思い詰めたような声で言った。

「何でしょうか」

「……それは、後でお話しします」

 釈然としないけど、まあいいか。

 それより皆さん、俺を見捨てないで下さいね。

「そういえばマコト、重要なことを言い忘れていた」

 シルさんが、軽く言った。

 何ですか。

 もう、大抵のことには驚きませんが。

「ほら、言ってやれラナエ」

「……アレスト興業舎としては、長期間現場を離れる以上、マコトさんを舎長代理のままにしておくことは出来ません」

 え?

「それに、ギルドとしても本来業務に関係がない事で長期出張扱いにはできませんので」

 ハスィーさんが、謝るように言った。

「残念ですが、ギルドの特別職は解任になります」

 それって。

 クビってこと?

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