24.召還?
領主代行官が屍のままだったので、俺たちはそれ以上何も言わず、ぞろぞろと退出した。
ノール司法補佐官が事務員に「凍結を解除する。通常業務に戻って良し」と告げる。
外に出ると、ハスィーさんがギルドの馬車の中で待っていた。
どうも、ユマ閣下が呼んだらしい。
あのタイミングで入室するって、ユマ閣下の演出力も凄いものだな。
ここで解散するのも何なので、ユマ閣下の提案で司法官事務所に行くことになった。
歩いても大した距離ではないが、やはり群衆に取り巻かれていたので、3台の馬車に分乗して移動する。
人がぞろぞろついてくるので、俺たちが司法官事務所に入った時点で馬車には帰って貰った。
後でまた呼べばいいだろう。
司法官事務所のユマ閣下の私室に入ると、全員がソファーに座り込んだ。
ちなみに、疲れを知らないノール司法補佐官は別だ。
何か仕事があるらしくて、出て行ってしまった。
疲れた。
それは俺だけではなかったようで、みんなも同じようにぐったりしている。
体力的というよりは精神的に来るものがあったからなあ。
結果的に、司法官と領主代行官の対決のようになってしまったため、関係のない俺たちまでその余波を浴びてしまったわけだ。
アレスト市の二大権力者がガチでやり合った恰好である。
ああいうのは、もっとこっそりやって欲しかった。
いや、それは無理でも、少なくとも俺の知らない所で。
「そうはいきませんよ。
当事者であるマコトさんはもちろん、アレスト興業舎の幹部およびギルドのプロジェクトリーダーも関係者です。
形式としては、領主代行官の違法行為に対するアレスト興業舎からの告発という形を取りましたから」
ユマ閣下が、いけしゃあしゃあと言った。
ほとんど自分が演出した騒動なんだけどな。
俺はもちろん、アレスト興業舎の誰でもあんなカラクリにはたどり着けないぞ。
「それにしても、よく判りましたね。
領主代行官の動機があんな馬鹿げたものだった事に」
俺の質問に、ユマ閣下は肩を竦めて見せた。
「最初の推論では、王政府からの何らかのサジェッションによるものと考えていましたが、マコトさんに直接手を出してきた時点でそれは否定されました。
だとすれば、後は簡単です。
何より、あのトニ・ローラルトがアレスト家、というよりはハスィーに異常な執着を見せていたことが決め手になりました」
ユマ閣下が淡々と言ったが、そんなのあったっけ?
ラナエ嬢が言った。
「領主代行官は私たちとの会話の中で、『ハスィー様』という言葉を使いましたでしょう。
立場的にも身分的にも、また公的にも私的にも、領主代行官がそういった言い回しを使う理由がありません」
あ、やっぱアレか。
ラナエ嬢が報告したのか。
俺でも気づいていたくらいだからね。
でも、あの時は「昔のご主人様のご令嬢」に対する呼び方として見逃してしまったんだよな。
でもまあ、普通は気づかないよね。
俺だって普通にハスィー様と呼んでいたし。
むしろそっちの方が自然だ。
俺なんか、未だに「ハスィーさん」と呼ぶ事の方が不自然に感じるくらいだから。
「とはいえ、実際のところは際どい勝負でした」
ユマ閣下が続ける。
「何せ、物証がありません。
警備隊のオストからは証言を取りましたが、領主代行官は間違いなく否定するでしょうし、こちらにはそれをひっくり返す証拠がありませんでした。
よって、いささか強引ですが、関係者全員で押しかけて圧力をかける、という方法をとったわけです」
「……マコトさん、本当に申し訳ありません」
突然、ハスィーさんが言った。
「わたくしに対するトニの感情が、あそこまでになっていたことに、まったく気づけなかったことが、今回の不手際に繋がりました。
十分に予測出来たことでしたのに」
いや、無理ですよ。
トニさんのアレは、多分普通に考えたら思い当たらないでしょう。
ラノベばかり読んでいた俺だから、すぐに納得できたくらいで。
恋愛や崇拝に、年齢は関係ないんですよ。
トニさんのは、恋愛感情じゃなくてファン心理だとは思いますけどね。
「しかし、これで解決したとは言い難いんじゃないのか?」
シルさんが危惧を投げかける。
「大騒ぎだったが、結局のところはすべて有耶無耶になっただけだろう。
ユマの告発も正式のものではないだろうし」
「それはそうですが、領主代行官としては司法官側に知られてしまった以上、これからはうかつに手を出すわけにはいかなくなるはずです。
それに」
ユマ閣下が黒い笑顔を見せた。
「このまま領主代行官を続けられるほど、トニ・ローラルトが鉄面皮とは思えませんが」
それはそうだろうなあ。
ハスィーさんに三行半を突きつけられてしまったわけだし。
生徒会長として肩で風切って歩いていたのに、厨二病が学校中にバレた上、憧れていた学校一の美少女に軽蔑されてしまったくらいのショックを受けたはずだ。
下手すると引きこもり一直線だぞ。
ホント、このお姫様はえげつない。
絶対に敵には回せないな。
その後、何となく解散し損ねてしまった俺たちは、夕方になるのを待って全員でハスィー邸に移動し、夕食会に臨んだのであった。
もちろん、いつものようにハスィー邸の近くに警備隊や騎士団、アレスト興業舎の護衛などが待機しているという状況だ。
これだけの重要人物が一箇所に集まっているんだから、日本だったらテロ警戒で警官隊が十重二十重に囲むところだ。
まあ、重要なのは俺以外だけど。
夕食会が終わると、ユマ閣下は迎えに来た馬車で帰宅した。
シルさんは『ハヤブサ』の人たちと一緒に去っていった。
俺?
もちろん一人で徒歩帰宅だよ!
翌日出勤して決済書類にサインしていると、ラナエ嬢が来て言った。
「代官が休職願を提出したそうです」
情報が早いな。
「辞めたんですか?」
「領主代行官は王政府の勅任官ですので、自分の意志だけではそう簡単には辞められません。
死んだ時以外は、まず休職という形を取ります。
ですが、実質的には辞職ですね。
後任が決まるまでは、任官序列に従って次席の者が領主代行官職を引き継ぐことになります」
ああ、そうか。
ああいう立場の人は、辞めたいから辞めます、という具合にはいかないんだよね。
日本の会社でも、まずは退職願を出して、辞めさせて欲しいんですが、と上司にお伺いを立てるわけだ。
もちろんいきなり退職届を出してバックレてしまうことも可能だけど、それでは会社側に喧嘩を売ることになる。
まして、ソラージュは王制国家だ。
つまり、上級国家公務員である領主代行官は勅任官、王様から任命された官僚になるから、多分もっと厳しいんだろうな。
何せ、単に入社するとか役所に採用されたんじゃなくて、王様の命令でその任についたことになっているわけだから。
それがいきなり「めんどいので辞めます」では、王様の顔に泥を塗ることになってしまう。
だから「頑張ったんですけど、これこれの事情でどうしても職務を遂行できそうにありませんので、とりあえず休職させていただきます。
ご迷惑をかける前に身を引かせていただくわけには参りませんでしょうか」ということになる。
それを受けて、王政府はしょーがないなあ、と言いながら後任の人事を行うんだろうな。
この辺りは、日本と同じだったりして。
「これで、アレスト市からトニ・ローラルトの影響力は失せたと考えていいんでしょうか」
「そうですわね。
大丈夫と思います。
ユマを加えて、今後の方針を決めなくてはなりませんね」
そうか。
良かった。
問題は解決だな。
そう思っていたんだけどね。
数日後、いきなりアレスト興業舎に乗り込んできたユマ閣下は、舎長室に俺たち幹部を集めて言った。
「マコトさんに、王政府から招集がかけられました。
早急に出頭するようにとのことです」
な、なんだってーっ!




