23.断罪?
アレスト市領主代行官、トニ・ローラルト閣下は立派なデスクについたまま、俺たちを迎えた。
前に会った時と違って、権威というか不遜な態度をありありと表に出している。
やっぱ、このレベルの人たちって状況に合わせていかようにも態度やムードを変えられるんだろうな。
「これは司法官閣下。
何かご用ですかな?」
トニさんの第一声は、先頭に立っていたラナエ嬢にではなく、その後ろにいたユマ閣下に対してだった。
まあ、アレスト市の権力者だからな。
ギルドの関連団体の一職員程度は眼中にないらしい。
というような雰囲気を作ろうとしているみたいだけど、やっぱり余裕がないのが俺にすら見て取れた。
代官執務室に踏み込まれた段階で、すでに劣勢に立っていることは明らかだからなあ。
「アレスト市領主代行官トニ・ローラルト殿に対して、訴えがありました。
訴名は暴行教唆、ギルド警備隊オスト・セラスに命じて、アレスト市ギルドプロジェクト次席、近衛騎士ヤジママコトを襲わせた容疑です。
お認めになりますか?」
ユマ閣下の声は平坦で、感情が籠もっていなかったけど判った。
ユマさんもメチャクチャ怒ってるな。
「身に覚えがありませんな」
トニさんもスタンダードな回答だなあ。
まあ、この場合言うことは決まっているけどね。
身に覚えがあっても無くても、同じ回答になるし。
「そもそも、そこの何と言ったか成り上がりの近衛騎士を、私がどうして暴行教唆せねばならんのです?
無関係もいいところですぞ」
そうなんだよね。
最初はフクロオオカミの排除とかかと思ったけど、俺を殺ってもこの流れが変わることはないだろうし。
俺が恥をかいて退場したとしても、あの合同訓練はそのまま行われただろうし、結果に違いが出たとも思えない。
まあ、確かにあそこで俺が怪我とかしていたら、フクロオオカミたちが暴走した可能性はあるけどね。
そんなことになったって、今更フクロオオカミはいらない、ということにはならない。
だってもう、フクロオオカミは自分たちの存在意義を実証してしまっているんだから。
警備隊と物別れに終わったとしても、騎士団がフクロオオカミの導入を取り止めるはずもないし、結果として警備隊は時代の流れに置いていかれるだけだ。
そこの所が判らなくて、ユマ閣下もシナリオから外してしまったんだろうけどなあ。
もう判っているのか?
いや、判っているはずだ。
ユマ閣下がここまで強気に出るということは、多分証拠も握っている。
ちなみに、あの何とかいう警備隊のおっさんの証言だけなんじゃないだろうな?
そんなもの、領主代行官が否定すればそれまでだし。
何せこっちの世界には録音も証拠写真も嘘発見器もないんだから。
日本でも、市長を断罪するにはもっと確実な証拠がいる。
こっちでは尚更だろう。
領主代行官は、王政府の代理人なんだから。
「では、あくまで否定なさるわけですね?」
「当然でしょう。
司法官閣下も、そのような戯れ言に耳を傾けている暇があれば、そこの近衛騎士モドキを調べたらどうです。
そんな妄言を司法官に吹き込むくらいだから、絶対に何かやっていますぞ!」
凄いな。
ここまで強気で押せるくらいでないと、領主代行官なんか勤まらないのかもなあ。
でも実際問題として、代官が何かやったという証拠はないんだし、大体動機が判らない以上、実証は無理なんじゃないのか?
本人が認めるわけはないし。
だが、ユマ閣下は氷のような声で言った。
「判りました。
では、こちらの方にもそうおっしゃっていただけますか」
背後のドアが開いた。
ホトウさんに続いて入ってきたのは、ハスィー様、じゃなくてハスィーさんだった。
ギルドの最上級者用儀礼服に身を固め、強ばった表情を見せているにもかかわらず、壮絶に美しい。
俺だけじゃないぞ。
その部屋にいる全員が、男も女も一瞬金縛りにあったと思う。
ハスィー様、じゃなくてハスィーさんは、期せずして左右に分かれた俺たちの間を通って、ツカツカとトニさんのデスクに向かった。
トニさんの真正面に立ち、見つめる。
トニさんの狼狽は、酷いものだった。
一瞬、両手で顔を覆いかけたほどだ。
ああ、やっぱりトニさんにとっては、ハスィーさんは「ハスィー様」なんだな。
ユマ閣下の演出って、エグいね。
「ハスィー様」
ハスィーさんは何も言わない。
俺の位置からは、ハスィーさんの表情はよく見えないけど、じっと見つめていることは判った。
もちろんトニさんの目をだ。
これは辛い。
トニさんも、よく持ちこたえたけど30秒くらいが限界だった。
突然、立ち上がって叫び始めた。
「ハスィー様は騙されておられる!
成り上がりの近衛騎士など、信用できるはずがない!
しかも、そやつはララネル家の紐付きだというではありませんか!
王太子殿下にも相応しいハスィー様ともあろう方が、そのようなどこの馬の骨とも判らぬ男に関わってはならぬのです!」
あ、言っちゃった。
それが動機か。
フクロオオカミは関係なかったんだな。
あそこで俺が無様に負けて、情けない様子が民衆に広まってもよし。
俺が出て行かなかったとしても、あの何とかいう警備隊の男がフクロオオカミとの合同訓練をぶち壊して、俺の失態に結びつけるつもりだったんだろう。
行き当たりばったりの杜撰な計画だけど、うまくいったかもしれない。
俺が、毎朝のジョギングと示現流もどきの練習をしていなかったら。
あるいは、ビビッて奴の挑戦を受けなかったら。
あのまま奴が合同訓練の指揮を執っていたら。
しかも、そういうことが全部失敗したとしても、トニさんは別に構わないのだ。
うまくいくまで繰り返せばいいだけだ。
何たって、自分は領主代行官なんだからね。
アレスト市の権力の頂点にいるのだ。
たかがギルドのプロジェクト次席ごとき、ひねり潰すのに労はいらない。
と、思っていたんだろうな。
ユマ閣下がここまで関わってくるとは、予想もしてなかったのかもしれない。
だけど、俺がララネル家の近衛騎士だってことを、甘く見すぎていたんじゃないのか?
しかも、近衛騎士としての俺の「親」はユマ閣下だぞ?
自分が叙任した近衛騎士への攻撃は、自分に刃向かうのと同じだ。
見逃すわけがない。
トニさんは、まだ叫び続けていた。
「ユマ・ララネル司法官殿!
どのような経緯でご実家がこやつを叙任なさったのか存じませんが、目を覚まされませ!
私が調べた限りでも、どこからともなく現れた得体の知れない浮浪者なのですぞ!
マルト商会に取り入り、冒険者から一気にギルドの上級職員になった!
これだけでも、見た目だけの者ではないことは明らかではありませんか!
おそらく相当な後ろ盾を持つ、帝国かどこかの国の間諜に違いありません!」
あれ?
俺を叙任したのがユマ閣下だって知らないのか?
情報遮断されたな。
恐るべしララネル公爵名代。
ユマ閣下が、俺をちらっと見た。
目で謝ってきているけど、何で?
シルさんは「それこそが『迷い人』たる証拠だろうが」と呟いているし。
ラナエ嬢は押し黙ったままだ。
そうか、だからか。
トニさんは、ユマ閣下も説得できると思っていたのかもしれないな。
全然判ってないぞ。
俺はともかく、みんなを舐めすぎだ。
「トニ」
ハスィーさんが、ぽつりと呟いた。
トニさんが黙る。
「残念です」
それだけ言うと、ハスィーさんはトニさんに背を向けた。
俺に向かって丁寧に頭を下げると、そのまま出て行ってしまった。
死のような沈黙。
ガタッと音がして振り返ると、トニさんが崩れ落ちたところだった。
終わったな。
でもなあ。
この嫌な雰囲気、どうにかならないの?




