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サラリーマン戦記 ~スローライフで世界征服~  作者: 笛伊豆
第八章 俺が警備隊の名誉隊長?

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22.強襲?

 ハスィー様、じゃなくてハスィーさんはそれからすぐに帰った。

 ドアを開けると、外で待機している馬車や護衛の人たちが見えた。

 そうだよね。

 いくら何でも、一人でこんな夜更けに来られるはずがない。

 本人が良くても周りが許さない。

 むしろ、俺の家の中にまで護衛が踏み込んで来なかったことを評価するべきだろう。

 それだけ俺が信用されているんだろうな。

 まあ、一応近衛騎士だし。

 関係ないか。

 気がつくと、手足の震えはなくなっていた。

 気分も明るくなっている。

 いやー、ハスィー印の妙薬はよく効くなあ。

 俺はるんるん気分でスープ皿のたぐいを流しに持って行き、トイレに寄ってから寝室に引き上げたのであった。

 あんなに寝たのに、すぐに眠ることができた。

 疲れが抜けきってなかったんだろうな。

 起きると、夜が明けていた。

 自分の心配が消えると、別の不安が起き上がってくる。

 あれからどうなったんだろうか。

 ハスィー様、じゃなくてハスィーさんは何も言わなかったが、昨日の俺の状態では何かあったとしても言ってくれなかった可能性が高い。

 それでも、おそらく大事には至ってないだろう。

 本当にヤバかったら、俺の状態がどうあれ連絡くらいは来たはずだし。

 それとも、やっぱり無視されるか?

 その程度の存在感なのは判っているんだけど(泣)。

 もやもやを抱えながら日課の体操とジョギングをする。

 特に、示現流もどきのスタートダッシュは念入りに反復した。

 今度からは、木刀を振り下ろす練習を付け加えるべきかもしれないな。

 着替えてアレスト興業舎に出勤すると、出会った人たちがみんな歓声を上げたり拍手したりしてくれた。

 あの愚挙の噂が広まっているらしい。

 シイルなんか、露骨に尊敬の眼差しを向けてきたし。

 ホトウズブートキャンプ出身の元悪ガキたちは、俺が通ると一斉に気をつけの姿勢になったほどだ。

 どういう誤解をされてるんだろう。

「それはもちろん、ヤジママコト近衛騎士が侮れない実力の持ち主である、ということだよ」

 ホトウさんが俺の肩を叩いてくれた。

 もちろん、人目がない所でだよ。

 ホトウさんもそうだけど、『栄冠の空』出身の人たちは公私の切り替えが凄い。

 冒険者って、そういう技能も必要なのかもしれないな。

 だから、俺もホトウさんの前では地が出る。

「でも、俺がやったのは卑怯スレスレの無茶ですよ」

「そんなことは、観ている方には判らないよ。

 大体、卑怯ということはないんじゃない?

 あの警備隊長も、マコトが警棒を持って戦うことは認めたんでしょう?」

 何か、ホトウさんって時々オネエ言葉に近いような言い回しが出るんだよね。

 顔は優しいけど目がゴルゴだから、物凄い違和感がある。

 だから俺は、なるべくホトウさんの顔を見ないようにして話すことにしている。

「それはそうですけど、向こうは素手でこっちは得物ですからね。

 やはりハンデが有りすぎではないかと」

 ホトウさんは、チッチッと指を鳴らした。

「あの時マコトが剣を持っていたら、あの警備隊長は死んでいたはずだよ。

 つまり、マコトは手加減したわけ」

「やったのは練習ですよ。

 本気だったら、向こうも得物を持つでしょうし」

「観ていたけど、あの警備隊長はマコトを公衆の面前で辱める気満々だったよ。

 腕の一本くらい折るつもりだったんじゃないかな。

 マコトはそれを凌いだだけ。

 だから、気にしないでいいんだよ」

 ホトウさんはそう言ってくれたけど、俺はまだ釈然としなかった。

 だけど、誰も気にしてないんだよね。

 俺が、警備隊長と一対一でやり合って完勝したとしか思われていない。

 まあ、ほとんどの人はあのシーンを観てないんだから仕方がないけど。

「マコトの兄貴、凄かったぞ!

 すれ違ったかと思うともう、相手は倒れて動けなくなっていた!」

「あの警備隊長って、ギルドでも有名な格闘術の達人だって」

「近衛騎士は伊達じゃないってことか!」

 違った。

 あそこにいた連中やフクロオオカミが、さもありげに吹きまくっていた。

 俺は舎長室に逃げ込んで、ほとぼりが冷めるのを待つことにした。

 幸いすぐにサーカスが開場したので、アレスト興業舎の舎内は静かになった。

 しばらくはここで籠もっているか。

 今なら、書類のサインはやり放題だぞ。

 だけど、こういう時に限ってアレナさんが現れないんだよね。

 仕方がないので、舎長室で腕立て伏せとかしていたら、いきなりドアが開いてラナエ嬢が入ってきた。

「失礼します。

 何事ですか?」

「いえ、ちょっと体操をですね。

 何か?」

「マコトさん、すぐに来ていただけますか。

 ユマが呼んでいます」

 ユマ閣下が?

 そういや、よく覚えてないけど昨日やたらに謝っていたな。

 ちょっと横道に逸れたけど、結局はユマ閣下のシナリオ通りになったわけだし。

 結果がよければそれでいいとは思うんだけど。

 あ、そういえば昨日の合同訓練の結果を聞いてないけど、その話か?

 まあ、司法官閣下が呼んでいるのなら、行くしかあるまい。

「判りました」

「裏に馬車を回します。

 アレスト興業舎の儀礼服に着替えて下さい」

 ラナエ嬢は、それだけ言うと出て行ってしまった。

 何かあるんだろうか。

 実は、こういう時のために舎長室のロッカーには俺の制服が一式揃っている。

 突然、誰か偉い人が来て挨拶とかしなければならないこともあるからね。

 普段は一般服で出勤するので、礼服の用意は必須なのだ。

 俺は大車輪で着替えて、アレスト興業舎の裏口から外に出る。

 目立たない馬車が待っていた。

 乗り込むと、ラナエ嬢とシルさんがいた。

「フォムさんはいいんですか?」

「本日は、政治レベルの会合ですので」

 ラナエ嬢、何か怖いよ?

「気にするな。

 ラナエなりに怒っているんだ」

「そうなんですか?」

 俺が聞くと、ラナエ嬢はプイとよそを向いてしまった。

 訳がわからん。

「シルさんも呼ばれたんですか」

「私はまあ、証人というところかな。

 当事者とは言えないが、関係者ではあるからな。

 ちなみに、私も怒っているぞ」

 笑いながら言われてもね。

 とてもそうは見えないんですが。

「行けば判るさ」

 シルさんはそう言って、黙ってしまった。

 ふと見ると、御者は何とマイキーさんだった。

 それだけではなくて、馬車の周りを『ハヤブサ』のみんなが囲んでいる。

 何が始まるんだ?

「これくらいの威嚇は当たり前です。

 正面切って喧嘩を売られたんですから、高く買ってやるのは当然でしょう」

 ラナエ嬢が吐き捨てるように呟いた。

 おいおい、本当に大丈夫か?

 まさか、ユマ閣下と喧嘩するんじゃないでしょうね?

 怖くて黙っていたら、馬車は案の定市庁舎街に向かっているようだ。

 いや、ユマ閣下に呼ばれたんなら当たり前か。

 ところが、馬車は司法官事務所の前を通り過ぎてしまった。

 停まったのは、領主代行官事務所前だった。

 司法官の馬車もある。

 四頭だての立派な奴だ。

 白昼堂々と人前に出てくることがあまりないためか、ちょっとした人だかりが出来ていた。

「マコト、何も言うな。

 ラナエとユマに任せて、黙っていろ」

 シルさんの命令があったので、俺は口をつぐんだ。

 何も言いませんよ。

 すべて従います。

 本質的にぺーぺーのサラリーマンですから。

「マコトさん、わざわざすみません」

 馬車を降りると、ユマ閣下がいて頭を下げた。

 当然、ノール司法補佐官も後ろに控えていて、怖い顔をしていた。

 対象は俺じゃないよね?

 よく判らないけど、すみません。

「では、行きますわよ」

 ラナエ嬢の号令で、俺たちは一列になって領主代行官事務所に踏み込んだ。

 ちなみに、ホトウさんたちは外で警備に当たってくれるらしい。

 別にそこまで用心する必要はないだろうけど、それ自体が威嚇になるのかもしれないな。

 案の定、領主代行官事務所の人たちは戦々恐々な様子だった。

 受付の人がどもりながら「お約束は……」とか言いかけるのを、ノール司法補佐官が押し被せるように言った。

「緊急の要件だ。

 アレスト市司法官が領主代行官に面会したいと伝えよ」

 完全に命令だった。

 泡を食った事務員が走り、すぐに戻ってきた。

「お会いになるそうです」

「よろしい。

 司法官権限で、領主代行官事務所を一時閉所する。

 別命あるまでその場で待機」

 その事務員を含めて、事務所の全員がカクカクと頷く。

 凄い。

 これってもう、強制捜査とかそういう状態だよね?

 そこまでの事だったの?

「当然です。

 マコトさんが、公然と攻撃されたのですよ。

 敵は叩き潰します」

 ユマ閣下、目が据わっているよ!

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