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サラリーマン戦記 ~スローライフで世界征服~  作者: 笛伊豆
第八章 俺が警備隊の名誉隊長?

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21.ハードルガン上げ?

 時々手を振りながら、何とか司法官の馬車にたどり着いて乗り込むと、そこにはユマ閣下がいた。

 俺と入れ違いに、ノール司法補佐官が馬車から出て行く。

 護衛兼お目付役だからな。

 姫君の行くところには常にノールさん有りだ。

「申し訳ありませんでした」

 ユマ閣下の第一声。

「何がですか?」

「読み切れませんでした。

 私の失態です。

 マコトさんにご負担をかけてしまいました」

 確かにね。

 手の震えが止まらない。

 もうイカンかもしれない。

「情けないですね。

 意識して人に暴力を振るったのは、初めてなので」

 言い訳だな。

 殺すつもりで警棒を振り下ろしたことは、俺が一番良く判っている。

 自分のことなんだから。

 オストが死ななかったのは、俺が弱かったからに過ぎない。

「そんなことはありません。

 マコトさんは勇敢でした。

 本当に、申し訳ありません」

 ユマ閣下もしつこいね。

 それに、前後が繋がってないぞ。

「すみませんが、私の家に送って貰えませんか。

 あと、ラナエさんとハスィー様に、今日は早引けすると伝えて下さい」

 ユマ閣下は俺の目を見てから頷いた。

 俺は座席に寄りかかって目を閉じる。

 心身共にガタガタだ。

 ラノベみたいにはいかないな。

 オストは死ななかったらしいから、状況的にはそれほどでもないんだけどね。

 ラノベだと、主人公はこの程度ならすぐに回復するんだけどなあ。

 まあ、中には今の俺みたいになる奴もいたけど、そんなの主人公としてふさわしくないからな。

 そういう主人公は、大抵残酷系とか絶望系だったし。

 俺は違うぞ。

 ちゃんと就職して、定年まで勤めて、年金貰うんだ。

 正社員として。

 そんなことを考えている内に眠ったらしい。

 肩を揺すられて目を開けると、ユマ閣下の心配そうな顔があった。

「あ、すみません。

 寝てましたか」

「……お疲れなのだと思います。

 本当に大丈夫ですか?」

 もういいから。

 ほっといてちょうだい。

 俺はメキメキ言う身体を持ち上げて、何とか馬車から這い出した。

 良かった。俺の家だ。

「送っていただいて、ありがとうございました。

 それでは」

 ユマ閣下は何か言いかけたが、口をつぐんで深く頭を下げた。

 あんたが謝ることじゃないでしょう。

 俺が弱いというだけなんだし。

 何度も失敗しながら鍵を開け、家に入って内側から鍵を閉め、二階の寝室にたどり着いてベッドに身を投げる。

 ベッドメーキングされていた。

 お掃除の人に感謝だ。

 そのまま、毛布を被って俺は目を閉じた。

 そして目を開けると、もう外は暗かった。

 身体が固まっている。

 腹が減って喉が渇いているんだけど、それ以上に脱力が酷くて動きたくないなあ。

 でもそういうわけにもいかないだろうし。

 ベッドから起き上がって階段を降りる。

 まずキッチンに行って水を飲む。

 リビングのランプをつけて、ソファーに身体を沈めると、ようやく意識がはっきりしてきた。

 空腹感が押し寄せてくる。

 うん、これなら大丈夫だ。

 人間、何か食いたいうちはそう簡単にはくたばらないと聞いたことがあるからな。

 だが、どうするか。

 ちょっと、外出する気力がないぞ。

 何か買い置きがあったっけ。

 最近はハスィー邸の援助に頼り切っていたからなあ。

 このままじっとしていたら、餓死するかもしれん。

 無理にでも出かけるか。

 でも、正直今はみんなと顔を合わせたくない。

 こういう時は、引きこもって治るまで傷を舐めているべきなんだよな。

 だが腹が減った。

 そのままぼんやりしていて、どれくらいたったのか。

 遠慮がちなノックの音がしているのに気がついた。

 誰だ?

 ハウスメイドの人なら、鍵を預けてあるはずなんだけど。

 今日は予定に無かったと思うし。

 無理矢理身体を起こしてドアを開けると、そこにはハスィー様が立っていた。

「ハスィー様?」

「遅くに申し訳ありません。

 お食事を届けに来ました」

 ハスィー様が自ら?

 タフィさん、どうかしたの?

 いや、こうしてはいられない。

「どうぞお入り下さい! お付きの方は?」

「いません。

 わたくしだけです」

 しまった!

 未婚女性をこんな夜中に家に招き入れてしまった、と思うまもなく、ハスィー様はするりと入り込んで来た。

 ハスィー様って、現実離れした外見に似合わず、意外にフットワークが軽いからなあ。

 大抵の場所には自分の足で歩いていくし、言われなければお伴もつけない。

 これだけ美しい人なら、地球だったら絶えず誘拐や口説きを心配しなければならないと思うんだが。

 まあ、なまじの奴ではハスィー様の前ではまともに動けなくなるからな。

 もう見慣れているはずの俺ですら、正面から観たり急に接近されると一瞬身体が固まるくらいだし。

 ハスィー様は、リビングに入るとまず抱えてきた包みをテーブルに置いた。

 キッチンに向かい、意外にも慣れた様子で薪に火をつける。

 まあ、用意してあったんだけどね。

 ハウスメイドの人が、そこまではやってくれるのだ。

 鍋に水を入れて火にかけると、ハスィー様は感心して観ている俺を振り返った。

「『学校』の野外訓練で、一通りの事は仕込まれました。

 本格的なお料理は出来ませんが、軽食程度なら作れます」

 なるほど。

「座っていて下さい」

 言われて初めて、ドアの前に立ったままだったことに気づいた。

 慌ててドアを閉めて、リビングのソファーに倒れ込むように座ると、ハスィー様は俺の正面に腰掛けて、包みを解いた。

「タフィが作ってくれました。

 だから心配いりませんよ」

 にっこりと微笑みながら言う台詞じゃないよね。

 包みから出て来たのは、大量のサンドイッチのたぐいだった。

 こっちにも、地球とほぼ同じものがあるんだよね。

 地球の奴は、サンドイッチ伯爵という人が食事を摂るためにポーカーゲームを休むのが我慢できなくて、ゲームをやりつつ片手で食べられる食い物を開発したという話を聞いたことがあったけど、こっちではどうなんだろう。

 やっぱ、『迷い人』が伝えたのか?

「スープが出来るまでは、喉を詰まらせないように食べて下さいね」

 ハスィー様、気が利くというか。

 そんな心配はいりませんよ。

 気がつくと、俺はガツガツ食っていた。

 実に美味い。

 エネルギーの消耗が激しかったからな。

 これだけ食えるんなら、俺は大丈夫なんだろうなと思っていると、ハスィー様が立っていってスープを作って持ってきてくれた。

 これほどの美女に食事の世話をして貰えるとは。

 俺の人生、もうこれでいつ終わっても成功じゃないの?

「ありがとうございます、ハスィー様」

 思わずお礼を言ってスープを飲む。

 ちょっと熱いけど、美味い。

 プファー、と息を吐いてから初めて、俺は正面に座っているハスィー様の様子がおかしいのに気がついた。

 俯いて、両手を握りしめていらっしゃる。

 何かあったのか?

「ハスィー様?」

「……止めて下さい」

 え?

「なぜ、『様』をつけるのですか。

 マコトさんご自身が『様』は嫌だとおっしゃっていたではありませんか」

「あ、あの」

「みなさん、どうしてわたくしだけを区別するのでしょうか。

 わたくしだって、みんなと同じ普通の女の子です!」

 いや、それは無理があると思いますが。

 エルフで、しかも傾国姫と呼ばれるほどの美貌を抜きにしても、領主様のご令嬢でいらっしゃるし。

 さらにギルドの執行委員というお立場で。

「でも、マコトさんはラナエやユマにはもっと親しくお話しされます!

 わたくしだけ、いつまでたっても他人行儀のままで。

 嫌なのです!」

 そんなことで悩んでいたのか。

 正直、よく判らん。

 でもまあ、それなら簡単だよね。

「……それでは、これからはハスィーさんとお呼びしても?」

 ハスィー様、いやハスィーさんが顔を上げた。

 パッと表情が明るくなり、頬を染める。

 そんなに嬉しいのか?

「できればハスィー、と呼び捨てにして下さい。

 私の方が年下ですし、今では身分もマコトさんの方が高いのですから」

 違った。

 俺の予想を遙かに越えてたよ。

 いや、でもね。

 それ、物凄く高いハードルだと思います!

「駄目ですか?」

 下目使いで見上げてくるのは反則です。

 メチャクチャ萌えるんですが!

 3次元でここまで萌える人って、本当にいたのか!

 いやエルフだけど。

「……ちょっと難しいかな、と」

「では、『ハスィーさん』で。

 今はそれで妥協します。

 いずれは呼び捨てにして下さいね。

 お待ちしています」

 善処します。

 道は遠そうだけど。

 でも、そのショックであの何とかいう警備隊の隊長のことが頭から吹っ飛んだぜ。

 もしかして、それが狙いだったの?

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