19.合同訓練?
俺を先頭にアレスト興業舎を出て、アレスト市の中心部に向かう。
メンバーは警備班の総員と俺、それに特別にホトウさんたち冒険者がついてきてくれている。
警備に行くのに護衛付きとは笑えるけど、フクロオオカミがアレスト市の中心街に入るのは事実上これが初めてなのだ。
ロッドさんたち郵便班があちこち駆け抜けたらしいけど、今のところ辺地だけだしな。
サーカスでお披露目しているので、フクロオオカミの存在はアレスト市民に知られるようになっては来ているが、まだかなりの人がフクロオオカミの存在自体を認識していないはずだ。
成体ではないとはいえ、体長3メートルはやっぱり凄い。
俺たちは見慣れてしまって何とも思わないけど、普通の人が道でいきなり遭ったら卒倒するレベルの存在であることは間違いない。
どう考えても、あと3ケ月くらいかけてフクロオオカミを市民に馴染ませてからの方がいいんだけどね。
でも警備隊がどうしてもというのなら、仕方がない。
いや、フォムさんに言わせれば何か仕掛けてくるのは警備隊の意志じゃないみたいだけど。
出会った人を驚かせたりびびらせたりしながら、俺たちはアレスト市の中心部に近い、ちょっとした広場に着いた。
見ると、すでに警備隊が整列している。
結構多いな。
百人くらいはいるのではないだろうか。
そして、なぜか群衆が広場の周りを取り巻いていて、こっちを注視している。
何か始まるのか?
「止まれ!」
警備隊の先頭に立つ男が呼びかけてきた。
もちろん、俺たちは止まらない。
「何をしている!
命令だ。そこに直れ!」
無視だ無視。
でもいいのかなあ、こんなことして。
ユマ閣下のシナリオなんだけど。
俺だったら、とっくに命令に従っているぞ。
「貴様あーっ!」
警備隊の男が激昂して、こっちに向かってきた。
そこで初めて、俺は命令した。
「全隊停止!
そこで待機」
アレスト興業舎の警備班は、全員が一斉に足を止めた。
同時にフクロオオカミ2頭【人】が腰を落とす。座ると、頭が人の視線の上に突き出るんだよね。
このシーンは何度も練習したんだよ。
ユマ閣下、えげつないんだもんなあ。
ハッタリが重要だそうで。
警備隊の男は、俺の前に駆けつけると、俺を威圧するように身体を乗り出してきた。
「おいっ! そこのっ! 命令違反だ!」
顔、近いよ!
唾が飛んできそうなんだけど。
「私はアレスト興業舎舎長代理、ヤジママコトだ。
貴公の名と階級は?」
「何を言っている!
命令に従え!」
「繰り返す。
貴公の名と階級は?」
俺がビビらないので、警備隊の男はちょっと意外そうな表情を作って一歩後退した。
みると、やたらに飾りがついた派手な制服を着ている。
ほとんど騎士団の服に匹敵するな。
結構偉い人なんだろうな。
つまり、こいつが敵か。
「……オスト・セラス、ギルド警備隊第一隊隊長だ」
隊長か。
つまり少佐。
助かったぜ。
「失礼した。
ヤジママコトだ。
警備隊名誉隊長を拝命している」
「……だからどうだというんだ。
命令に従え」
「私は貴君の配下ではないし、そもそも同階級だ。
命令に従ういわれはない」
言ってやると、オスト隊長の顔が一瞬で赤く染まった。
と同時に、してやったりという得意げな表情が浮かんだんだけど?
変だな?
「そうかそうか。
噂は聞いているぞ。
成り上がりの近衛騎士だったな。
次はお飾りの名誉隊長か。
ご出世だな」
その通りでございます。
だが、それを聞いたアレスト興業舎の全員に殺気が走ったのが感じられた。
いや、背中が痛いというか重いというか。
「それが何か、今回の合同訓練に関係があるのか?
ないのなら、早速訓練を開始したいが」
なんか話が違うけど、とりあえずユマ閣下のシナリオ通りに進めるしかない。
次は、この男がフクロオオカミに無理な命令をしてくるはずだけど。
「いいだろう。
ではまずヤジママコト近衛騎士。
貴様から練習台になって貰おうか」
え?
こいつ、何言ってるんだ?
今日はフクロオオカミと警備隊の合同訓練だろう?
それに、練習台?
「警備隊としては、階級に見合った実力がない者に命を預けられないからな。
名誉とはいえ、貴様も隊長職。
しかも近衛騎士だ。
その実力を証明してみせろ」
そうきたか!
まずい!
こいつの標的は俺だ!
てっきりフクロオオカミの排除が目的だと思っていたけど、違ったのか。
ユマ閣下のシナリオがパーになってしまったじゃないか!
しかも警備隊とアレスト興業舎の警備班だけじゃなくて、ギャラリーがたくさんいる。
これを狙っていたのか。
どうする俺?
「もっともだ」
おい。
何言っているんだよ俺。
こんな時に、俺の身体を乗っ取るなよ!(泣)
「実力を証明すればいいのだな。
何をすればいい?」
「決まっている。
近接戦闘術だ」
「いいだろう。同意する」
おいおい、同意しちゃってどうするの?
「いい度胸だ。
では、こちらは……」
「私の相手は貴公だ」
俺、もういいです。
自由にやって下さい。
任せます。
警備隊や、後ろの連中から声にならないどよめきが上がった。
何期待してるの?
自分では見えないけど、俺の背中ってオーラとか出ているのかも。
オスト隊長は、面食らった表情で聞き返してきた。
「何?」
「当然だろう。
貴公も隊長、私と同階級だ。
実力を証明しろ」
オストがまた激昂した。
器用だなあ。
でも、そうか俺。
ここで、警備隊一の剣士とかを出されたら俺が死ぬからな。
隊長ともなれば、デスクワークは必須。
その分、戦闘の実力は低下するはずだ。
だが、オストは一瞬で怒りを静めると、ニヤリと笑った。
「いい度胸だ。
アレスト市ギルド警備隊の近接格闘大会優勝のこのオスト・セラスがお相手しよう」
えーっ!
そんなのないって!
だが俺は、俺のパニックをよそに淡々とフォムさんに近寄ると言った。
「警備隊の装備に、警棒があったはずです。
貸して貰えませんか」
「舎長代理!
オスト隊長は警備隊一の格闘術の使い手です!
私が代理で」
「組み合わなければいいんでしょう。
警棒を貸して下さい」
フォムさんは、ぐっと押し黙ると言われた通り、警棒を外して渡してくれた。
うん。
この時点で、俺って結構冷静になっていたりして。
警備隊って、確かに武闘集団だけど、それって相手を殺すんじゃなくて捕まえる事に特化していると思うんだよね。
打ち倒すくらいはするかもしれないけど、基本は押さえ込みのはずだ。
つまり、武器は剣とか槍じゃない。
それに、警備隊一の格闘術使いだとしたら、戦闘スタイルは素手じゃない?
こっちは何か卑怯にならない程度に得物を持ってもいいとしたら、それだけで有利だ。
だって近衛騎士なんだから、素手でやれとは言うまい。
「それでいいのか?」
オストが、馬鹿にするように聞いてきた。
ご丁寧に、上着を脱いでいる。
やる気満々だな。
「私は近衛騎士なのでね。
このくらいのハンデは許して欲しい」
「いいだろう。
そんなもので、どれだけ通じるか試してみるんだな」
オストはそう言って、後ろを振り向くと宣言した。
「これから警備隊とアレスト興業舎の合同訓練を行う!
まず、オスト・セラス、ギルド警備隊第一隊隊長が模範を示す!
相手はヤジママコト近衛騎士、アレスト興業舎舎長代理だそうだ!
よく見ておけ!」
警備隊から、どおっと歓声とも唸りともつかない声が上がった。
ギャラリーもざわついている。
アレスト興業舎の連中が何か言って来たが、俺はもう一度「待機!」と命令した。
いや、この場合の俺って、俺を乗っ取っている方の俺ね。
でなければ、俺は自分の中の厨二を目の当たりにしていることになる。
それって、あまりにも悲しいじゃない?
周りが静まるのを待って、俺とオストは距離を置いて向き合った。
決闘の開始だ。
いいのか俺?
誰かが叫んだ。
「用意はよろしいか?」




