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サラリーマン戦記 ~スローライフで世界征服~  作者: 笛伊豆
第八章 俺が警備隊の名誉隊長?

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17.無理難題?

 そうと決まれば、みんなの対応は早かった。

 すぐにハスィー様を通じてアレストサーカス団の定休日制が広報され、それに合わせて予約入場券も作り直された。

 これ、結構大変だったりして。

 というのは、こっちの世界というよりはソラージュではまだ紙は貴重品なので、使い捨ての入場券を紙で作るというような発想はない。

 では何で作るかというと、日本の名刺大の大きさの薄い板なのだ。

 そこに、色々と複雑な印刷で日付などを描く。

 手描きだと担当者が死ぬので、絵本の印刷で使っていた謄写版みたいな印刷機を流用したのだが、通し番号や日付は後で手書きするため、これが面倒だった。

 定休日に決まった日の入場券は、もったいないけど廃棄だ。

 まあ、こういう仕事は監督が一人か二人いれば後は素人でも出来るので、帝国の難民を吸収して単純労働力が余っているアレスト興業舎では割と容易な作業と言える。

 それより大変だったのは、皮肉にも定休日を作ることでローテーションを組み替える必要が出てきた仕事である。

 営業開始前に作ってあったスケジュールは一端廃棄され、ラナエ嬢やシルさんを含めたリーダークラスが頭を抱えながら作り直していた。

 俺?

 もちろん書類にサインしまくっていましたとも。

 現場の作業には関わらない、というよりは関わらせて貰えない。

 かえって手間が増えるとか言われて。

 だから俺はもう、現場が判らなくなっている。

 もっとも書類が手元を通るおかげで、大まかな動き自体は把握出来ていた。

 例えば三番長老のミクスさんを通じて、フクロオオカミのマラライク氏族に急遽増員要請があったとか。

 他の氏族からもとりあえず体験入舎したいという要望があって、ホトウさんたちが走り回って調整しているとか。

 フクロオオカミ以外の種族が興味を示していて、こっちは近々面接を行うとか。

 そういう仕事は全部シルさんとラナエ嬢が仕切っていて、俺どころかハスィー様もよく知らないらしい。

 いや、ハスィー様の場合はギルドと野生動物の協定に関係してくるので、おそらく申請と結果報告は行っていると思うけど。

 でもハスィー様はギルド内やその他の勢力との会談や調整が忙しくて「良きに計らえ」でラナエ嬢に丸投げしてしまっているからなあ。

 あまりにも忙しくて、夕食会に間に合うように帰宅はするものの、ぐったりしてほとんど口を効かないくらいなのだ。

 ギルドにも休業日があればいいのだが、無理だろうな。

 ハスィー様こそ、定休日の導入を切実に願っている最右翼かもしれない。

 そんな風に俺以外の連中が駆け回る日々が過ぎていく中、俺が淡々と書類にサインしていると、ラナエ嬢が舎長室に入ってきて言った。

「ギルドを通じて、警備隊から要請がありました。

 そろそろフクロオオカミの試験導入を実施したいそうです」

 ラナエ嬢は顔をしかめていた。

 俺も渋顔になる。

 この忙しい時に。

 わざとか?

 俺は、席についていたソラルちゃんに言った。

「フォムさんに、忙しくなかったら来て貰うように頼んでみて」

「はい」

 ソラルちゃんが出て行くと、ラナエ嬢は勝手にソファーに座り込んで言った。

「嫌がらせなのでしょうか。

 警備隊も、現在のアレスト興業舎の状況は判っているはずですのに」

「どうでしょう。

 眼中にないだけかも」

 判らないよね。

 そもそも、警備隊がフクロオオカミをどうしようと考えているのかも不明だ。

 頼りのフォムさんは、どうも警備隊内でハブられているみたいだし。

 こっちに連絡をくれるのなら、フォムさんを通じるのが筋だろう。

「お呼びだそうで」

 フォムさんが、ソラルちゃんと一緒に舎長室に入ってきた。

「お忙しいところをすみません」

「いえ、フクロオオカミがサーカスに出払っていて、作業が一時棚上げ状態でしたので」

 そうか。

 今は、すべてのリソースをサーカスに集中しているからな。

 しばらくたてば落ち着くとは思うんだけど。

「実は、警備隊からフクロオオカミとの合同訓練の申し出がありました。

 ご存じでしたか?」

「いえ。

 聞いていましたら、真っ先に報告しています」

 そうだよね。

 てことは、警備隊はアレスト興業舎の担当者を無視して要請してきたことになる。

 どうなっているんだろう。

 フォムさんがそれ以上何も言わないので、俺は続けた。

「率直に言って、警備隊は何を考えていると思いますか?」

 フォムさんは少し躊躇った後、口ごもりながら答えた。

「推測になりますが……警備隊自体は、おそらく何も考えていないでしょう。

 あれは、良くも悪くも受動的な組織です。

 命じられた事を行う、というスタンスが金科玉条になっていて、それがフクロオオカミだろうが何だろうが、その事自体は何とも思いません」

 スタンスや金科玉条ってあるんだ。

 いや、俺の脳が魔素翻訳しただけだが。

「では」

「命じられたのでしょう。

 この場合は、領主代行官ですね。

 私に連絡が無かったのは、私をキーマンだと認識していない方面からの命令だったからでしょうな」

「代官が『そろそろフクロオオカミを使うからアレスト興業舎に通知しろ』とか命令したと?」

「そうだろうと思います。

 連絡はどなたが受けたのでしょうか」

「わたくしです。

 というよりは、通常のギルドの連絡便で届きました。

 そういった連絡は、まずわたくしが受けますので」

 ラナエ嬢が淡々と言った。

 なるほど。

 俺やハスィー様は、いきなり別組織からの連絡を受けることはほぼない。

 そのために秘書や事務方がいるのだ。

 アレスト興業舎への通知や要請は、だからまず事務方のトップであるラナエ嬢が受け取ることになる。

 これが、警備隊が元だったらフォムさんを通じて来るはずだ。

 何せ、今回の事案の当事者なんだから。

 それがないということは、現場を知らない所からの要請だな。

 つまり、代官ということだ。

「判りました。ありがとうございました。

 とりあえず、忘れて下さい」

 俺が言うと、フォムさんは一礼して去った。

 うーん、あんなに出来る人でもハブられるのかなあ。

 いや、むしろ出来すぎるからハブられたのかも。

「どうなさいますか」

 ラナエ嬢が聞いてくる。

 判っている癖に。

「今夜、ユマ閣下に相談します。

 連絡をお願いします」

「了解です」

 ラナエ嬢は、ちらっと微笑んでから立ち去った。

 みんな、カッコいいなあ。

 俺と言えば、何かあったら誰かに丸投げして終わっている気がする。

 当事者なんだけど処理能力がないから、仕方がないけど。

 どんなトップなんだよ。

 これ、御輿って奴?

「マコトさんは、それでいいんですよ」

 ソラルちゃんが、メモしていた手帳をしまいながら言った。

 アレスト興業舎舎長代理の秘書ともなれば、貴重な紙のメモ帳を使うのか。

 それ以外に使えるものはない気もするけど。

「そうかな?」

「マコトさんが指示して、みんなが動く。

 それが基本です。

 あ、生意気言ってすみません」

 言葉とは裏原に、ソラルちゃんはちょっと舌を出して自分の席に戻った。

 いいのかなあ。

 年下の女の子に慰められて。

 いや、そんなことを言い出したら俺が頼っているのは大部分が年下の女の子なんだけど。

 上司もそうだし。

 その夜、いつものようにハスィー邸に集まった面々は、俺とラナエ嬢の報告を受けて侃々諤々の議論に突入した。

 といっても、その大部分は警備隊とは関係がない話だったけどね。

 具体的に言うと代官を通じて王政府が何をやろうとしているのか、という話だ。

 そうなのか。

 代官が考えているわけじゃないのか。

「それはそうだろう。

 代官には自分の意志なんかないぞ。王政府の目なんだからな」

 シルさんの言葉に、ラナエ嬢が付け加える。

「代官の任務は、基本的には現状維持です。

 だから新しい要素であるフクロオオカミについて干渉してくるのは頷けないこともないのですが……」

「干渉が過度に見えますね」

 ユマ閣下が断定する。

「私が代官なら、自然に任せて経過を観察します。どちらにしても、フクロオオカミの警備隊導入テストはいずれ行われることになっているわけですから。

 サーカスが活況を呈している現時点で、殊更にそれを行う必要性が判りませんね」

「判らないのか? ユマ」

 シルさんが皮肉まじりで聞くと、ユマ閣下はにんまりと笑った。

「まあ、そのうちにはっきりするでしょう。

 マコトさんは、とりあえず先方の要求通り、進めて下さい。

 ここで逆らうと、余計拗れる可能性があります」

 ラナエ嬢とシルさんが同時に渋い顔になったけど、作戦参謀の命令には逆らえないからね。

 まあ、いいんじゃないの?

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