2.面接?
イケメンは「ホールでお待ちしています」と言って去った。あんた、仕事はいいのか?
俺は、サラリーマン社会の礼儀に従って立ったまま待った。やることがないので、とりあえず部屋を見回す。
殺風景な部屋だった。机と椅子しかない。
応接室だと、普通は絵などが掛かっているものだが。
会社の新入社員研修で教えて貰ったのだが、営業が顧客を訪問した場合、こういう部屋で相手が来るのを待つ時は、座ってはいけないそうだ。
理論的な根拠があるかどうか怪しいのだが、そういう習慣らしい。
まあ、座って相手を迎えるということは、こっちが格上であると言っているようなものだから、これから取引を行う相手に対しては立場上まずいのだろう。
だから訪問者は立って待つわけだが、手持ち無沙汰なので、退屈を紛らわすために壁に絵などを掛けて、それを鑑賞するという様式になっているとか。
そのため、絵を掛ける位置は椅子に腰掛けていてはよく見えない場所にするということだった。
もっとも、それは応接室の場合であって、ここはどうみても面接用の部屋だもんな。
雰囲気としては、むしろ取調室に近い。だから俺の常識が通じる可能性は低いが、今回は俺の方が就職を頼む側なので、念のために立って待つことにする。
俺の常識が通用するとも思えないんだが、用心するに越したことはない。
幸い、そんなに待たされることはなかった。
俺の感覚では5分程度でドアが開いて、女性が入ってきたのだ。
「お待たせしました」
俺は、返礼の言葉を飲み込んだ。
キター!(古)
やっぱラノベだったよ!
いや、別にハロワの担当がきゃぴきゃぴの村娘だったとか、お姫様だったとか、そこまで厨二というわけではない。だが、俺の感覚では有り得ない状況である。
あのさあ、男が社会人になって一番失望することって、何だと思う?
答えを言ってしまうと、ドラマや小説なんか嘘だってことなんだよね。漫画はもっとひどい。あのね、社会にはそんなに美女や美少女っていないんだよ。
もちろん、まったくいないわけではない。俺が今まで会った中で一番美人だと思った人は、取引先の偉い人の葬式に儀礼として行ったとき、香典の受付をやっていた女性だった。
その人の会社の社員がお葬式の場で働いていたらしいけど、こんな美女が社員としているなんて、凄い人だったんだな、と。
マジ、あの時は棒立ちになりかけた。だって妖精みたいだったんだぜ。
とても、こんな人が会社で仕事しているとは思えないくらい、可憐で細くて、そして綺麗だった。
周りの連中から完全に浮いていたな。
だから、間違いなくラノベ的な美女や美少女は現実にも存在はしている。だが、そういう人って普通は俺みたいな一般人の前には現れないのだ。
せいぜい、遠くから見かけるとか、香典を受け取って微笑んでくれる程度だ。それは宇宙の法則だ。
だが、不条理にも入室してきたその人はにっこり微笑んで言った。
「ギルドのハスィーと申します。今回は、わたくしが適性検査をさせて頂きます」
え?
ギルド?
適性検査?
混乱する俺をよそに、ハスィーと名乗ったその美しい女性はさっさと椅子に腰掛けて、俺を手で促した。
俺はぎくしゃくと、ハスィーさんの向かいに座った。
ちょっと待って。
色々想定外なんですけど!
ここってハロワじゃなかったのか?
ギルドだったのかよ。
それに適性検査って、いきなり入社試験?
心の準備が。
そうこうしている間にも、ハスィーさんは、持っていた箱から帳面とか鉛筆みたいなものを出して揃えている。
あ、面接ってかんじね。
どっかのラノベみたいに、水晶に手をかざすとスキルやギルドのランクが浮かび出るとか、魔法の属性が判るとか、そういうのではないようだ。
それとも、ハスィーさん自身が鑑定機なのだろうか。鑑定のスキルがあって、俺が異世界人だと判ってしまうとか。
まあ、知られたところで何がどうなるというわけでもない。むしろ、今後の展開が有利になるかもしれない。
「それでは」
ハスィーさんは、帳面を開いてペンらしきものを持つと、真っ直ぐに俺を見た。
凄い。
こんな美女に至近距離で見つめられるなんて。
ラノベでは、こういう時の表現って陳腐化していて、あんまり描写がないというか、定型化していたもんな。
透き通るような白い肌とか、澄み切った碧い瞳とか、すらっとした手足だとか、それでいて胸は凄いとか。
でも、そんな表現では追いつかない。
いや、実際には表現的にそういうものになるんだけど、そんなパーツの美しさを並べてみても、全体を表すことはできない。
美女ですね。
そして、これは意外だったんだけど、制服を着ているのだ。
といっても警官とか役人とかのイメージではない。むしろオーバーオールに近いような、どうみても作業服だ。
それでもスタイルがいいのが丸わかりなんだから凄いと思う。
とにかく、ハスィーさんが凄い美女であることは確かなんだけど、今はそれどころじゃないよね。
適性検査って。
つまり、俺にとってのそういう検査が行われるということだ。そして、どうみてもそれって仕事の適性じゃないよね。なぜなら、俺はまだどんな仕事に応募するか決めていない、というか主張してないからだ。
あるいは、ギルドとやらは本人の希望を無視して仕事を斡旋してくれるのかもしれないが、そこまで親切だろうか?
「まず確認です。あなたはヤジママコト、異世界人ですね」
キター!(古)
いきなりだよ。
やっぱこの人、鑑定スキル持ちか。
「あの、判るんですか。俺がこの世界の住民じゃないって」
「いいえ? 適性検査申請にそう記入してありますから」
え?
そんなの、したっけ。
ハスィーさんは、手元の紙をみてちらっと微笑んだ。すげえ。女神の微笑みだ。
「お聞きになっておられませんか? マルト商会の推薦で、ギルドにとりあえずの身元確認と身元保証の依頼が来ています」
マルトさんか!




