14.オープン?
春になりかけ、という気温だったけど、空はよく晴れていた。
いよいよサーカスがオープンするのだ。
かなり前からギルド経由でアレスト市全体に告知が行われていて、今では本邦初、というよりはこの世界初のサーカス団が営業を開始することは、アレスト市民なら大抵の人が知っているはずだ。
ただ、そもそもサーカスとは何か、という所から説明しないと判らないため、当初はあまり活況を呈するとは考えられていない。
それに、最初はやはり手探りでやるしかなくて、必然的に色々と問題が起こりそうなので、あまり大量の客に来られても困ることになる。
ということで、当分の間は地味な宣伝でやっていくことになっていたのだが。
アレスト興業舎に隣接するサーカス団の入り口前は、人で一杯だった。
道路を完全に塞いでいて、しかも見ているうちにもどんどん詰めかけてきている。
なんでこうなった?
「どうも、ギルドのニューイヤーパーティで演ったあの劇を見た人たちが、口コミで広めたらしいです」
俺の隣に立っているソラルちゃんが言った。
「それに、郵便班や警備班がフクロオオカミの運用テストであちこちに出没していたことが、噂を増幅させたらしくて。
アレスト興業舎のサーカスは、今やアレスト市のトレンドになっています」
トレンドって(笑)。
こっちにもそんなものがあるのか、じゃなくてこれは魔素翻訳か。
まあ、そこそこ安定していて景気も悪くない街で、新しい娯楽を始めたらこうなるのは判りきっていたか。
それにしても、入場料は結構高めに設定したはずなんだけどな。
具体的に言うと、一人分が一家の一日分の食費になるくらい。
しかもこれは、大衆食堂じゃなくてまともな家庭料理を作った場合の額だ。
体感的に言ってディズ○ーランドの入場料の半額くらい?
中流家庭でも、ちょっと考える額だと思ったんだけど。
ちなみに、子供割引はない。
「みんな結構貯めているんですよ。普段は、使い道があまりないですから。
それに娯楽が少ないですから、サーカスは、そこにすっぽりハマッたのではないでしょうか」
さすが商人の娘。
鋭い分析だ。
そうなんだろうな。
俺は日本の感覚で考えていたけど、こっちにはゲームやスマホ、あるいはアウトレットモールのおしゃれなお店なんかも存在しない。
もちろんケータイも映画もない。
日々、細々した娯楽や趣味に消費する金がないので、普通に暮らしていても貯金が貯まっていくだろう。
服なんかに費おうにも、こっちはオーダーメイドが主流だから、ちょっとした小金では購入できないのだ。
ユ○クロの代わりが一品仕立ての背広だったら、それはめったに買わないよね。
だから、少し高めの価格設定でも、手に届く新しい娯楽にはとりあえず飛びつくことになるのかもしれない。
「とにかく、来て下さったものは仕方がない。
失望させないように、頑張るしかないだろうね」
当たり障りのないことを言って、俺はアレスト興業舎に向かった。
サーカスの方には、とてもじゃないけど近寄れない。
行っても、俺に出来ることはないしな。
アレスト興業舎の建物はがらんとしていた。
みんなサーカスの方に駆り出されているんだろう。
事務室にもほとんど人がいなかった。
仕方なく舎長室に向かうと、ハスィー様がデスクについて、頭を抱えていた。
そういえば、オープンの式でテープカットか何かをして頂く予定だったっけ。
「ハスィー様」
「マコトさん。……どうしましょう」
悩んでいらっしゃるようだ。
「何か?」
「あの……つい先ほど知ったのですが、サーカスには常設の劇場があって、毎日あの劇を上演するというのです」
ああ、傾国姫の物語ね。
あれ、今のところアレストサーカス団が完璧に演れる唯一のコンテンツだからな。
客の前で演じたことがある出し物って、あれしかないんだよ。
シルさんがそんな武器を手放すはずがない。
こないだ練習を見学したけど、シイルの演技もますます磨きがかかっていたっけ。
ちなみにラナエ嬢やジェイルくんは忙しすぎるので、旅芸人の中からそれっぽい人が選ばれて演じることになっていた。
今のところ、あれがサーカスのメインの出し物と言える。
「そうですね」
「困ります。
あれでは、わたくしの恥をアレスト市全体に見せつけるようなものではありませんか」
あ、俺の仕事見っけ。
ここでハスィー様を説得するのが、俺の役目だろうな。
でないと、上演中止命令とか出そうだし。
「あれは、ハスィー様とは関係がないサーカスの出し物だと考えればいいんですよ。
何だったら、アレスト市などの固有名詞を削除しますか」
「それでも、あまりにもあざといのでは。
ラナエは逃げてしまって、抗議しようにも出来ませんし」
ラナエ嬢は逃げているというよりは、忙しくて相手をしてられないんだろうけど。
困ったなあ。
ハスィー様の言い分も判るんだけどね。
俺だって「近衛騎士ヤジママコトの偉業」とかいう出し物があったら、乗り込んでいってぶち壊したくなるだろうから。
でもここは、ハスィー様には泣いて貰うしかない。
「ハスィー様、こう考えられませんか」
俺は、なるべく真剣に話した。
魔素翻訳に心を込める。
「あの劇を持って、フクロオオカミと人が絆を結べることを証明するんです。
フクロオオカミが人の良き隣人であり、仲間であるということを、あの劇は一番よくわかるように広めることが出来ます。
あれが評判になれば、人はハスィー様にではなくてフクロオオカミの方に注目します。
繰り返していけば、フクロオオカミは当たり前に人と交わることが出来るようになるはずです」
「そうでしょうか」
ハスィー様は、疑わしそうな表情をしていた。
そんなにうまく行くはずがない、と思っていらっしゃるようだ。
「いきます。
そのために、アレスト興業舎はあるんです。
サーカスだって、お金を稼ぐのではなく、フクロオオカミと人が共存できることを証明するために存在するんですから。
それに、いつまでもあの劇に頼るわけにもいきません。
新しい劇をどんどん作っていって、あれを埋もれさせてしまいましょう」
「……マコトさんがそうおっしゃるのでしたら」
ハスィー様は、渋々だけど納得してくれたようだった。
いや、俺が話したことはみんな真実だよ?
俺が本気で話したからこそ、ハスィー様も判って下さったんだし。
でも、実はカラクリがあるんだよな。
前に、大学で仲間と話しているうちに、モテ男の話題が出たことがある。
顔もスタイルもそんなにカッコいいわけでもないのに、やたらに女の子をモノにするのが上手い奴がいたんだよ。
結構美人の娘を、とっかえひっかえ彼女にするんだけど、どうしてそんなことが出来るのかというと、どうもそいつは「真剣に」口説くからだと。
何でも、そいつは口説いている最中は、世界に目の前の女しか存在しないそうだ。
だから全身全霊を込めて口説くんだと。
世界最後の女なんだから、それは真剣さが違うよね。
で、別の女にも同じ事をする。
どうしてそんなことが出来るのかというと、どうもそいつの頭の容量が一人の女で一杯になってしまうからではないかと。
ある娘が頭の中にいると、その他のことが飛んでしまうのだ。
で、別の女が現れたら今までのデータは全部消去して、新しい女をインストールする。
それを話してくれた奴は、プレイボーイの極意とはそれじゃないかと思う、と言っていた。
その場限りだが、限りなく情熱的で真剣で誠実になるのだ。
そこに嘘はない。
だって、頭の中が相手のことで一杯なんだから。それしか考えてないことは、きっと伝わる。
もちろん、詐欺同然の手口なんだけどね。
そんなこと、ずっと続けていけるはずがないだろう。
みんなにいい顔をしていたら、いずれボロが出る。
だから、仕事なんかには使えない。
日常生活でも、多用したら精神分裂か何かと思われるだけだ。
だが、一時的ならこの上もなく有効な武器になるんだよ。
まあ、俺はプレイボーイじゃないんだけど、ハスィー様を思う気持ちは本当だしね。
まして、こっちの世界には魔素があるのだ。
凡人の俺の言葉でも、真剣ならそれがダイレクトに伝わる。
だからこそもハスィー様も納得してくれたわけで。
でも。
やっぱ詐欺?




