13.インターミッション~キディ・ハラム~
アレスト興業舎に行くときに、親父に言われたんだよね。
マコトのことを狙ってみるかって。
まあ、笑い混じりだったから、親父もそんなに本気というわけでもなかったんだろうとは思う。
でも、今から思うと親父なりに将来の展望って奴をある程度描いていたんではないかと。
でも、あのマコトだよ?
冒険者としてうちに来たときは、何だこいつとしか思わなかった。
ヒョロヒョロで、やりあったらあたしだって絶対に負けない。
覇気もなさそうだったし、そもそも冒険者としての基本的な知識にも欠けていて、何でこいつが「栄冠の空」に入れたのか不思議なほどだった。
でも、話してみてなるほどと思った。
何ていうか、憎めない?
違うか。信用できるっていうのかな。
それも違うな。言葉にしたら陳腐だけど、「それでもいい」という気持ちになるんだよね。
信頼とか裏切りとか、そういうレベルじゃなくて、こいつはヤジママコトなんだ、と思える。
うーん、やっぱり説明できない。
別に、戦えないとか、敵わないというわけではないよ。
本気でやりあったら、やっぱりあたしが勝つだろうし、叩きのめすこともできると思う。
そうすることが出来ないわけじゃない。
でも違うんだ。
心の根本的な場所で、ヤジママコトなんだから仕方がない、という感覚があるんだよね。
マコトが何をしても許せるし、認められる。
何かしたいんだったら、助けてやるのに吝かではない。
というよりは、積極的に力になりたい。
親父が言っていたのはそういうことかと思ったんだけど、多分違うな。
マコトの女になってみろということだったんじゃないかと思う。
でも、すぐに無理だと悟った。
だって、ハスィー様がいるんだよ!
マコトはあっという間にギルドに認められて出世してしまうし。
この時点で、少なくともナンバーワンは無理なことは明らかだった。
それどころじゃない。
アレスト興業舎で働いていると、マコトを狙うなんて事自体が絶対無理と思える。
何と、あのシルさんすらライバルと化しているんだよ!
そもそもあたしは最初からライバルとかいうポジションにはいなかったけど。
まず、最初からマコトのそばについていたという、マルト商会の代表の娘が来た。
ギルドからは、銀エルフや育ちの良さそうな茶髪の女が来るし、しばらくすると元王妃候補でハスィー様の学友だったとかいう侯爵令嬢まで参戦して来る始末。
その時にはもう、親父の言ったことなんか、頭から吹っ飛んでいたけどね。
マコトはでかすぎる。
親父も大したもんだとは思うよ。
「栄冠の空」の頭を張っているくらいだから、一角の男であることは間違いない。
自力で冒険者のチームを立ち上げて、あそこまでにしたんだし、アレスト市でも三本の指に入るくらいの実績と評価を維持している。
でもね、そこまでだとも言える。
親父の場合、自分の目の届く範囲ならうまくコントロールすることができると思うんだ。
それって大したものではあるけれど、逆に言えば自分の目が届かなくなったらもう、うまく扱えないということでもある。
あたしもそうだな。
というより、あたしはまだそこにすら達していない。
ああいうのは度胸と頭に加えて、経験と知識で動かすものだと思うから。
単にあたしのスキルが、まだそこまでになっていないということだよね。
だけど、マコトは違う。
いやマコトだけじゃない。
例えばハスィー様や、こないだ出てきた司法官のユマ様なんかもそうだけど、ああいう人たちって動けばそれが技になるっていうか。
何かやろうとすると、自分が直接手を下さなくても物事がその通りに動いていくんだよね。
少なくとも、そういう風に見える。
それはもう才能とか能力じゃないと思うんだ。
極端に言えば、アレスト伯爵家に生まれたエルフだとか、公爵令嬢だったりするという、最初からの条件からしてもう違っているというか。
あたしも、そういう意味では「栄冠の空」の代表の娘という恵まれたポジジョンに生まれたんだけど、そこまでだ。
どう頑張っても、おそらくその範囲を超えることはできないんじゃないかと思う。
ハスィー様たちとは違うんだ。
運命って奴?
それは判る。納得できる。
だけどマコトはさらに、全然違うんだよ。
ハスィー様ですら、比べものにならない。
というよりは、ハスィー様にしてもユマ様にしても、マコトに巻き込まれているだけなんじゃないかという気さえする。
マコトの場合、本人が何もしなくても物事が動いてしまうんだ。
人が動いたり、状況が動いたり、時にはマコトが動くのに合わせて環境自体がマコトに都合良く変化したりする。
これは、物凄いことだよ。
世界に愛されているっていうか?
そういうモノがあればの話だけど。
とにかく、それが判ってきてからは、あたしはなるべくマコトの目に留まらないように努めることにした。
マコトを避けるというんじゃなくて、その影響範囲から隠れるっていう?
具体的にはシルさんという、どう見てもマコトのために用意されたとしか思えない巨大な存在の影に潜んだんだ。
シルさんの正体を知った時には、ぶったまげたもんね。
帝国の中央護衛隊にいたハマオルっていう人が教えてくれたけど、シルさんの本名はシルレラ様といって、帝国の皇女様なんだって。
そんなの有り得ないでしょう。
だって、あたしは『栄冠の空』の渉外だったシルさんと、何年も軽口叩き合って過ごしてきたんだよ。
シルさんは凄く優秀な冒険者で文武両道の人だけど、そんな帝国皇女なんていう桁外れの人だなんて、まったく感じさせなかった。
それが、マコトが現れたらいきなり変わってしまったんだ。
ハスィー様もそうだ。
傾国姫って、マコトが現れるまでは物語の中にいるようなものだった。
でも今は、その気になれば直接お話しできる。
ラナエ部長も、侯爵令嬢なんていう雲の上の存在じゃなくて、あたしが仕事のことで報告するときちんと対応してくれる。
全部、マコトが引き寄せたんだよ。
アレスト市の司法官っていうもう国家的な人や、教団の僧正様や、帝国の何とか領の姫君まで関係してくる始末で。
あたしの生活もすっかり変わってしまった。
もう、マコトが来るまでどうやって過ごしていたのか思い出せないくらい。
今は、凄く流れが速い川に投げ込まれて、どんどん景色が変わっていくのを観ているみたいな気分なんだ。
でもね。
それっていいじゃないか、と思えるようになった。
少なくとも、川岸に立っているよりは面白いだろうって。
シルさんに掴まっていれば、とりあえず溺れる心配はないだろうしね。
気をつけないと流されてしまうかもしれないけど。
だから、あたしはこのまま行くつもり。
親父には悪いけど、「栄冠の空」は割ともうどうでもいいかな。
もっとも、最近は親父自身、自分もこっちに混ざりたそうな雰囲気がプンプンするんだよね。
そのうち、「栄冠の空」ごと取り込まれたりして。
これから、どうなるのかなあ?




