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サラリーマン戦記 ~スローライフで世界征服~  作者: 笛伊豆
第八章 俺が警備隊の名誉隊長?

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10.家名?

「いらせられませ」

 いつものウェイターさんが迎えてくれた。

 例のカードを見せるまでもなく、スッと手を伸ばして席に案内してくれる。

 もう顔パスだ。

 店内にはあまり人がいなかった。まだ昼まで少しあるからな。

 もっともこっちの世界では「昼休み」という概念が希薄で、正午になると人がどっと押し寄せるというわけではない。

 俺の感覚だと、午前11時頃から午後3時頃までが昼で、その間のいつでも昼飯を食っていいような。

 あまり客がいないのは、ここが高級店だからだろう。

 実は、この店にはもうかなりの回数来たことがあるのだが、僧正様がいなくて奢って貰えず、自腹で払ったのは一度だけだ。

 どういう訳か、俺が来ると必ず僧正様がいるんだよね。

 見張られている?

 おかげで、一時は何とかして自腹で食おうと時間を変えたり連続して行ったりしていたのだが、どうしても僧正様を振り切れない。

 そして、出会えばいつも奥の部屋に案内されて、情報をくれたり相談にのってもらったりしていたのだ。

 あまりのことに、逆に何度か僧正様の分も払おうとしたのだが、今度はウェイターさんがどうしても受け取ってくれない。

 払おうとするともう頂いています、と拒否されてしまう。

 とうとう諦めてしまったのだが……ある日、何の気なしに来てみると、僧正様がいないではないか!

 欣喜雀躍してランチを食い、自腹で払ったなんだけどね。

 メチャクチャ高いんだよ!

 自腹で食うと結構なお値段で、とてもじゃないけど毎日来ることなど出来ない。

 それ以来、足が遠のいていたわけで。

 ユマ閣下からの近衛騎士の給料が入るようになった今なら、何とかなるかもしれないけど。

 でも、やはり庶民の俺には無理な話だ。

 精神的に疲れるんだよ。

 日本で言うと、年収が数千万あるからといって、ランチに毎日数万円払い続けるのは辛いだろう?

 もともとの富豪ならともかく、俺はおそらく一生、感覚的には庶民だから。

 というわけで、久しぶりの来店であった。

 フォムさんは緊張しているようで、俺たちがいつものいい席に着いてからも、棒を飲んだように背筋を伸ばして座っていた。

 困ったな。

 まあ、とりあえず注文だ。

 一番高い奴とか選ばれないうちに、俺が決めてしまおう。

「本日のお勧めランチを2つ、お願いします」

「かしこまりました」

 ランチだから、比較的安い。

 普通の店の十倍くらいかな。

 ランチじゃないと、凄いことになるから聞かない方がいいよ。

 フォムさんが突っ張ったままなので、俺は勤めて気軽に話しかけた。

「この店は初めてですか?」

「いえ……前に一度だけ、昇進したお祝いに家族で来たことがあります」

 ほお。

 フォムさんも、この店を使えるくらいには裕福な家柄なのか。

 まあ、家名持ちだからね。

 俺が親しくなった人たちが、ほぼ家名持ちなので誤解していたけど、こっちの世界では家名を持っている人、というよりはその家名を受け継げる人の比率はかなり低い。

 日本で言うと明治時代かな。

 当時は、納税義務がある人って棟梁というか、一家の主人だけだったらしいんだよね。

 その一家も、むしろ一族郎党と言った方がいい規模だ。

 主人の家族に使用人やら小作人やらがくっついているという。

 昔は家名というのは、それほどのものだったらしいんだよ。

 何かの小説で読んだんだけど、つまり今の核家族と違って昔は地主みたいな人とその家族だけが家名を持っていて、あとは名前だけの人ばかりだったらしい。

 時代劇に出てくる「名字帯刀を許された」という奴だな。

 村では庄屋だけだったとか、そのレベルだ。

 そもそも一般庶民に名字がついたのは、維新からかなりたってからだったとか。

 今の田中とか鈴木とか川上とかいう名字の人は、由緒ある家系も混じってはいるけど、ほとんどが政府から「自分の家名を選んでね」と言われて自分で考えたり庄屋さんにつけて貰った名字だと書いてあった。

 めんどくさいので、適当につけた家名も多かったらしい。

 田んぼの真ん中に住んでいるから田中、川の上流にいたから川上といった具合だったと。

 ラノベや小説の知識だからどこまで信用できるか判らないけど、ある程度は正しいのではないかと思う。

 で、こっちの世界ではまだ明治維新が起こっていない状況だ。

 つまり、ほとんどの庶民は名前しか持ってない。

 シイルなんかそうだね。

 シイルにも、もちろん両親はいるんだけど、その両親も家名がないので受け継ぎようがないわけだ。

 両親が正式に結婚しているかどうかも疑わしい。

 そもそも俺が使っている「結婚」が、こっちの結婚制度と同じかどうか。

 こっちの世界は、戸籍どころか住民登録すらないので、結婚しても別に夫婦になったことをどこかに届ける必要もないからな。

 いや違うか。

 ラナエ嬢に教えて貰ったけど、当然だがラナエ嬢たち貴族の場合はもちろん、正式に結婚してギルドの住民課に行って登録する義務がある。

 ギルドは、王政府からその業務の委託を受けているそうだ。

 そうしないと、子孫に家名の継承が出来ないから、貴族制度自体が成り立たなくなってしまう。

 誰かが記録を録らないといけないわけだからね。

 ギルドが出来る前は、王政府が直接やっていたらしい。その頃は、家名を持っているのは貴族だけだったんだろうな。

 それはソラージュ以外の国でもほぼ同じで、例えばシルさんの場合は、父親が帝国の皇弟で母親が男爵家の娘だったけど、登録しなかったので本人には家名がないことになる。

 ただ、シルさんはコット男爵家の娘の娘だから、コットの家名を使うことができるというわけだ。

 でも、それって実は自称に近いらしい。

 コット男爵家の現在の当主が正式に認めたわけではないためで、だから本当はシルさんはシル・コットではないことになる。

 もちろん、自称でも何でも自分がそう決めれば家名を名乗ることはできるんだけど、正式に登録すると今度は本人に直接税金がかかってくる。

 これが高いらしいのだ。

 ギルドに登録するということは、納税者名簿に載るということだからね。

 シルさんの場合は、『栄冠の空』にいたときからシル・コットでギルドに登録していたので、その名前で税金を納めていたわけだ。

 ちなみに、ある程度大きな企業? や商店に勤めていたり商人をやっていたりすれば、納税義務からは逃れられない。

 この辺りはきっちりしていて、税吏は必ず追ってくるという法則が異世界共通である証拠だ。

 まともに商売したり給料を貰うためにはどうしても家名が必要になるので、成り上がった庶民が自分で家名を作ることもあるそうだ。

 シイルなんかはまだ家名がないので、本人には納税義務はないけど、シイルの分の税金はアレスト興業舎が天引きして払うらしい。

 つまり、シイルたちは日本でいうとまだバイトで、正社員ではないことになる。

 同時に市民でもない。

 選挙がないから、あまり関係ないかもしれないけどね。

 家名がないというのは、そういうことだ。

 俺が最初にヤジママコトと名乗り、ヤジマは家名だと言ったのは、自分でも意識してなかったけどヒットだったんだよね。

 そのことで、自分が一定水準以上の身分だと証明したことになるからだ。

 助かったぜ。

 マルトさんが丁寧に接してくれたのも、それが良かったのかもしれないなあ。

 でも、前にジェイルくんが言っていたけど、俺の場合は家名があるということよりは、最初に出会った時に着ていた服が決定的だったんだそうだ。

 量販店の背広に合成樹脂の模造革靴なんだけど、こっちの水準で見たらとてつもなく上質の衣類に見えるからな。

 実際、今のところ俺はこっちの世界では俺の背広に匹敵する布を見たことがない。

 機械織りの布って、それだけ凄いということだ。

 おっと、フォムさんが話している。

「その時、父親が奮発して家族全員で食事したわけですが、その後は半年くらい家族全員が節制を強いられました。

 以来、トラウマになっていまして」

 トラウマ、と呼ばれるものがこっちにもあるのか。

 いや、それはあるだろうけど。

 俺の脳が魔素翻訳しているだけだし。

「それは大変でしたね。

 今日はそのトラウマを払拭していって下さい」

「ありがとうございます。

 ご馳走になります」

 俺も生意気言うよなあ。

 ちょっと給料が高いと自分が偉くなったような気になるわけだね。

 それに、本当言えば将来に備えて貯金しなければならないんだけど。

 でも、今回の件ではフォムさんにかなり迷惑をかけることになるから、舎長代理の俺が少しは接待しておかないとね。

 ランチが来ると、俺とフォムさんは黙々と食べた。

 話は食い終わってからでいいだろう。

 あまり面白い話でもなさそうだし。

 空になった食器が下げられ、食後の熱いお茶を啜っていると、フォムさんが姿勢を正した。

 辺りを見回して、聞き耳を立てている人がいないことを確認してから言う。

「舎長代理。

 私は、警備隊を辞職することを考えています」

 フォムさんよ、お前もか。

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