8.千里眼?
領主代行官事務所を出て、これから警備隊本部に行くというフォムさんと別れると、俺はシルさんとラナエ嬢に言った。
「ちょっと、どこかで休んでいきますか」
「そうだな。今の内に情報を整理しておきたい」
シルさんが賛成し、ラナエ嬢が頷いたので、近くの店に入る。
日本でいうと高級喫茶店、という所の店だろうか。間違ってもドリンクバーがあったりするような格式ではない。
まあ、こっちの世界だとそもそも喫茶店と言えば上・中流階級専用なんだけどね。
庶民が気軽に利用できるような飲食店は、大衆食堂くらいしかない。
とても喫茶店とは思えないような重厚なテーブルや背もたれ付きの椅子に辟易しつつ、俺は軽くお茶などを注文して、ウェイトレスが飲み物を運んで来るまで無言でいた。
幸い、客はほとんどいなかった。
こんなにスカスカでやっていけるのだろうか。
その分、値段が高いのかもしれない。
ウェイトレスが行ってしまうと、俺はまず、向かい合って座っているお二人に頭を下げる。
「今日はありがとうございました。
おかげで何とかなりました」
「想定通りだったな」
シルさんが飲み物には手をつけずに、テーブルの上で腕を組む。
「ユマの予想がズバリか。
あいつも成長したもんだ。昔は何かというとピーピー泣いてばかりのガキだった癖に」
「そのお話は非常に興味深いですが、後にしましょう。
まずはマコトさん、お見事でした。
自然な流れでしたよ」
「そうですか。練習したかいがありました。
もっとも、シナリオが怖いくらい的中していたからなんですけど」
そう、俺は芝居をしていたのだ。
ユマ閣下がハスィー様から聞き出したトニさんの性格や、警備隊の現状、そしてソラージュ全体の動向などから展開を予測し、それに対応するための想定問答集を作ってくれたのである。
俺はそれに従っただけだ。
ユマ閣下ご自身が騎士団の件で似たような状況を経験しているだけに、代官がどう出てくるかがよく判っていたらしい。
騎士団も警備隊も、外部要因であるフクロオオカミを内部に入れて運用するという条件は同じだからね。
違っているのは、代官の方はおそらく王政府の意向を受けているということだ。
「あの反応、どう考えてもフクロオオカミの即戦力化を狙ってますね」
「というよりは、その試験運用だろうな。
警備隊の戦力として、どれくらい使えるのかをテストするつもりだろう」
シルさんが言うと、ラナエ嬢が続けた。
「命令系統に組み込んで、警備隊の任務に使うと思われます。
実力行使を伴う」
「それは絶対に駄目です。
阻止できればいいのですが」
「そのための名誉隊長だろう。
マコト、覚悟を決めろ。お前しかいない」
そうだよね。
ユマ閣下の時は、騙し討ちみたいな形で司法騎士にされたけど、今回はしょうがない。
フォムさんには明確に拒否されてしまったし。
というよりは、フォムさんは現役の警備隊員ですでに位階を持っているのだから、条件から外れる。
フォムさんは警備班のリーダーだから、フォムさん以外の警備隊員に押しつけるわけにもいかない。
条件はリーダーと同じだからだ。
つまり、今の警備班の人たちは全滅だ。
実は、シルさんにも持ちかけてみたが、にべもなく断られた。
当たり前か。
「判りました。私が受けます」
「それがよろしいでしょう。
領主代行官がおっしゃっていた、『しかるべき資格を持つ者』の条件に当てはまるのも、アレスト興業舎ではおそらくマコトさんだけだと思われますので」
「ギルドの上級職員で近衛騎士だからな」
シルさんはニヤニヤしながら言った。
「どっちか片方だけでも大抵のハードルはクリアできるだろう。
両方持っているなら、尚更だ」
その両方とも、十代の美少女が押しつけるようにして与えてくれたものなんだけどね。
それはそれとして、嫌だなあ。
どうしてこう、面倒ばかり起こるんだろう。いや、別に面倒が起こることはしょうがない。仕事って、そういうものだからね。
でも、俺ばかり貧乏くじを引くというのはいかがなものか。
はいはい、判ってますよ。
俺が舎長代理だからですよね。
毎日、大したこともせずに大金貰ってブラブラしているツケが回ってきているということだ。
管理職というのは、何かあったときに責任を取るために存在するのである。経営者もそれは一緒だ。
今の俺は、管理職というよりは経営者に近い。
誰かが企画して上がってきた申請を許可する役目で、本当はその案件のリスクを勘案して通すかどうか判断しなきゃならないんだけど、それはハスィー様やギルドの評議会がやっている。
俺の仕事は、まあフィルターだろうな。
もっとも俺というフィルターはスカスカで、何でも通してしまっているんだけど。
で、万一何かあった時はギルドは俺のせいにして首を切ればいいわけだ。
ハスィー様は監督不行届で何らかの処分を受けるだろうけど、責任をモロかぶりするよりはずっといい。
そういう仕事だということは判っているんだけど、だからといってよく判らない警備隊の隊長職まで引き受けるというのは、どう考えてもやり過ぎという気がするんだが。
「この件については、後でフォムと打ち合わせしておく。
警備班全体にも徹底させておく必要があるな。
フクロオオカミについては、マコトに任せた」
「了解しました」
そう、今回の件は警備隊員たちにはあまり関係がない。
問題は、現場でフクロオオカミがどう動くか、だ。
それについてもユマ閣下のシナリオがあるので、心配はしてないけど。
まったく、あの人だけは敵に回しちゃ駄目だな。
いや、そんなことを言い出したら、シルさんは言うまでもなくハスィー様にしろラナエ嬢にしろ、絶対に敵に回せない人たちばかりなんだけど。
そもそも俺が誰かを敵に回すなんて有り得ないけどね。
敵が勝手に俺の敵に回るのだ。
「よし。では私とラナエはこのまま帰って仕事にかかる。
マコトはハスィー様とユマに報告してくれ。
こういうことは後回しにしない方がいい」
「判りました」
そういうわけで、喫茶店を出た俺たちは二手に分かれた。
俺は、まず領主代行官事務所に隣接している司法官事務所に向かった。
この辺りはオフィス街というか、公的な事務所が集まっているエリアだからね。
ギルドは前にも言ったけど、ちょっと辺鄙な場所にあるから、後回しだ。
司法官事務所のドアをノックして入ると、ノール司法補佐官が迎えてくれた。
「ヤジママコト近衛騎士。何かご用ですかな」
「ご報告することがあります。
ユマ司法官閣下はおられますか?」
「在席しております。
少々お待ち下さい」
突然尋ねて来たというのに、ノールさんは嫌な顔一つ見せず、事務員さんを奥の司法官個室に向かわせた。
実は、アポなしでいきなり高位の役人を尋ねるという行為は一応失礼とはされているけど、記録に残すことが必要な公的な訪問以外は黙認されている。
なぜかというと、連絡手段が人力しかないからだ。
日本みたいに、ご予定はいかがでしょうか、という事前連絡が容易には出来ないのだ。だってメールも電話もないから。
やるとしたら今回の代官からの連絡みたいに、しかるべき使者を出して公式に予定を組むしかないわけで、ちょっとした訪問をするのにそんなことをしていたら堪ったもんじゃない。
だから、突然俺が司法官というアレスト市の三大実力者の一人を訪ねてきても、当たり前のこととして受け入れられるわけだ。
もちろん、在籍しているかどうかは運だけど、もし居なかったら伝言なり何なりを残して引き上げればいい。
何せ文明は江戸時代だからね。
社会の動きものんびりしている。
「お会いになられるとのことです。
どうぞ」
ノールさんは、事務員からユマ閣下の回答を聞くと、それだけ言って仕事に戻ってしまった。
俺も顔パスになってきたなあ。
「失礼します」
一応ドアをノックしてから開けると、ユマ閣下はデスクに広げた書類を片付けたところだった。
仕事していたんだろうな。
「お邪魔でしたか?」
「いえ、溜まっていた決済書類を処理していただけです。
一区切りついたので、休もうと思っていたところでした。
それで、どうでしたか?」
もちろん、ユマ閣下には本日の代官との会見については伝えてある。
「無事終わりました。
ユマさんのシナリオ通りでした」
「それは良かったです。
ということは、マコトさんは警備隊の位階を得るわけですね?
名誉隊長、くらいでしょうか?」
千里眼かよ!




