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サラリーマン戦記 ~スローライフで世界征服~  作者: 笛伊豆
第八章 俺が警備隊の名誉隊長?

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5.面会?

 翌日には、領主代行官事務所から直接の面会依頼があった。

 お手数ですが、領主館までおいでいただけないか、という内容だった。

 やっぱ呼びつけかよ!

 まあ、領主代行官が民間企業の幹部にわざわざ会いに来たりすることは体面上できないわけで、それは仕方がない。

 ユマ閣下の時だって、俺が呼びつけられたからな。

 民間企業は役所には頭が上がらないのだ。

 俺は、司法官の時に習って、補佐としてシルさんとラナエ嬢に同行して貰うことにした。

 ラナエ嬢はただ頷いただけだった。

 シルさんは、この忙しい時にとかブツブツ言ったけど、こればかりは譲れない。

 事業部統括でもあるんだから、配下の動向には気を配っていただかないと。

 それに、ユマ閣下の時もそうだったけど、問題がフクロオオカミ関連だった場合は他の班にも影響してくる可能性がある。

 フクロオオカミの数がまだ少ないので、何かやるときには班に限らず総動員になるからね。

 そういうわけで、昼飯を食った後、俺は領主の館に出かけた。

 同行者はシルさんにラナエ嬢、それからソラルちゃんにさりげなく聞いて覚えたフォム・リヒトさんである。

 フォムさんはマッチョなイケメンで、俺がどうしても名前を覚えられないタイプの典型的なカッコマンだ。

 ロッドさんとは違った男らしさというか、頼れるナイスガイという雰囲気を発散している。

 あ、いくら俺でも散々関わった人なら、男だろうがイケメンだろうが名前くらい覚えるって。

 あと、偉い人や俺の上司なんかも覚えるな。

 だって、そうしないと社会人としてやっていけないから。

 サラリーマンは厳しいのだ。

 領主館、つまりハスィー様のご実家のお屋敷は、当然だがアレスト市の中心部にあった。

 ここいらは金持ちが多く住むところで、道は広いし家は大きい。

 行政区や商業区は別な所にあって、逆に言えば庶民的な店とかがないので不便ではある。

 街の中心なのに。

 でかい屋敷が並ぶ広い道を進むと、ひときわ大きな屋敷が見えてきて、それが目的地だった。

 まあ、貴族の屋敷だからね。

 ちなみに、アレスト市には現在貴族はほとんどいない。

 領主ご一家は王都の別邸で生活しているし、ただ一人残っているハスィー様は伯爵令嬢であって爵位があるわけではないからだ。

 その他にも、貴族家の出身という人は結構いるみたいだけど、公式な爵位持ちは二人しかいないらしい。

 ちなみに、ユマ閣下はそれに入ってないよ。

 ユマ姫様は、公爵名代ではあるけれど、やはりそれは爵位持ちとは言えない。まあ、公的な場では公爵に準ずる位階持ちとして扱われるけどね。

 では、アレスト市に存在する貴族とは誰なのか?

 実は、その一人は俺だったりするんだよ(笑)。

 馬鹿みたいだろ?

 ユマ・ララネル公爵名代に押しつけられた近衛騎士は、貴族としては最低の位階だし、一代限りで世襲できないんだけど、それでも歴とした貴族なのだ。

 つまり、万一アレスト市で舞踏会か何かが開かれ、宮廷序列に従った紹介がされた場合、一番はユマ公爵名代で二番目がノール近衛騎士だけど、その次には俺が呼ばれるということだ。

 そんなの、ぺーぺーのサラリーマンに耐えられる状況じゃないって!

 もしそういうことがあったら、俺は何としてでも病気になるか、あるいはアレスト興業舎の緊急の業務でどっかに出張する覚悟だ。

 まあ、それはいいとして。

 アレスト領主館は、前に聞いた通り部屋の大部分が閉鎖されていた。

 とりあえず、二階から上は全部閉まっているらしい。

 一階部分の、領主が業務で使う部屋がいくつか代官の事務所に当てられていて、そこに勤務する人はよそから通ってくるようだ。

 ハスィー様の気持ちも判るよね。

 こんなだだっ広い屋敷で一人で生活して、外出する度に代官のスタッフから最敬礼されるなんて、自分の家に住んでいる気にはなれないだろう。

 そもそも、領主館は居住用というよりは施政の場所なんだから、ハスィー様が別宅に避難したのは正しい。

 もしこっちに残っていたら、ラナエ嬢の同居や夕食会が出来たかどうか。

 代官事務所の人たちもいい気はしないだろうな。

 職場の上の階で、身分が上というだけの人たちに毎日宴会やられているようなもんだからな。

 というようなことを考えながら、俺は「領主代行官事務所」と書かれているらしいでかい表札があるドアをノックした。

 ここも、司法官事務所と同じで一般市民があまり頻繁に尋ねてくる場所ではないので、権威に比べるとそっけないくらい地味な外装だ。

 日本で言ったら市長室とかそういう場所なんだけどね。

 まあ、民主主義の場合は市民の投票で市長が選ばれるから、逆に市民の評価を常に意識しなければならないわけで。

 自分たちが選んだ市長が、掘っ立て小屋みたいな所で仕事していたら、さすがに批判が出るだろう。

 領主代行官は王都から任命されて来ているわけで、一般市民との接点はほとんどないと言っていい。

 何かやる場合はギルドや警備隊を通じてになるので、代官本人が表に出る必要がないのだ。

 市民にとっては見えない存在なんだよね。

 だから市民の評判を気にする必要がないとも言える。

 まあ、大商人や金持ち、有力な市民はまた別だろうけどね。

「どうぞ」

 すぐに返答があった。

「失礼します」

 一応断ってからドアを開ける。

 そこは、気持ちの良い部屋だった。

 案内所とか受付のようなものはなくて、いきなり広い部屋に机が点在する事務所になっている。

 いや、ホントに広いんだよ。

 ていうか、床面積に比べて机が少なすぎるというべきか。

 そして、奥の方にまたドアがあり、そこが市長室じゃなかった領主代行官の部屋であることは確実だった。

 あまりにもありふれているなあ。

 答えてくれたのは、ドアの一番近くのデスクについている人で、20代半ばと思われる女性だった。

 地味だ。美人でも不美人でもない、普通の人だった。

 ユマ閣下を思い出すぜ。

 あの時のユマ閣下は演技していたわけだが、こっちは素らしい。

「アレスト興業舎のヤジママコトです。領主代行官はいらっしゃいますでしょうか」

「はい。在席しております。少しお待ち下さい」

 うーん。

 真っ当すぎて面白くない、などと考えるのは不敬だろうか。

 少なくともこの人は代官ではなさそうだ。だって、代官は中年の男だと聞いているし。

 そういえば代官の名前忘れた。

 いいんだよ。そういうのは。

 奥の方で何か話していた女事務員さんが戻ってきて言った。

「お待たせしました。こちらにどうぞ」

 真っ当だ。

 事務員さんに従ってぞろぞろと事務室を横切る。

 司法官事務所に驚くほど似て、壁が一面本棚だった。まあ、統治とか司法とかって書類仕事だしな。

 思った通り、奥の方のドアをノックして、事務員さんは「どうぞ」と言いながら俺たちを通してくれた。

 本人は戻っていく。

 お茶とか出ないかなあ。

 ちょっと喉が渇いた。

「お呼びだてして、申し訳ありません」

 窓際のデスクから、男が立ち上がった。

 代官さんだろうか。

「アレスト興業舎のヤジママコトです。こちらは事務部長のラナエ・ミクファール、事業部長のシル・コット、警備班のフォム・リヒトです」

 心の中で何度も反復して、ようやく覚えたフォムさんの名前がすらっと出て助かった。

 思い出せなかったら、俺だけ名乗って後はスルーしようと思っていたんだけど。

「トニ・ローラルトです。ヤジママコトさんのお噂はかねがね。近衛騎士に叙任されたとお聞きしましたが」

「はい。まだ若輩ものですので、よろしくお願いいたします」

 トニさんが手を差し出してきたので、握手する。

 この習慣も、おそらく昔転移してきた『迷い人』が広めたんだろうな。

 トニさんは、続いてシルさん、ラナエ嬢、フォムさんと握手を交わす。うーん、まったくもって日本の役所というか、サラリーマン同士の初対面の挨拶だ。

 トニさんは俺たちを誘導して、これもまた定番のソファーに誘った。

 俺を真ん中にシルさんとラナエ嬢が両脇を固め、フォムさんは斜め右。

 向こう側にトニさんが座るという定番だ。

 あまりにも日本だ。

 お互いに落ち着いたところにドアがノックされて、さっきの事務員さんが本当にお茶を持って現れた。

 みんなの前にお茶が置かれる。

 事務員さんが去るのを待って、俺がまず口を開く。

「ところで、お話しがあるということですが」

「うむ。そうですな」

 トニさんは、なぜか空中を睨み、シルさんとラナエ嬢を見て、それから意を決したように俺を見つめてきた。

 というより、睨み付けてきた。

 怖っ!

 何か、アレスト興業舎に含むところがあるのか?

 それとも俺か?

「……一つ、お聞きしたいことがあります。答えて頂きたい」

「はい」

 それしか言えんよね。

 両側のシルさんとラナエ嬢からも、緊張が伝わってくる。

 フォムさんは「無」だ。

 領主代行官は、俺を睨み付けながらえぐり込むような口調で言った。

「君は、ハスィー様のことをどう思っているのかね?!」

 はあ?

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