3.代官?
「それだったら、そもそも代官が存在する意味があまりないような気がしますが。
統治はもともとの領主にやらせるか、あるいは全部他の組織に委託した方が楽なのでは」
俺が聞くと、ラナエ嬢がにんまりと笑った。
こういう時、この人は本当に嬉しそうだなあ。
勉強が出来るタイプで、人に教えるのが楽しくて堪らないのだろう。
まさしく秀才だ。
「実は、代官の役目は別にあります。
王政府の目なのですよ。
領主代行官は、王政府が選任し、領主が承認するという形を取ります。
ただし、承認するかしないかは代官個人についてであって、代官の就任自体を拒否できるわけではありません」
代官が来るのは必然というわけか。
でも、気に入らない代官は領主が拒否できるんですよね?
「その権限はありますが、よほどの事情がない限り、実際にはスルーですね。
反対するということは、それはすなわち王の命令に異論を唱えることになりますから」
「それだと領主があまりにも蔑ろにされているのでは。
私が領主だったら、反乱を起こしますけど」
土地の所有権以外の何もかも奪われて、管理人すら自分で決められないとしたら、もう単なる地主、いやもっとひどいじゃないか。
だが、ラナエ嬢はチッチッと指を振った。
「代官が領地の統治権を持つことで、施政責任が王政府にかかってくるわけです。
何か不正が発生するとか、失政で街が混乱するとか、あるいは自然災害や饑饉などで損害が出た場合でも、それは代官つまり王政府の責任になります。
損害賠償や回復にかかる費用負担は国の責任になりますね」
「それは……魅力的ですね」
つまり、領主は土地と住民を政府に貸して、アガリだけ取ればいいわけか。
確かに自分が統治するよりは、遙かに楽で確実だろう。
領主が領地を直接統治するとしたら、地方政府を自分たちで組織しなければならない。
事務仕事から警察業務まで、自力で揃えようとしたら莫大な金がかかるし、ノウハウも多岐にわたる。
そんな組織を自前で作れるはずがないから、結局はギルドを頼ることになるが、そうすると今度はギルドに支払う費用と結果責任がかかってくる。
税収を丸ごと懐に入れるということは、支出も全部自分が責任を取るということだ。
つまり、それが地球の封建制度の地方領主なわけだが。
官僚組織をギルドに握られている以上、あまり効率がいいとは言えない。
結局の所、ギルドを雇って行政を代行して貰うことになるからだ。
だったら、最初から代官に丸投げした方が得だろう。
俺が納得しかけていると、ユマ閣下が口を挟んできた。
「実際には、領主が自分で統治している領地もありますよ。
リスクを承知で王政府に申請すれば、領主は自領の統治権を持つことが出来ます」
「そうなんですか?
でも、王政府から代官が派遣されるわけですよね?」
「それは拒否できませんが、領主は代官をオブザーバーあるいは相談役として使うことも可能です。
その場合、代官は王の目に徹することになります。
スタッフも大幅に削減されますね」
そういうやり方も出来るのか。
まあ、でかい領地で税収が十分にある場合は、そっちの方がいいかもしれない。
何より、自分の好き勝手に政治をやれるというのが魅力だ。
特産物の開発とかインフラ整備とか、やりたいように出来るし。
でもそれって、領地に余程余裕がないと駄目なのでは。
「その通りです。
例えばアレスト市レベルの領地では、難しいでしょうね。
順調な時は回していけるでしょうが、何かが起こった場合は即詰みになる恐れがあります」
そうだよね。
大災害や疫病、あるいは饑饉とかで領地の生産力が極端に落ちた場合、それを乗り切るまで耐えられる備蓄があるかどうか。
日本なんかだと、例えばある県が災害に見舞われた場合、政府が責任を持って対処してくれるわけだ。
だけど、これが県単位で独立していたらどうだろうか。
救援を求めれば助けてはくれるかもしれないけど、国や他の県に物凄い借りを作ることになる。
東京や大阪なら自力で回復できるかもしれないが、地方の県だとそのまま破産・壊滅してしまうかもしれない。
ましてやアレスト市レベルだと、領地は広いけど大部分は荒野で、人が住んでいるのは全部合わせても地球ではちょっと大きな市くらいだからな。
無理だ。
「そうなると、領主が自分で領地を治めている所は、かなり豊かで大きな領地を持つ貴族だけということですか?」
「はい。具体的に言うと、公侯爵などの高位貴族ですね。
もっとも、伯爵領でも領地が広くて豊かだったり、あるいは特産品があるとか貿易港を握っていたりする場合は自分で統治している貴族もいますし、公爵領でも代官に任せている場合もあります。
領地の性格や人口、生産力、また領主の考え方で違ってきます。
ちなみに、わがララネル家は自家で治めてますよ」
まあ、ララネル家は当たり前か。
公爵だからね。
近衛騎士を叙任できる貴族なんだから、ある意味王家並だろう。
ラナエ嬢をみると、肩をすくめて頷いた。
「ミクファール侯爵領もお父様が治めています。
そのせいか、多大な支出を伴う事案には悉く反対する癖がついてしまって」
だとすると、ラナエ嬢を「学校」に送ることも渋ったんだろうな。
そして、その元を取ろうとしてラナエ嬢の結婚を強行しようとしたとか。
問題児とはいえ、「学校」を出たというのはソラージュ王国においては結構なステータスだろうし。
嫁取り希望者はいくらでもいただろう。
ハスィー様はスキャンダルで敬遠されてしまったみたいだけど。
あれ?
ユマ閣下はどうだったんだろう?
思わずそちらを見ると、その場の全員がため息をついた。
ヤバい。
読まれている!
幸い、ユマ閣下はくすくす笑ってくれた。
「かまいませんよ。
私の場合は、少し特殊ですので」
「公爵家ともなれば、子弟の結婚には慎重になるものです」
ラナエ嬢が言った。
「面倒だからそこら辺に片付けてしまえ、というわけにはいかないのですよ。
王家に準ずる家柄ということは、その動向は政治的に国家レベルで影響があるかもしれないということです。
ユマの場合、長女ですからどこに嫁ぐにしても、あるいは婿を取るにしても、王家の意向を無視できないでしょうね」
うわあ。
凄い話だ。
ていうか、ユマ閣下って長女だったのか。
下手すると公爵家の跡継ぎ?
聞かなかったことにしよう。
俺には関係ないし。
「私のことはよろしいでしょう。
今問題になっているのは、マコトさんが代官に呼ばれるかもしれないということでは?」
ユマ閣下が自ら話を逸らせてくれたので、俺は内心でほっと息をついた。
スケールがでかすぎて、正直考えたくないもんな。
日本で言うと、資産数兆円クラスの大財閥の当主の娘の結婚話を聞かされているようなものだ。
そんなの想像も出来ないって。
何せ、こっちは辺境の伯爵領の代官に呼び出されるかもしれないというだけでビビッているんだぞ。
それだってぺーぺーのサラリーマンにはとんでもない重みだ。
アレスト興業舎の舎長代理?
そんなの戯れ言だってことは、俺が一番よく判っているんだよ。
良くて操り人形、悪ければ単なる楯みたいなものだ。
ハスィー様が何かやるための代理人だよ。
いや、ハスィー様だけじゃないか。ここにおられる貴顕の方々全員が関係していらっしゃるんだろうな。
まあいいけど。
ところで何だったっけ。
ああ、代官だ。
「ええと、代官は王様の目だとおっしゃいましたよね?」
「はい。それが?」
「だとしたら、その代官に呼び出つけられる私は、ひょっとして王政府に目をつけられたんでしょうか」
「かもしれませんね」
ユマ閣下は平然と言ってくれたけど。
何それ?
怖いよ!




