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サラリーマン戦記 ~スローライフで世界征服~  作者: 笛伊豆
第八章 俺が警備隊の名誉隊長?

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1.近況?

 春だ。

 俺がこっちの世界に来てから半年くらいたった計算になる。

 日本では秋なんだろうな。

 最近、あまり日本の事を思い出さなくなってきているんだよね。

 こっちに順応したというか。

 まあ、色々あったからね。

 ちなみに、こっちでは冬といってもそんなに寒くはならなかった。

 時々冷え込むけど、基本的には日本の初冬くらいの気温が続くだけだった。

 雪もほとんど降らなかったし。

 それでも夜なんかは冷え込むので、ありったけの毛布を重ねて寝ている。どうも、こっちには寝室用ストーブとかセントラルヒーティングとかいう概念がないようなのだ。

 ソラージュ王国の位置は不明だが、地球でいうと台湾とかその辺りの緯度にあっても不思議じゃない。

 あるいは地形とか海流とかの関係かもしれないけど、近くに山脈があって、かつ半ば盆地な地形にしては、冬が暖かいのだ。

 いや、そんなことはどうでもいいので、俺は病気にもならずに元気でやっている。

 あいかわらず、ほとんど何もしてないんだけどね。

 朝起きたら、顔を洗って歯を磨いてから野良着を着て日課の体操とジョギングをこなす。

 帰ってきたらまず水を被り、前日にハスィー邸で貰ってきた朝飯のパックを食ってからアレスト興業舎の制服を着て出勤する。

 大抵の日はアレナさんが持ってくる書類にサインして、秘書のソラルちゃんが指示する作業をこなし、それが無いときはブラブラしているだけだ。

 昼飯は大抵舎員食堂で食い、夕飯はハスィー邸に行って食い、帰って風呂に入って寝る。

 この繰り返しだ。

 いいよね。

 まさに安定したサラリーマン生活。

 日本より全然いい。

 夜、よく眠れるし。

 ちなみに、夜の風呂は日本式のではなく、お湯を沸かして頭から被るというシャワーの変形みたいな方法だ。

 湯船もあるんだけど、全部沸かしていると時間がかかるので、こうなっている。

 もちろん、水汲みや薪の準備は昼間の内に通いの人にやって貰っているのだ。

 そのくらいの金はある。

 ただ、俺の身分はまだ正規雇用ではないんだよね。

 ギルドの臨時職員のままだ。

 まあ、今のところ首だという話もないので、安定していると言ってもいいと思うのだが。

 ちなみに、司法官のユマ閣下から押しつけられた近衛騎士は、ずっとそのままになっている。

 近衛騎士は職業じゃなくて身分だから、特に何かの義務があるわけではない。

 つまり、俺が何もしなければ何も起こらないのだからほっといていいものだと思っていたんだけどね。

 だから忘れていたんだけど。

 ある日突然、ギルドの経理部門から連絡があったので何事かと思って駆けつけてみたら、ララネル公爵家から俺の口座に振込があったと告げられた。

 凄い金額だった。

 何と、ギルドの上級職としての俺の給与のほぼ倍額だ。つまり、単純計算で俺の収入が3倍になってしまったということだ。

 ギルドの給料でも使い切れなくて、口座に積み上っていくばかりなのに。

 経理の人に、来年度の税金は覚悟して下さいと真顔で言われた。

 慌ててユマ閣下に聞いたら、近衛騎士としての報酬なのでお納め下さいと。

 ララネル公爵家は俺を近衛騎士に叙任したことで、俺の生活を最低限保障をする義務があるのだそうだ。

 つまり、俺が生活苦のために何か悪いことをしたりすると、その責任の一部がララネル公爵家にもかかってくる。

 さらに、自家が叙任した近衛騎士を生活苦に追い込むような家だという評判がたってしまったら、貴族家としては致命的だと。

 だから、俺が困窮しないように手配してくれているということだった。

 それにしては額が多すぎるのではないかと言ったら、これは別にララネル公爵家の気前がいいというわけではなく、近衛騎士の収入としては標準だから気にしないで下さいと告げられた。

 普通、近衛騎士ともなれば社交や身だしなみに経費がかかるので、それくらいないと体面が保てないらしい。

 お付きの人とか部下とかを雇う場合もあるとか。

 俺はそんなことしないけどね。

 多すぎると言われて減額して、ララネル公爵家の近衛騎士は収入が低いとかいう噂が立つ方が問題だという話だった。

 公爵家の評判や信用が落ちることになるから、俺の経済状態にかかわらずそれなりの金銭援助を行うということになっているとか。

 断ることは出来ない。

 そんなことをしたら、俺が近衛騎士としてララネル公爵家に叛意を持っていると解釈されるかもしれないという。

 どうしても嫌なら、受け取った後にどこかに寄付なり何なりして下さいとユマ閣下が言うので、俺も諦めた。

 いや、別に寄付なんかはしないよ?

 金はいくらあっても邪魔にはならないからね。

 それに、将来のことを考えると貯金は必要だ。

 何せ、こっちには厚生年金も国民年金もないんだし。

 生活保護もない。

 高齢化したらどうするんだろうと思ってそれとなく聞いてみたら、養老院みたいな施設は一応あるそうだ。

 でもやっぱり費用がかかるので、大抵は家族に養って貰っているということだった。

 日本でも、昔はそうだったらしいけどね。

 こっちはまだ核家族化が進んでいないので、そういう風習が主流らしい。

 俺には無理だな。

 家族はいないし。

 臨時雇いでは、結婚なんか夢物語だしな。

 日本でもそうだったけど、まずはどっかの安定した企業の正社員になってからだ。

 ギルドは臨時雇用だし、アレスト興業舎みたいな新興会舎なんか、いつ潰れてもおかしくない。

 そしたらギルドも首だろうし、俺はたちまち無職のニートだ。

 また就活なんて、ぞっとする。

 誰かに雇って貰おうとしても、今まで何してましたか、とか特技は何ですかと聞かれたら困る。

 上手くなったのは書類にサインすることだけだし、他には何もできないのだ。

 あ、そういえばラナエ嬢に「命令」されて、乗馬の訓練は始めているんだけど。

 フクロオオカミのミクスさんにも言われたけど、そういう動きが身についてないと、乗せる側の消耗が激しいらしい。

 いや別に、今後もフクロオオカミに乗ろうなどという野望は抱いてないんだけどね。

 アレスト興業舎の舎長代理として、ミクスさんに乗って何かの式典に参加したりする機会があるかもしれないと丸め込まれた。

 そんなことはラナエ嬢がやればいいんじゃないかと反論したら、あっさり返り討ちにされたんだよね。

 ラナエ嬢やハスィー様が、見事に馬を乗りこなすところを見せつけられた。

 「学校」の科目に乗馬技術もあったそうだ。

 もちろん、プロの騎士であるロッドさんほどじゃないけど、それでも馬に乗るという技能においては合格点を貰えるくらいの実力はあるらしい。

 ミクスさんにもきちんと乗って見せてくれたもんな。

 そこまでされたら、俺もやるしかないだろ?

 でも、馬に乗れるようになっても、それだけでは雇って貰えないだろうなあ。

 乗馬は何かをするための技能であって、馬に乗れるだけでは仕事は出来ないんだし。

 まだ複雑な文章の読み書きは出来ないし、言葉も判らない。

 後者は魔素翻訳があるから別に問題ないんだけど、それ故に言語能力自体はいつまでたっても進歩しないんだよ。

 読み書きできない奴なんか、肉体労働以外には使えないからなあ。

 その肉体労働にしても、まだ俺の体力では心許ないし。

 ということで、俺は今でも早朝ジョギングと暇なときの絵本読みは欠かしていない。

 ジョギングはもう、体力造りというよりは健康維持のための日課になってしまっているけどね。

 最近では、それに加えてスタートダッシュと得物による攻撃の練習もしている。

 ある程度体力がついてきたのでホトウさんに相談したら、次の段階として何でもいいから得意な攻撃パターンを一つ作っておけ、と言われたんだよ。

 冒険者ならともかく、普通の人は立ち止まって戦うなどというシーンはめったにないそうで、だから襲われたら不意打ちで一発食らわせて、あとは遁走が基本だそうだ。

 その一撃を用意しておけと。

 それって必殺技?(違)

 色々考えたんだけど、時代物の小説で読んだ幕末の話を思い出したんだよね。

 新撰組ですら恐れたといわれる、薩摩の示現流だ。

 全速力で走りながらすれ違いざまに敵に刀を振り下ろすだけの流儀で、防御を捨てて攻撃に特化しているだけに、単純だが防ぎようがないらしい。

 攻撃の後はそのまま全力で遁走すればいいので、ぴったりだ。

 というわけで、ジョギングしながら時々全力で駆けだして棒を振り下ろしている。

 もちろん、誰も見てないときだけ。

 傍目には、厨二以外の何物でもないしな。

 こんな技、使いたくないなあ。

 話は変わるけど、絵本も『栄冠の空』の在庫はあらかた読み尽くして、今はアレスト興業舎で購入したものを読んでいる。

 いや、シイルたちの青空教室がまだ続いていて、字が読めない人はそこを経ないと入舎できないことになってしまったのだ。

 新しく雇われる人は、まず読み書き能力をテストされて、駄目なら青空教室行きだ。

 その間の給料は最低賃金になっている。

 本人からの申請で不定期にテストを行い、合格すれば本採用。

 といっても試用だけど。

 不合格なら青空教室に戻される。

 良かった。俺はそんなものが始まる前に入舎できて。

 いや、俺は天下りだからいいのか。

 というわけで、アレスト興業舎では課題図書として絵本を購入したんだけどね。

 でもあまりにも高価なので、ある日会議で「うちでも作ったらどうか」と提案したところ、例によってあっという間に「出版班」が立ち上がり、また人が増えた。

 著作権が心配だったけど、権利者は地球にいてこっちまでは追いかけてこないだろうということで、俺が覚えているストーリーを適当に語ったら大受け。

 おかげで、地球の名作文学だのラノベだののストーリーをいいかげんに換骨奪胎した絵本がどんどん作られている。

 評判はいい。

 実話を元にした「フクロオオカミ山岳救助隊」は大人気で、青空教室の定番テキストになっているらしい。

 「フランダース市のフクロオオカミ」という話などは、読んだ全員が号泣したほどだ。

 まあ、現実的に考えたら大晦日に修道院の床で寝込んだくらいでフクロオオカミが凍死するはずはないんだけどね。

 ネ○だってモフモフに包まれて安眠だろう。

 でもそれは演出ということで。

 いいのかなあ。

 まあいいか、ということで進めている。

 最初は手書きでやっていたんだけど、ユマ司法官が首を突っ込んできて、許可するから木版印刷しなさいと。

 公共性が高い仕事ということで、ギルドにも手を回してくれて、アレスト興業舎が独占で事業を立ち上げることになってしまった。

 その研究・開発のための班が出来たり、アレスト市で営業している原材料を販売している会社や本の流通業者なんかと提携したり契約したりしなければならず。

 それで金がまた大量に出て行ったり人が大量に入ってきたりして、アレスト興業舎の規模や業務は拡大し続けているのだった。

 俺は何もしてないけどね。

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