24.謁見?
身体中が痛い。
特に股が。
座り込んだら、それでおしまいになってしまいそうだ。
間違いなく、気絶する。
膝が曲げられないので、ミクスさんのそばに立ったまま見ていると、冒険者たちがテキパキと動いていた。
山男さんたちもそれぞれ、フクロオオカミから荷物を下ろしたり、救難物資を積み上げたりしている。
俺なんかいらないじゃん。
「ご苦労様でした」
ロッドさんがピシッとした姿勢で敬礼してくれた。
あ、騎士団の敬礼って、宇宙戦艦○マトの乗組員がやっていた奴に似ているんだよね。
左腕を脇腹から腿にぴったりつけ、右腕を肘で直角に曲げて、腹の上に握り拳を置くという。
最初見たときは、既視感であっけにとられたけど。
まさか、あのアニメを見た『迷い人』が伝えたってことないよね?
偶然だろうな。
「ロッドさんも、ご苦労様でした。
こんな所で一晩過ごされたんですね」
「まあ、私にはハリル【フクロオオカミ】たちがいましたから。
むしろ難民の人たちが危険でした。
子供達だけでもと、ハリルたちの間に挟んで暖めました。
でなければ、何人かは助からなかったかと」
そんなに酷かったのか。
もう真冬だもんな。
ソラージュのこの辺りは冬でもそんなに寒くないそうだけど、さすがに山の上は冷えるだろう。
ちょっと待てよ。
ということは、ロッドさんはフクロオオカミの恩恵にあずかっていないのか?
「何、鍛えていますから大丈夫です。
とはいえ、一刻も早く帰舎したいのも本当ですね」
それはそうだろう。
しかし、2日間着替えてないのにどうしてそんなにさっぱりしていられるんだろうか。
この人も本物の騎士なんだろうなあ。
近衛騎士を譲れば良かった。
「失礼します」
声がかかった。
さっき帝国の元従士長とか名乗った人だ。
名前忘れたけど。
「ハマオル殿、何か?」
ロッドさんが応えてくれた。
そうかハマオルさんか。
この会話が続く間だけでも覚えておかなくては。
「ヤジママコト近衛騎士。
こちらは、帝国レストルテ領領主令嬢のリナ様です」
ハマオルさんの後ろから、女の子が進み出た。
赤毛だ。
その赤い髪の毛を複雑な形に結い上げている。
山の上で遭難してるってのに、呑気だなあ。
顔は細面で、やたらに目が大きい。
美少女顔だけど、おどおどしていながら精一杯突っ張っているのがいただけないな。
庇護欲をそそられるとか、微笑ましいとか思う人もいるだろうけど、あいにく今の俺は自分のことでギリギリだから、誰かを構っている余裕はないんだよ。
美少女といえど、最低限自立していただきたい。
まあ、このリナ様にはハマオルさんがいるらしいから、俺には関係ないか。
「ヤジママコトです。
ヤジマは家名ですので、マコトと呼んで下さい」
いつもの挨拶(違)を出して、それで謁見終わりとか思っていたら、違った。
「リナ・レストルテです。リナと呼ぶことを許します」
うわーっ!
めんどくせえ!
俺、この人嫌いだよ。
美少女だけど。
でも、ここは社交辞令だ。
「リナ様。
何か、お力になれることはありますか」
ないと言えよ。
「あります。
まず、わたくしの配下の者たちに安全と休める場所を。
わたくしについては、その後でよろしい。
一刻も早く」
ケッ。
それが助けを求める態度かよ。
本音が出そうになったので黙っていたら、幸いハマオルさんが割って入ってくれた。
「姫様」
その一言で、リナ様は黙った。
お、結構制御効いているのか?
面倒だから、押しつけてしまおう。
「ロッド正騎士」
「はっ」
「出来るだけ、便宜を図って下さい。
もちろん、難民の救助が最優先です」
「了解しました!」
ロッドさんは駆けだした!
上手い逃げだ。
ロッドさん、乗るね。
何というか、アレスト興業舎の人ってみんな打てば響くようにノリがいいよね。
そういう人たちだから、飛ばされてきたのかもしれない。
ある意味、異端者の集まりだからな。
「リナ様には、安んじてお待ち下さるよう」
最後にリナ様に一礼して、俺はミクスさんに話しかけた。
謁見終わり。
ミクスさんも心得たもので、短く吼えてフクロオオカミ達を集めた。
「よろしいんですか?」
「いいんですよ。
ああいう本質的に無意味な言葉を聞いていても仕方がないので」
そろそろ身体も回復してきたし、股擦れの痛みも落ち着いてきたから、歩いてもいいか。
でも、もう当分の間はフクロオオカミに乗る気にはなれないなあ。
帰りは歩こう。
わざと背中を向けていたら、リナ様はしばらく何か言いたそうにしていたが、そのうちに去っていく気配がした。
もう近寄ってくるなよ。
「ヤジママコト近衛騎士」
冒険者の人が話しかけてきた。
見ると、中年の頑丈そうな人だ。
でも腰が引けている。
それはそうか。ミクスさんを初めとして、フクロオオカミ達が周り中にそびえ立っているんだもんなあ。
俺なんかはすっかり慣れたけど、初見だと恐怖しか感じないだろう。
「何でしょうか」
冒険者の人は、それでもプロだった。
すぐに冷静になると、話し始めた。
でも直立不動の姿勢だったけど。
「出来るだけ早く、第一陣を送り出したいのですが。
まず、子供達とその保護者、衰弱している人を我々が背負い、歩ける人はエスコートして山を下ります。
フクロオオカミについては、半数は残っていただきたい。
どうも、暖なしでは今夜を越せそうにない人がいるようですので」
そうだな。
テントとか寝袋みたいなものも持ってきたけど、圧倒的に数が足りてない。
ざっと数えたら、四分の一くらいは子供なんだよ。残りは女性だ。
男は半数にも満たない。
どういう難民なんだろう。
ていうか、よくこの構成で山脈越えなんかやろうとしたものだ。
「子供達の内、衰弱が激しい者を優先して下ろしたいのですが、歩けない者も多く、我々が背負うだけでは数が足りません。
聞けば、フクロオオカミが子供を背負うための用具があるとか」
「そうですね。それを使いましょう」
さすが警備班の何とかいう人。
先見の明があるなあ。
早速、背負い袋が役に立つとは。
警備班のフクロオオカミたちも本望だろう。
「それが、ですね」
冒険者の人は、言いにくそうだった。
「親たちが拒否しているのです。
フクロオオカミに子供を預けるのは嫌だと」
「ああ、なるほど。判りました」
当然だよね。
怖いもん。
俺は、ミクスさんにちょっと注目させて、と頼んだ。
突然、ミクスさんが吼えた。
「ちゅうもくーーっ!」
というような声が響き渡る。
もちろん、魔素の効果が及ばない場所では単なる吠え声だが、それでも凄い咆吼だからね。
見渡す限りの全員、凍り付いたように動きを止めてこっちを見ている。
「子供のいる人は、集まって下さい!」
俺の言葉も、魔素の有効範囲外では単なる音だけど、幸いあの何とかいう帝国の元従士長の人が気がついて、人を走らせてくれた。
5分ほどで、不安そうな顔をした親たちが俺の前に並んだ。
全員、子供達を抱きしめている。
俺の後ろにはミクスさんを先頭にフクロオオカミたちがひしめいているから、みんな引きつった顔つきだ。
めんどくさいなあ。
一気にやるか。
「フクロオオカミ!
伏せ!」
「了解ッス!
マコトの兄貴!」
ドォォンという重低音および地響きと供に、フクロオオカミが一斉に伏せた。
埃が舞い上がる。
それはいいんだが。
いつの間にか、俺の名前から「さん」が抜けているぞ。
まあいい。
俺は、難民の皆さんに話しかけた。
「このように、フクロオオカミは私の部下です。
私が命じない限り、何もしません。
命じれば、子供を背負って山を下ります。
皆さんは、安心して子供さんを預けて下さい。
私が安全を保証します」
言い切った。
空手形だけどね。
「……騎士様のお約束だ!」
「みんな、従おう!」
あの何とかいう元従士長の人が叫んでくれて、どうやらみんなしぶしぶだけど、納得してくれたらしい。
権威に弱いのは日本人と同じだな。
やっぱ、政治はハッタリだよね。
「お見事です。ヤジママコト近衛騎士」
ロッドさん、それは止めて!




