22.仕掛け?
聞き違いだよね?
「違います。
先方は、はっきりとアレスト興業舎のヤジママコトさんを指名してきました」
「有り得ませんよ。
私は帝国に何の接点もありませんし、そもそもなぜそのリーダーが私の名を知っているんでしょう」
「それは、直接お聞きになられたらよろしいでしょう。
現在、戻ってきたフクロオオカミが食事と休息を取っています。
彼らの準備ができ次第、同行して下さい」
冗談じゃない。
この山脈の天辺まで登れというのか?
無理。
何としても、断らねば。
「大丈夫です。
三番長老のミクスさんなら、ヤジママコト舎長代理を載せて登れます。
実際、ロッド正騎士はそうやって登ったわけですから」
「それは、ロッドさんが騎乗の名手だからでしょう。
私には馬術の心得はありません」
「それについては、護衛班で開発した補助具があります」
マッチョが口を挟んできた。
余計な事を言うなよ!
「補助具ですか?」
「はい。フクロオオカミの人命救助用に試作したもので、病人や消耗した人を入れて肩に縛り付けます。
成人男性なら一人、子供なら2人を収納できます」
荷物扱いかよ!
そんなのは嫌だ。
仕方がないな。
「判りました。
とりあえず、普通の乗り方で頑張ってみます。
もっとも念のために、その収容袋も用意して下さい」
鞍で駄目だったら使わせて貰おう。
あれ?
俺、行く気になってる?
まあ、断れないしな(泣)。
恨みを込めてユマ閣下を見ると、ニコッと笑い返された。
駄目だ。勝てない。
これが俺のご主人様。
誰が忠誠なんか尽くしてやるものか!
肩を落としてホトウさんたちのテントに戻ると、誰もいなかった。
みんな色々やることがあるんだろうなあ。
そのままぼーっとしていたら、声がかかった。
「マコトさん、ここにいらしたんですか」
俺の秘書が立っていた。
「ソラルちゃん。どうしてここに?」
「追加の資材と救援物資を運ぶ馬車に便乗して来ました。
実はですね。マコトさん達が出発した後、教団から使いが来まして」
そう良いながら、背負っていたバッグを外して中身を取り出す。
「これは?」
「教団のラヤ僧正様から、是非着けて欲しいという伝言と供に渡されたんですが。
絶対に必要になるから、と」
包みを開けると、それは布だった。
広げると、鮮やかな蒼が踊った。
「マントか」
「教団のマントですね。
それも、僧正様が儀式の時につけるものです」
そういえば、フクロオオカミとの協定式の時に、僧正様がこういうのを纏っていたような記憶があるな。
あの時はハスィー様に意識が吸い取られていたので、よく覚えてないけど。
スウォークは人間より小さいので、そのマントも俺から見たらケープのちょっと長い奴にしか思えなかった。
それでもかなり高価なものだということは判る。
ハンパなく複雑な紋章が刺繍されているんだよ。
しかも全体は蒼で染め抜かれている。
アレを思い出すな。
碧き衣を纏って金色の平原に降り立つ奴。
アニメも観たけど、漫画の方が面白かったな。
馬鹿馬鹿しい。
「その他には何か?」
「何も言われませんでした。
とにかく、急いでマコトさんに渡すように、と」
これを着けろということか?
ひょっとして、アレか?
これ、ラヤ僧正様の仕込みなのか?
何てこった。
「マコトさん?」
「いや、何でもない。
とにかくありがとう。
多分、助かったよ」
畜生、みんなして俺を何だと思っているんだろう。
使い勝手のいい、便利な道具か?
そんなところだろうな。
まったく腹が立つ。
いっそバックレてやろうか。
不思議そうなソラルちゃんを伴って司法官の馬車に向かうと、正面からこっちに近づいてくる人がいた。
ノール司法補佐官。
いや、この場合はノール近衛騎士と言った方がいいのか。
ノールさんは、手に真っ赤な布を持っている。
あれ知っているぞ。
昨日、馬車の中でユマ殿下に教えて貰った。
近衛騎士の印だ。
あの布を身体のどこかに着けることで、ソラージュの近衛騎士爵位の証とするらしい。
公式の場では必須だそうだ。
ユマ殿下は、俺のものが出来次第、送ってくれると言っていたけど、欲しくないなあ。
貰ったら箪笥の奥にしまい込んで忘れてしまおうと思っていたのに。
「ヤジママコト近衛騎士」
「はい」
ソラルちゃんが、驚いて俺を見ている。
君は、昨日の茶番を知らないからね。
そう、俺はユマ殿下のオモチャに成り下がったんだよ。
「これを渡しておく。
私のものだが、出来れば後で返して欲しい。
もちろん、事情があってそれが不可能な場合は、捨て置いても吝かではない」
「ありがとうございます」
この状況で、それ以外に何を言えるというのか。
「先方は、どうやらソラージュの司法当局に何か含む所がありそうだ。
従って、ヤジママコト近衛騎士は司法官との関係を公にしない方がいいだろう。
司法騎士の資格は、私からユマ閣下に申し上げて解除して頂くことになった」
ありがたい!
近衛騎士は自由だけど、司法騎士ってモロに司法官の部下だもんね。
命令されたら法的に逆らえないんだよ。
「ちなみに、司法騎士の任官も本人の意志が優先される。
次からは、断ることだな」
ノール司法補佐官が、かすかに笑っているのが判った。
本当にありがとうございます!
理想の上司といっていいと思います。
俺、ノールさんの部下で幸せでした。
もう二度と部下になるつもりはありませんが。
「それから」
ノールさんは、声を落とした。
「君には色々と無茶振りをしたが、どうかユマ殿下を嫌いにならないで頂きたい。
悪い方ではないのは、判ってくれていると思う。
だがユマ殿下は、その、目的を達成するためには使えるものは何でも利用しようとする癖があって」
無茶振りしているという自覚はあるんだ。
いや、ノールさんが思っているだけかも。
ていうか、それ全然弁護になってませんから!
でも心配いらないですよ。
俺、何かユマ殿下って嫌いになれないんです。
話しているとなぜか落ち着くし。
「大丈夫です。
今後とも、ご指導よろしくお願いいたします」
「いや。
君と私は同じララネル公爵家の近衛騎士だ。
同格だよ。
私こそ、よろしく頼む」
ノールさんは、最後に右腕を胸に当てる騎士の礼をして去っていった。
カッコいいなあ。
俺も練習するか。
それにしても同格って。
無理。
俺なんか、一生修行してもノールさんみたいにはなれませんって。
「マコトさん、近衛騎士って」
「……色々あったんだよ」
まだ終わってないしね。
むしろこれから?




