21.指名?
山脈の山裾に着いた時には、もう辺りは暗くなっていた。
郵便班のセラムさんが二頭の馬と供に待機していたので、その場所に急いでキャンプを施設する。
みんなが慌ただしくテントを張ったり資材を馬車から降ろしたりしている間も、俺とユマ殿下は馬車の中でぼおっとしていた。
お互い、こういう時は何の役にも立たないのだ。
ユマ殿下は、何か作業を手伝おうとしても邪魔になるばかりだし、それ以前に貴顕が汚れ仕事をするのをノール近衛騎士が許さないだろう。
俺は別に汚れ仕事は平気なんだけど、こういった作業については何も知らないので、現場に出てもやっぱり邪魔になるだけなのは判っているし。
実はシルさんに手伝えることはないか、と聞いてみたのだが、近衛騎士が下働きするもんじゃない、と撥ねつけられた。
自分は帝国皇女なのに、いいのだろうか。
ともあれ、そういうわけでユマ殿下と俺は呑気にお茶なんかを啜っている。
プライベートタイムだから、殿下でいいだろう。
「こういう時は、本当に虚しくなりますね」
ユマ殿下がしみじみと言った。
「こういう時とは?」
「身体を使った共同作業をみんなでやるときです。
『学校』でも、野外生活訓練と称して数日間テントで生活する科目があったのですが、私はいつも荷物番でした」
それはそれは。
『学校』って楽しそうだな。
じゃなくて、その頃からユマ殿下はハブられていたのか。
「酷いと思いませんか?
王太子殿下ですら、薪集めや水汲みをしていらっしゃるのに、私は現場に出入り禁止ですよ。
それはまあ、何をやっても上手く出来ないどころか、かえって作業を遅らせるばかりだったんですけれど」
ラノベにもいるよね。
ドジキャラって奴?
でも、これほど頭が良くて機転も利いて度胸もあるという特性は普通、ドジと一緒には備わっていないもんだが。
「それでも単位は取れたんでしょう?」
「野外生活を体験してみましょうというような科目でしたから、別に試験に合格する必要はありませんでした。
実習に参加すれば良いので。
評価は最低でしたが、単位は取れましたよ。
『邪魔しなかった』というのが合格理由だったそうです」
酷い話だ(笑)。
でも、ユマ姫様はいくつかの分野では無敵だっただろうし、それがなくたって公爵家の令嬢なんだしな。
あまり多くを望んでは罰が当たるというものだ。
そんな風に愚痴を言い合いながら二人でダベっていると、準備が出来たらしくノール近衛騎士、じゃなくてノール司法補佐官が呼びに来た。
ユマ姫殿下、じゃなくてこの場合はユマ司法官閣下と俺は、急遽しつらえたらしいテントの中のテーブルに着く。
ユマ司法官閣下がみんなにちょっと挨拶して、夕食が始まった。
辺りはもうすっかり暗くなっていて、テントから離れた所で盛大なキャンプファイヤーが燃えている。
帰還するフクロオオカミの目印になるのだそうだ。
そういえば、フクロオオカミ達はまだ誰も帰って来ていないみたいだ。
俺は、現場のことはまったく判らないからなあ。
あ、ちなみに俺の近衛騎士というのは役職名じゃなくて身分だから、別に騎士の技能が必要なわけではないらしい。
というのは、例えば政治的に重要な貴族の補佐役や、すぐれた技能を有する学者・芸術家などを近衛騎士に叙任する場合があるからで、そんな人たちが騎士になれるはずがない。
騎士というからには馬術とか剣とかやらされるのかと思ったが、全然そういうものは必須ではないそうである。
良かった。
飯の後、ユマ閣下は少し疲れたということで、馬車に戻った。
あの馬車の座席は、組み替えると簡易ベッドになるらしい。
いやいや!
さすがに俺は入れて貰えないよ!
ということで、俺は『ハヤブサ』の人たちの所に行って、キャンプファイヤーを囲んで夜中まで色々話したりして時間を潰した。
みんな、近衛騎士の件については触れてこなくてほっとした。
仲間っていいよね。
俺が冒険者の仲間かどうかは別にして。
翌朝、堅い地面に負けた身体があちこち文句を言うのを尻目にテントから這い出すと、キャンプには数頭【人】のフクロオオカミの姿があった。
夜中に帰って来たらしい。
ツォルの奴が「マコトさんの兄貴!」とか吼えながら飛びかかってきたので、熟練の技でかわす。
奴の再度のチャレンジは、いつもの通りナムスが身体を張って止めてくれた。
彼女には特別ボーナスの追加だ!
騎士団だかアレスト興業舎だかの人たちが用意した朝飯を食っていると、遅れて帰ってきたフクロオオカミが次々に現れて、辺りは賑やかになってきた。
どうでもいいけど、何でフクロオオカミは全員が一度俺の所に来て「今戻りました! マコトさんの兄貴!」とか吼えるのか。
君たちの上司は、別の人だろう。
あ、ロッドさんは山に登ったままか。
それにしても、シルさんとか警備班の何といったかの人だっているだろうに。
「マコトがここでは連中の一番上の上司だからな。
目上の者への挨拶の重要性を仕込んだのは、マコトだと聞いたぞ?」
そういうこともありましたね。
因果応報という奴か。
寄ってきて挨拶を吼えるフクロオオカミに返礼して飯に追いやっている内に日が高く昇ったが、キャンプには動きがなかった。
ユマ閣下とノール司法補佐官たちは、テントに籠もって会議中だ。
どうも、報告が芳しくないらしい。
これは来るな、と怯えていたら、案の定呼び出しが来た。
「ヤジママコト司法騎士。
ユマ・ララネル司法官閣下から、出頭していただきたいとのご伝言です」
つまり、司法官から司法騎士への命令ということね。
これは断れない。
「まあ、大丈夫だろう。私がついていってやる」
ありがとうございます。シルさん。
ホントにもう、俺はあなただけが頼りです。
ちなみに、現場での暴力沙汰の場合はホトウさんを頼ることになっている。
事務仕事ならラナエ嬢、ギルド相手ならハスィー様がいる。
細々した事ならジェイル君ね。
俺は大丈夫だ。
誰かを頼れる限り、俺は無敵だ。
司法官のテントに入ると、ユマ閣下とノール司法官の他に、郵便班のセラムさんや護衛班の何とかいうマッチョの人がいた。
あまり話したことはないけど、セラムさんも結構美人なんだよね。
ロッドさんと並ぶとイケメンと美人で騎士団の募集ポスターが出来そうだ。
マッチョの方は知らん。
「よく来て下さいました、ヤジママコト司法騎士」
ユマ閣下が切り出す。
いや、その肩書きで呼ばれたら、来るしかないでしょう。
職務上、断れないんだから。
せめて近衛騎士とか、あるいはアレスト興業舎舎長代理と呼ばれたら抵抗できたんだけど。
もっとも近衛騎士だから自由にして良い、なんていうのは戯れ言だけどね。
俺個人ならともかく、アレスト興業舎の看板背負っているからな。
「何か、ありましたでしょうか」
「その前に、状況を説明させて頂きます。
セラム・サラニア正騎士」
「これまでに判明したことをご報告させて頂きます」
セラムさんの声もいいなあ。
低音で、少し甘いかんじなのだ。
ゾクゾクする。
いや、関係ないけど。
セラムさんが、メモらしい紙切れを見ながら言った。
「ロッド正騎士が難民集団を確認しました。
合計127名、怪我人や衰弱した者多数、女子供が大半です」
大変じゃないか。
最悪の予想が当たったのか。
いや、帝国の奇襲部隊でなかっただけマシか。
「難民は、大半が帝国ロームレタ州レストルテ領アインツビルという村の出身です。
残りはどうも教団の者たちらしく、レストルテ領の警備隊に追われて国境を越えたそうです。
ただし、公にはされていないと」
「非公式に、ですか」
「つまり、手配などはされていないということです。
従って、帝国軍は今のところ動いてはいません」
「警備隊と帝国軍って、違うのでしょうか」
俺の間抜けな質問にも、ユマ閣下は丁寧に答えてくれた。
「帝国軍は国の軍隊ですが、警備隊はその領地限定の警察だと思って下さい。
要するに、国家レベルではなく地方領主レベルで問題になっているということです」
「となると、国境を越えればもう大丈夫と?」
「そうですね。領主も問題を公にしたくないのでしょう。
今のところ、帝国から犯罪者を返せというような要求は来てしませんので、おそらく地方領主と何かあったのかと」
政治は判らん。
でもまあ、とりあえず困っている人たちがいて、別に帝国から取り返しに来るというような事態ではないのは判った。
だったら簡単だな。
助ければいいだけだ。
「ロッド正騎士は、こちらの身分を明かして助力を申し出たそうですが、救命物資は受け入れたものの、難民達のリーダーが下山を拒否しているそうです。
というよりは、特定の人物になら従うが、ソラージュの司法当局に引き渡されることは断ると」
何だそりゃ?
死にかかっているのに、随分強気だな。
まあいい。
だったら、その人物とやらを山に連れて行けばいいだけだ。
「その通りです。
しかも幸いなことに、指名された人物は現在このキャンプに居ます」
「それは良かった。ではすぐに行かせましょう。
難民の状況は、予断を許さないようですから」
俺に関係がないことなら、いくらでも言ってやる。
呼ばれたんなら、山くらい登ってこい。
俺の言葉に、ユマ閣下はにっこりと笑った。
シルさん、なんでそこで吹き出すの?
「そう言って頂けると思っていました。
では早速、準備をお願いします。
先方は、マコトさんをご指名です」
な、なんだってーっ!




