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サラリーマン戦記 ~スローライフで世界征服~  作者: 笛伊豆
第七章 俺の副業は近衛騎士?

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19.貴族?

 いや、俺って根っからの庶民、しかも日本人だからさ。

 そもそも貴族制度とか、その精神とかってよく判らないんだよね。

 もちろんラノベではよく出てくるからそういう知識はあるけど、あれってどこまで信用できるか判らない、ていうか全然信用できないと思った方がいいと思う。

 だって、いきなり異世界に転移した主人公が、多少功績を上げたからといって、その国の貴族に簡単になれると思う?

 俺が理解する所では、王制・貴族制度がある国だと、貴族とそれ以外はまったく違う論理で動くはずだ。

 名誉とか責任とかが命より重視されるのが当たり前で、人命重視の民主国家の市民とは全然違う考え方をする。

 いや、しなければ貴族なんかやってられないだろう。

 ラノベだと、単に偉い人みたいな書き方をされているのがほとんどだけど、違うと思うんだよね。

 だから、貴族は自分たちの仲間に入ってくる奴は徹底的に吟味することになる。

 だってまるで異質の集団の一員が、自分たちの集団に入ってきて、権利と義務を行使することになるんだから。

 日本は、移民がひどく難しいと聞いたことがある。それは、同質の文化集団に別の文化を持つ者が加わることを警戒しているからじゃないのか?

 それと同じだと、俺は考えているんだけど。

 そういうことを話すと、ユマ閣下は頷いた。

「それは正しい考え方ですね。

 ソラージュを含めて、この世界の貴族は保守的です。当然、自分たちの文化を守るために、異質なものは排除しようとします。

 でも、同時に異質なものを排除し続けるだけでは、いつか衰退することも理解しています」

「それはそうですね。

 だから、叙任という制度があると?」

「はい。でもそれはとりあえず置いて、騎士団の騎士についてご説明しましょうか」

 ユマ閣下は、熱い飲み物を一口含んだ。

 そういえば、この方は司法官だったっけ。

 専門家なんだよな。

「ソラージュ王国で一般的に『騎士』とされているのは、騎士団に所属する正騎士以上の位階の者です。

 この場合の『騎士』は騎士団組織内の一定以上の階級にある者のことで、これは貴族ではありません。

 しかし、対外的にはこれらの騎士が準貴族として扱われます」

「どうしてでしょうか」

「ソラージュにおける身分は、大きく分けて王/貴族階級と平民の2つになりますが、平民の統治を行う者が貴族ということになっています。

 ですが、貴族階級の者は平民に比べて数があまりにも少なく、また直接統治する以外の仕事が多すぎて、現実的ではありません。

 従って、平民の中から選抜した者を騎士と名付け、準貴族として扱うことで、平民階級の上に置いているわけです」

 なるほど。

 地球でも、最初はそうだったんじゃなかったっけ。

 ラノベの知識だけど、騎士という爵位は基本的には一代限りで、つまり世襲は出来ないことになっていたと思う。

 貴族というものは世襲してこそだから、つまり騎士は貴族じゃないんだよね。

 でも平民でもないから、その間にいる階級というわけだ。

 こっちでは、それを騎士団という組織にまとめてしまったんだろうな。

 地球だと、貴族の私兵としての騎士がいたけど、こっちではそれは騎士ではないと。

 ……ああ、そういうことか。

「お気づきになりましたか?」

「はい。だから、近衛騎士は貴族なんですね」

「その通りです。貴族は私兵を持つことを禁じられていますが、それでも護衛役は必要になります。

 これを近衛騎士としてそばに置くことで対応するわけですが、護衛である以上、貴族と同席したり、もっと言えば同様の環境で生活しなければなりません。

 そうでなければ護衛の役が果たせませんから。

 ということで、近衛騎士は貴族として位置づけられたわけです。

 ただし、近衛騎士も騎士ですから、世襲は出来ません」

 やっぱり騎士なのか。

 つまりあれだな。

 あまりいい例じゃないけど、俺がギルドに雇われたケースと似ている。

 普通の人が、ギルドの下っ端から始めて昇進していって上級職になるのが騎士団の正騎士としたら、俺みたいにある日突然偉い人に任命されて上級職の立場につくのが近衛騎士だ。

 外から見たら同じギルドの職員なんだけど、なり方が違う。

 正騎士は色々修行したり試験を受けたりしなくてはならないけど、近衛騎士は偉い人に認められればなれるわけか。

 もちろん、対外的に納得できるだけの実績その他が必要だけど。

「でも、それは不公平という気もしますね」

「はい?」

 ユマ閣下が首を傾げる。

「公爵以上の者なら、いくらでも近衛騎士を任命できるわけでしょう。だったら、無能だろうが犯罪者だろうが、依怙贔屓して近衛騎士にしてしまえば、その者は貴族になれてしまうのでは」

 自分の身内で、出来の悪い奴を近衛騎士にしてしまえるのなら、ラノベ的に馬鹿貴族が量産されてしまうのではないか。

「近衛騎士は、自由であると申しましたよ?

 自分を叙任した者に対する忠誠すら要求されません。

 何をしてもいいのです。

 従って、近衛騎士を叙任した者には大変な責任が生じます」

「責任ですか」

「はい。近衛騎士が何かを成した場合、それは叙任した者の責任となります。

 例えばマコトさんが何か犯罪を犯したとすると、それは私が行ったと同等の責任を負うわけです」

 だから、悪いことはしないで下さいね、とユマ閣下はにっこり笑って言った。

 ちょっと待って!

 そんなに凄いことなの?

 それって、ユマ閣下は俺に生権与奪の権利を与えたも同然じゃないか!

 俺が衝撃を受けて黙り込んでいると、ユマ閣下は澄ましてどこからか取り出したお茶菓子を口に入れた。

 カリッと噛む音がして、喉に詰まったのかユマ閣下が慌ててお茶を飲む。

 馬車がガタゴトと走る音だけが響いた。

 参った。

 何か仕掛けがあるとは思っていたけど。

 これがユマ閣下の捨て身の攻撃か。

 ロッドさんが、お祝いの言葉を言ったわけだ。

 近衛騎士になるって、大変な事なんだよな。

 平民が貴族になるのだ。

 いや、それは別にしても、近衛騎士の叙任には大きな問題がある。

 だって、もし俺がユマ閣下を破滅させようと思ったら、ある意味簡単なんだよ。

 自爆覚悟ではあるけど、何かでかい犯罪を犯せばいい。

 その上で逃げてしまえば、その罪は全部ユマ閣下にかかってくる。

 従って、ユマ閣下は俺がそんなことをしない、という事に賭けたことになる。

 知り合ってまだ数日なのになあ。

 俺のどこを見て、そんなにまで信用するのか。

 これって、ほとんど知らない人の借金の保証人になるのと同じだぞ。

「……お聞きしますけど」

「はい」

「俺の近衛騎士の解任は、とりあえずはないわけですね?」

「今のところ、そうすべき理由が見つかりませんね。

 というより私は一生、マコトさんの近衛騎士解任はしないつもりです」

 駄目だ。

 この人、とんでもない傑物だ。

 馬鹿なのかもしれないけど。

「ああ、そういえば注意しておかなければならないことがありました」

 この上、何を要求するのか。

「マコトさんはもう貴族なのですから、出来るだけ早く最低限の宮廷作法を覚えて下さい。

 そんなに難しいものではありません。

 ラナエ辺りに習えば、マコトさんならすぐに覚えられますよ」

「理由をお聞きしても?」

「これまでは、マコトさんは貴族とのお付き合いはほとんど無かったと思います。

 だから貴族の作法を知らなくても何とかなってきたわけですが、今後は違います。

 マコトさん自身が貴族なのですから、そういう場に身を置いた時に、作法がなっていないと恥をかくことになります」

 そんなの気にしませんけど、と言う前に、ユマ閣下は悪戯っぽく笑いながら続けた。

「マコトさんの恥は、私の恥です。

 ララネル公爵家は、作法もろくにわかっていない者を近衛騎士にした、と噂されることになります。

 ご自重下さいな」

 知るか!

 と言えない俺のヘタレも、この人は判っているんだろうなあ。

 でも、俺は今までもハスィー様やラナエ嬢、シルさんといった貴顕と普通に付き合ってきたけど、貴族の作法がどうのという話はまったく出なかったんですけど?

 ユマ閣下は、真面目な顔になった。

「マコトさん。

 まだお判りになっておられないようですので、ここではっきりと言わせていただきます」

 何でしょう?

 ユマ閣下は指を折りながら話す。

「マコトさんが直接知っておられる貴族出身の者は、私以外には確かハスィー・アレスト、ラナエ・ミクファール、それから男爵家の三男であるナムルキア・ロッドくらいでしょうか。

 シルレラは少し特殊ですので省くとして」

 そうですね。

「マコトさんは誤解しておられるようですが、今あげた者は全員、貴族ではありません」

「?」

「もちろん平民とも言えませんが、正確には『貴族家出身の者』というだけで、爵位や位階を持っているわけではないのです。

 従って、近衛騎士という紛れもない騎士爵位を持つマコトさんは、現時点ではその誰よりも身分が高いのですよ」

 パネェ。

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