18.救援隊?
俺が唖然としている間にも、みんなは動いていた。
まず、ノール司法補佐官が号令をかけて主だった者を集め、手早く指示する。
すでに用意してあったらしく、ロッドさんは敬礼してから馬に飛び乗った。
郵便班のセラムさんが並び、その後ろにミクス三番長老を先頭にフクロオオカミの群が続く。
フクロオオカミ達は、全員が何かを背負っていた。
ロッドさんが片手を上げ、振り下ろすと同時に全員が飛び出す。
先行部隊はみるみるうちに山脈に向けて遠ざかっていった。
「先ほどご説明した通り、フクロオオカミ部隊は救援物資を持って山脈を踏破します。
ロッド正騎士はミクス三番長老に騎乗して難民の元に赴き、救援物資を渡すと同時に情報を収集し、状況把握に努めます。
もちろん、その前に難民に対してソラージュからの援助を申し入れますが」
ユマ閣下が俺の隣に立っていた。
俺の上司でご主人様ってか。
パネェな。
「危険はないのでしょうか」
「フクロオオカミをバックにつけたロッド正騎士に敵対できる人がいたら、見てみたいものです」
やっぱこの人、軍事的な視点が抜けないなあ。
でもまあ、言っていることは正しい。
フクロオオカミの群が現れたら、普通の人はもちろん軍人でも、戦おうとする人がどれくらいいるか。
パニックにならなければいいけど。
「そういえば、セラムさんも一緒に行きましたね」
「連絡係です。ロッド正騎士は山裾からミクスさんに乗って山脈を登りますが、セラム正騎士はその場に待機して、情報の中継地点を確保します。
フクロオオカミの大半は、難民に救援物資を渡した後は山を下って戻ってきますから、その確認と情報のまとめですね」
自分がそれを考えたのか、あるいはノール司法補佐官から作戦内容を聞いているのか、ユマ閣下はすらすらと言った。
ホント凄いわ。
司法官だけではなくて、司令官も出来そうだな。
だからアレスト市に派遣されたんだろうけど。
俺は、ふと思いついて言った。
「難民が山から下りてくるのに、どれくらいかかるでしょうか」
「そうですね。
はっきりと言えませんが、早くて明日になるでしょう。
フクロオオカミの報告では、歩けなくなっている方もいるようですから、その方たちを下ろすには最低でも数日はかかります」
「でしたら、もういっそベースキャンプを山裾に置いたらいかがでしょうか。
病人や怪我人、そうでなくても体力を消耗しきった状態の人たちは、その場で休ませて治療しましょう」
「はい?」
「ですから、野戦病院を作るんですよ。
医者や薬剤師をそこまで呼び寄せて、その場で休息したり、回復するまで落ち着ける場所を作ってしまいましょう」
ユマ閣下は、考え込んだ。
「それは……少し、騎士団の手に余りますね」
「そういう仕事はアレスト興業舎がやります。
私は司法騎士で、司法官閣下の部下なんでしょう?
だから、命令して下さい」
もちろん、費用は頂きますけどね、と俺は口に出さずに思った。
いやー、商売ですから。
ユマ閣下、きょとんと俺を見つめてから、いきなり吹き出した。
口を押さえて笑い続ける。
そんな可笑しいか?
「……申し訳ありません。そうですか、それがマコトさんなんですね。
わかりました。
ノール!」
ユマ閣下が呼ぶと、すぐにノール司法補佐官が大股で歩いてくる。
ユマ閣下の忠実な配下。
マジで、この人は近衛騎士なんだろうな。
やっぱノールさんがいれば、俺なんか全然必要ないじゃないか。
早く解除して貰わないと。
ユマ閣下はノール司法補佐官と打ち合わせてから、改めて俺に「命令」した。
俺が提案した野戦病院および難民援助体制を、火急速やかに構築せよ。
これは司法官から司法騎士への命令で、その命令をどう実行するかは司法騎士に任されるそうだ。
だから俺は、アレスト興業舎舎長代理の権限で、シル事業部長に「命令」した。
やっておしまい!(違)
じゃなくて、仕事として引き受けるように言っただけだ。
それだけで、シルさんは動いた。
いいよね、経営者って。
命令するだけだからね。
もちろん、責任はとるんだけど。
でも、今の俺は司法官配下の司法騎士だから、仕事の発注権限があるのだ。
で、アレスト興業舎の舎長代理として仕事の受注権限もある。
いいのかなあ。
今の俺って、官民の癒着なんてもんじゃないぞ。
儲け放題だ。
普通は、公務員に採用されたら民間団体は辞職しなければならないんじゃないのか。
ユマ閣下に聞いてみたが、しなくていいらしい。
司法騎士は役職というよりは立場だし、何重にも監査が入るから大丈夫だと。
その代わり、もし不正をやったことがバレたら厳罰らしい。
いや、俺はそんなアコギなことはしませんから。
そもそも、仕事の受注価格や経費は俺には五里霧中だからな。
その辺りは、ラナエ事務部長にお任せだ。
いやー、ホント経営者って楽だよね!(違)
シルさんの手配で、早速伝令が放たれ、アレスト興業舎に向かった。
一方の俺たちは、荷物をまとめて山脈に向かう。
山脈の麓では、セラムさんが待っているはずだから、そこに本格的なキャンプ、いやもうこの場合は臨時の基地を作ってしまおうというのだ。
その装備や資材はこれから取り寄せるわけで、かなり時間がかかるだろうけど、今持ってきているものだけでもある程度の設備は構築可能だ。
もっとも、下手すると迷走する帝国反乱軍と対峙する可能性もあったので、難民救済には使えなさそうな装備も多いんだけどね。
「もちろん、すべて持って行きます。まだ、本当に難民だけだと決まったわけではありませんから」
ユマ閣下、さすがですね。
軍司令官って、そこまで考えるのか。
有りそうにもないけど、フクロオオカミが騙された可能性もある。
難民を装った帝国の奇襲部隊かもしれない。
その時は、拠点防衛に努めつつ、伝令を走らせて援軍を待つそうだ。
俺には思いも寄らないことだなあ。
ラノベだと、そこまで広範囲に可能性を検討したりしないからな。
大抵のラノベって、敵の指揮官が馬鹿か、硬直した思考の持ち主で、寡兵の主人公にあっさり負けるんだよね。
または主人公のチートにやられるか。
そうしないと話が進まないのは判るけど。
ラノベってページ数が少ないから、あまりゴチャゴチャした状況は好まれないのだ。
そんなのいちいち書いていたら、果てしなく文字数を浪費して本が厚くなるし。
それはいいとしても、あまりに厚くなると売上げが落ちる。
読者は、そんなに複雑でめんどくさい話は求めてないからね。
でもリアルは違う。
果てしなくめんどくさいのだ。
「マコトさん、そろそろ馬車に戻っていただけませんか?
今後の事についてご相談したいので」
ユマ閣下が言うので、俺は従うことにした。
いや、そろそろ歩くのがしんどくなってきたので。
シルさんに話してから、再び馬車に乗り込む。
ユマ閣下には色々やられたし、今もやられている最中だけど、なんか楽しくなってきたからいいのだ。
だって、事実上俺は何の被害も被っていないからね。
手続き上必要だというのなら、近衛騎士だろうが司法騎士だろうが、なってやろうじゃないか。
そんなの、所詮はお貴族様にしか通用しない虚構だろうし。
「それは違います」
ユマ閣下が言った。
司法官の馬車は、あいかわらず広くて向かい合って座っていても、かなり余裕がある。
しかも、どうやったのか暖かい飲み物も用意されていて、俺とユマ閣下はそれぞれコップを啜っていた。
これはありがたい。
で、何が違うって?
「司法騎士は、司法官が自己の権限で採用できる役職です。
騎士資格以上を持つ者なら誰でも任命できますし、誰を任命するかは司法官の裁量に任させています。
もちろん、責任は司法官がとりますが」
「それは判ります。でも、ロッドさんから聞いた所では、騎士は騎士団に入団して試験に受かれば任命されるのでは」
つまり国家公務員ということだな。
そんなの、貴族でも何でもないだろう。
東大出て公務員上級職試験に受かっても、身分が変わるわけではないのと一緒だ。
キャリアといっても、それは所属する組織内だけでのことで、関係ない人には何の意味もないよね。
「マコトさん、騎士と名はついていますが、騎士団の騎士と近衛騎士は意味が違います。
近衛騎士は、紛れもなく貴族の一員なのですよ」
そうなの?




