17.叙任?
まあいい。
法的解釈のために、俺が近衛騎士などという得体の知れないものにされそうになっていることは判った。
しかし、ユマ閣下にそんな権利があるのか?
そもそも近衛って、王家に仕える騎士の意味じゃないの?
「私は、現時点ではララネル公爵家の名代です。近衛騎士を叙任できるのは陛下、もしくは殿下の敬称を持つ者です。
つまり、今の私は公爵家の名代として殿下を名乗ることが許されていますから、近衛騎士を叙任する権利を持ちます」
無理矢理持ってきたというかんじだが、法的にはおそらく正しいのだろう。
司法官がやっているのだ。間違いない。
くそっ。
追い詰められた。
頼りのシルさんは、なぜかユマ閣下に味方しているし。
しょうがないか。
まあ、法的に必要なだけで、まさかユマ閣下も本当に俺を近衛騎士として使うつもりではあるまい。
俺は別にユマ閣下に忠誠を誓っているわけではないからな。
どっちにしても、ユマ閣下は忠誠を強制できないわけで、これって俺が無視していればそれで済む話なんじゃないか。
俺はロッドさんと違って、経歴に近衛騎士だったことがあると記載されても、別に痛痒は感じないし。
いや、むしろ、ギルドを首になった場合の就活に有利に働くかもしれない。
だって、近衛騎士だよ!
よく判らないけど、凄いじゃないか。
なら、いいか。
まだ罠はありそうだけど、少なくともフクロオオカミやロッドさんには迷惑がかからないだろうし。
「判りました。あくまで難民救出のためですが、近衛騎士の叙任をお受けします。
一時的なもので、ユマ閣下の近衛騎士としてのお役目は果たせませんが、それでよろしいのでしたら」
ユマ閣下がほっとしたように笑った。
何か可愛いぞ。
いや騙されてはイカン。あの笑顔の裏には冷徹な軍師がいると思って間違いない。
「では」
ノール司法補佐官、いやこの場合はノール近衛騎士だったっけ、が重々しく言ってユマ閣下に向き直った。
「ユマ殿下。もう一度確認させていただきます。
殿下はヤジママコトをララネル家近衛騎士として叙任なされますか?」
ララネル公爵家名代だから、今の呼び名はユマ殿下になるのか。
司法官閣下ではなくて、姫殿下というわけだ。
色々肩書きがある人だなあ。
「はい」
ノール近衛騎士は頷いて、ピシッと音がするくらい見事な姿勢になった。
「略式ではあるが、近衛騎士の叙任式を執り行う。
執行役はララネル公爵家近衛騎士、ノール・ユベクト」
え?
ここで始めちゃうの?
いきなり?
こんな荒れ地の真ん中で?
騎士の叙任っていうと、普通は王様が玉座に座り、周囲をずらっと高位の貴族が並んだ状態でやるんじゃなかったっけ?
ああ、略式か。
古い映画で見たことがある。
アーサー王伝説をネタにした騎士物語で、戦場で傷ついた貴族がまだ平民だった主人公を、とりあえず騎士にするために道端で叙任するのだ。
確か、跪かせて剣で両肩を叩くんだったっけ。
まあ映画の話だし、そもそもあれは地球の西洋の儀式だから、こっちのは違うかもしれないけど。
そんなことを考えているうちに、いつの間にかユマ殿下が俺の正面に移動していた。
ノール近衛騎士が、浪々と響く声で歌い上げるように話す。
「近衛騎士の叙任は、王族および公爵以上の高位貴族が執行できる権利である。
略式では見届け役として正騎士以上の騎士位2名、および立会役として授爵者と直接利害関係のない高位貴族1名が必要となる。
叙任者」
「ララネル公爵名代、ユマ・ララネル」
自己申告するみたいだ。
「確認した。
見届騎士は申告を」
「アレスト市騎士団所属、アレスト興業舎出向、ナムルキア・ロッド正騎士」
「見届騎士を兼ねる。
近衛騎士叙任執行役、アレスト市司法補佐官、ララネル公爵家近衛騎士ノール・ユベクト」
ぞわぞわしてきた。
あれ?
もう一人必要なのでは。
高位貴族って、いたっけ。
すると、俺の後ろにいたシルさんが進み出た。
「立会役、ホルム帝国皇女、シルレラ・アライレイ・スミルノ・ホルム」
えええっ!
シルさんって、そんな凄い名前だったの!
じゃなくて。
そうか。
帝国皇女なら、間違いなく高位貴族、じゃなくて皇族だからな。貴族以上の高位だ。
立会役は、別にソラージュの貴族である必要はないわけか。
略式でもこれだけの見届け役や立会役が必要な理由は、やっぱりそんなに簡単にホイホイ近衛騎士なんかを増やせないようにしているからだろうな。
特に、直接利害関係のない高位貴族の列席が必須というのは、よく考えてある。
普通、そんなに都合良く、叙任者の近くに高位貴族が転がっていたりはしないからなあ。
まさか、民間団体の事業部長として働いている帝国の皇女がいたとは、誰も予想できまい。
「ヤジママコト。跪け」
ノールさんの声に、俺は思わず片膝をついてしまった。
両膝じゃないと駄目か? と一瞬慌てたが、別に良かったらしい。
頭を下げていると、ユマ閣下が近寄ってきて、何かで俺の両肩を叩いた。
「ヤジママコト、汝をソラージュ王国ララネル公爵家近衛騎士に任じます」
それだけだった。
地球のより簡単かもしれない。
ていうか、この方法って多分、地球の中世ヨーロッパの誰かが転移してきて伝えた臭いぞ。
貴族制度自体がそうかもしれないけど。
ユマ閣下が下がり、俺は立ち上がった。
「おめでとうございます」
ロッドさんが満面の笑みをたたえて言ってくれたが、あまり嬉しくない。
というよりは、不安だ。
「マコト、良かったじゃないか。これでお前も貴族だぞ」
シルさんが無責任に笑いかけてくる。
いやいや、そんなの有り得ませんから。
そうだ、こうしてはいられない。早く難民救出の手続きを。
俺はノール司法補佐官に向き直った。
「これから何をすればいいのでしょうか。
指示をお願いします」
「……ユマ司法官閣下」
「……はい」
ノールさんは、ちょっと躊躇ってからユマ閣下に声をかけた。
ユマ閣下も少し反応が遅れた。
何なんだ?
目的を忘れたんじゃないだろうな?
俺は、難民を助けるためになりたくもない近衛騎士になったんだぞ?
「失礼しました。
アレスト市司法官の権限で、ヤジママコト近衛騎士を司法騎士に任命します」
それだけでいいのか?
簡単だな。
ユマ閣下が続ける。
「ヤジママコト司法騎士。
ロッド正騎士に難民救出の先行部隊の指揮を命じて下さい」
「了解しました。
ロッド正騎士」
「はっ」
「先行部隊の指揮を命じます。
よろしくお願いいします」
「了解であります!」
ロッドさんは、元気良く復唱した。
ホント、真面目な人だなあ。
まあ正騎士なんだから。
俺みたいな偽物とは訳が違うのは当たり前だ。
ロッドさんは、早速ノール司法補佐官と打ち合わせを始めている。
やれやれ。
この茶番、と言っては失礼だが、これだけのためにめんどくさいことをしたもんだ。
さて、俺の近衛騎士を解除して貰わないと。
「マコト、何考えているのか判るが、多分駄目だと思うぞ」
シルさんが、人の悪そうな笑みを浮かべて言った。
これでこの人、帝国皇女なんだもんなあ。
ラノベでも珍しいぞ、こんなネタを背負っている人って。
いや、それはともかく。
まさか、近衛騎士って一度なったら辞められないとか?
「いや、そんなことはない。叙任した者、もしくはその代理人が任命を取り消せば、近衛騎士を解任できる」
「だったら」
俺はユマ閣下を振り返った。
ユマ閣下はニコニコ笑っていた。
「いや、これは一時的な、作戦遂行のための手続きみたいなものでしょう」
「もちろんです。
ですが、私としてはせっかく叙任した近衛騎士をそう簡単には手放せないということで」
ちょっと待って!
何言っているんだよ、このお姫様は!
つまり、俺の近衛騎士任命を取り消す気はないってこと?
「じゃあ、俺が辞めます。
シルさん、どうすればいいんでしょうか」
「残念だな、マコト。
ソラージュに限らず、貴族は自分から勝手に爵位の返上は出来ないんだ。
申請することはできるが、間違いなく却下される。
近衛騎士は一代爵位だから、誰かに相続させて引退も駄目だ。
ついでに言うと、ユマはララネル家近衛騎士の解任は出来ても、騎士爵位の取り消しは出来ないぞ。
マコトが何かよほど酷いことをしでかさない限りは。
その場合でも、単に処刑されるだけだろうけどな。
貴族の爵位を、そんなに簡単に取り消せるわけがないだろう」
やられた!




