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サラリーマン戦記 ~スローライフで世界征服~  作者: 笛伊豆
第七章 俺の副業は近衛騎士?

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16.近衛騎士?

 今、近衛騎士って言った?

 聞き間違いじゃないよね。

 いや、魔素翻訳は言葉じゃなくてその内容を伝えるんだから、間違えるはずがない。

 俺の脳が、ユマ閣下がおっしゃった言葉を「近衛騎士」と魔素翻訳したわけで。

 つまり、ユマ閣下は本気で俺を騎士にしようとしているということか。

 でも、何で?

 話が繋がってないけど?

「まあ、マコト。

 ユマの話を聞いてやろう」

 シルさんが、俺の肩を叩いてきた。

 ユマ閣下を呼び捨てているが、ノール司法補佐官すら何も言わない。

 つまり、これは私的な場なんだろうな。

 ロッドさんがいるけど。

「続けてよろしいでしょうか?」

「……お願いします」

 ユマ閣下の表情は静かなままだった。

 大したもんだなあ。

 ホント、俺なんかが太刀打ちできる相手じゃないよね。

「唐突に聞こえたと思いますが、説明させて下さい。

 フクロオオカミの先行部隊を指揮するのは騎士でなければなりません。

 これは騎士団の作戦行動だからです。

 指揮官以外の部隊の全員がアレスト興業舎の要員であっても、指揮官が騎士団に所属していれば、それは騎士団の作戦行動と見なされます。

 ここまではよろしいですか?」

「はい」

「ところが、作戦指揮ができる唯一の騎士は、現時点では騎士団の所属を離れ、一時的にアレスト興業舎に所属しています。

 出向している以上、騎士団員としては認められません」

 ああ、なるほど。

 「出向」だからね。

 これは日本の会社でもよくある契約で、ある会社の社員が身分はそのまま、別の会社などに所属する方法だ。

 ただ所属するだけじゃなくて、命令権も出向した会社に移る。

 つまり、元の会社はその社員に命令できなくなるのだ。給料は元の会社から出るけど。

 ということは、ロッドさんに正式に命令できるのは、アレスト興業舎の上司だけになるのか。

 つまり、この場では俺だ。

 シルさんでもいいけど。

「それでは、一時的にロッドさんを騎士団の所属に戻せばいいのでは」

「出向契約は、騎士団とギルドの間で締結されています。

 残念ながら、この場で契約を解除する方法がありません」

 そうなのか。

 まあ、役所にとっては法的な契約の遵守は命だからな。

 まして、司法官は法を守る立場だ。

 自分から契約を破るわけにはいかないのだろう。

「だったら、私がアレスト興業舎の上司として、ロッドさんに命じればいいということでしょうか」

「その通りです。ですが」

 ユマ閣下は言葉を切って俺を見た。

「それでは、この作戦は法的にはアレスト興業舎、もしくはギルドが主体になってしまいます。

 先行部隊の指揮官に命令したのがアレスト興業舎の職員、またはギルド職員になるからです」

 めんどくさいなあ。

 そんなのもどうでもいいじゃないか。

 と思うのは、俺が役人じゃないからだな。

 法的に正しくなければ、司法官の行動としては駄目なのだろう。

 じゃあどうするの、と考えて、初めて俺はさっきのユマ閣下の言葉に思い当たった。

「すると」

「はい。マコトさんが近衛騎士の叙任を受けてくだされば、私の権限でマコトさんを一時的に司法騎士に任命することが出来ます。

 騎士身分以上の者でなければ、司法騎士にはなれませんから。

 司法騎士は司法官直属の配下で、その権限は司法補佐官に準じます。

 よって、マコトさんが司法騎士の立場でロッド正騎士に命令すれば、法的には司法官が先行部隊の作戦を命じたことになります」

 ホント、ややこしいわ!

 だがまあ、言っていることは判った。

 うさんくさいけど。

 ていうか、ユマ閣下、何かを故意に黙っているよね?

 そんなめんどくさいことをしなくても、俺なんかよりロッドさんを近衛騎士にしてしまえばいいだけじゃないか。

 近衛騎士になれば、アレスト興業舎への出向騎士という立場に関係なく、司法官配下の司法騎士として動ける。

 作戦が終わった後で司法騎士と近衛騎士を首にすればいいだけだ。

 なぜそれが出来ない?

 ちょっと考えて、判った。

 うまく考えてやがる。

 ロッドさんは、騎士団の正騎士だ。

 本人は辞めてアレスト興業舎に来るといっているが、将来は判らない。

 もともとは国家公務員上級職のエリートなのだ。王都に戻れば、出世することは間違いないだろう。

 だが、ここで近衛騎士とやらに叙任されてしまえばどうだろう。

 解任されたとしても、一度ついた肩書きはなくならない。

 日本で言うと、国家公務員がその立場のまま、どっかの県知事のスタッフに入ったようなものだ。

 いくら一時的なことだと主張しても、その経歴は一生ついて回るだろう。

 そんな、どっかの政治家の紐付きになったことがある公務員なんか、誰が信用するものか。

 それと同じで、近衛騎士になったロッドさんは、今後は騎士団の騎士としてはやっていけないくらい、色眼鏡で見られることになる。

 騎士団を辞めてアレスト興業舎に入ってたとしても、公爵家の紐付きだという経歴は一生ついて回るのだ。ロッドさんの立場でそれは、致命的かもしれない。

 本当に公爵家に仕えるのならまだしも、ロッドさんがそんなことを望むはずがない。

 でも、命令されればロッドさんは受けるだろうな。そういう人だ。

 畜生、俺を追い込みやがって。

「マコト、受けてやれ」

 突然、シルさんが俺の肩を叩いて言った。

「でも」

「ユマも人が悪いな。近衛騎士について、マコトは何も知らないんだぞ。遊んでないで、教えてやれ」

 驚いて振り返ると、ユマ閣下がいたずらっぽく微笑んでいた。

「ごめんなさい」

 まず、頭を下げてくる。ホントこの姫様、庶民的過ぎるだろう。

「ソラージュ王国における近衛騎士は、おそらくマコトさんが考えておられるものとは違います。

 まず、近衛騎士団というようなものは存在しません」

「いや、帝国にはあるぞ。団長はいないがな」

 シルさんが混ぜっ返したが、ユマ閣下はびくともしなかった。

「近衛騎士は、文字通り近衛、つまり王家やその傍系である公爵家の首長が任命できる、ひとつの身分です。

 種別としては最下級の一代貴族で、一般の騎士との違いは、宮廷や公的な場において貴族と同席できることです。これは、護衛役としてみれば当たり前ですね。

 ですが、近衛騎士にはそれ以外にも際だった特徴があります。

 まず、基本的に何の義務もありません」

「? そうなのですか?」

 何だそれは。

 近衛というからには、王家の者とかを命がけで守るのが義務のはずだろう。

 いや、ラノベの知識だけど。

 叙任の時は、剣を抜いて切っ先を自分に向けて相手に差し出すとか、小説で読んだことがある。

 自分の命はご主人様に捧げますので、いつでも殺してください、というポーズをとるわけだ。

 つまり、生権与奪の権利を捧げなければならないことになるのでは?

「そんなことはありません。

 近衛騎士は、あくまで自由意志で事を成します。

 例えば誰かを守るとしたら、それは命令ではなく自分がやりたい、やらなければならないから行うわけです」

「近衛というからには、命を賭けて王やそのご家族を守る義務があるのでは」

 ユマ閣下はチッチッと舌を鳴らすような仕草で口を尖らせた。

 こんなお姫様、ラノベにも出てこない気がする。

「それではマコトさんに質問です。

 例えば王子が別の王子、例えば弟王子と争った場合、近衛騎士はどちらを守るべきなのでしょうか。

 どちらも王のご家族ですよ?」

 そうか。

 つまり、近衛騎士は王家全員を守るわけじゃないんだ。

 あくまで自分のご主人様を守るのが任務、いや仕事だ。

 その過程で、例えば同じ近衛騎士と戦ったり、場合によっては王家の者を殺す必要があるかもしれない。

 そんな人たちが、騎士団なんか造れるはずがない。

 いつ同僚が、敵になるかもしれないんだから。

 組織がないんだから、任務などというものもないな。

 あくまで叙任してくれた人との関係か。

 強制はされないということだ。

 これは逆に言えば、叙任する側にとってもリスクが大きいことになる。

 だって、近衛騎士になった人にこっちの命を預けることになるんだよ。もしそいつがその気になったら、暗殺され放題。

 あれ?

 それはいいとして、今ユマ閣下は「義務がない」とか言わなかったか?

 ご主人様を守るんじゃないの?

「それは義務ではなく、権利ですね。あくまで自由意志です。

 逆に言えば、その意志を示さない者は普通、近衛騎士には叙任されません」

 ああ、そうか。

 出発点が違うのか。

 忠誠を誓った人を、近衛騎士に叙任するんだ。

「だったら、私など無理なのでは」

「普通、と言いましたよ。よって、普通でない場合はその意志を示さなくても近衛騎士に叙任できます。

 これは、あくまで叙任する側の都合ですから」

 つまり、ユマ閣下は近衛騎士という存在の意義の間隙を突いて、任務遂行のために俺を叙任しようとしている?

 パネェ。

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