13.斥候?
ユマ閣下がノール司法補佐官、というよりはノール部隊指揮官に何事かを伝えると、ノール指揮官は即座に全隊を停止させた。
その場で各分隊長レベルを集める。
ユマ閣下と俺も馬車を出て、評議に加わった。
もっとも、ノール指揮官の後ろで見ているだけだったけど。
「ロッド正騎士。フクロオオカミは斥候任務をこなせるか?」
「基本的に可能であります。
もちろん、状況次第で困難な場合もあります」
「例えば、山中で捜索を行い、目標を発見しても接触せずに観察し、その結果を持ち帰ることは可能か?」
「可能であります。
細かい報告が必要な場合は、狼騎士の同行が不可欠でありますが」
狼騎士?
そんなもんを実用化したというのか!
それには構わず、ノール指揮官はちょっと考えてから首を振った。
「それは必要ない。
では命令を伝える。
フクロオオカミは可能な限り先行し、目標の捜索を遂行せよ。
発見したら、その位置および人数、老若男女等構成を出来る限り把握し、速やかに帰還すること。
尚、こちらが発見されないことを第一優先とする」
「了解しました!」
ロッドさん、張り切っているな。
ノール指揮官に敬礼してから、すぐにミクス三番長老の元に駆け寄って、あれこれ指示を始めた。
それにしても凄いのはノール指揮官だ。
これが本物の騎士か。
ラノベだと、騎士なんてのはザコキャラで、貴族の命令を聞くだけの存在としか描かれてないことが多いけど、考えてみたら実際に現場で兵士たちの指揮を執るのは騎士なんだよね。
男爵やら伯爵やらの貴族は、命令するだけだ。
つまり、騎士は貴族の命令だか要求だかを聞いて、それを現実の行為に変換して実行するだけの力量が必要とされる。
戦闘員であると同時に指揮官でもある騎士って、現実では最強かも。
俺たちが見ていると、ロッドさんから話を聞き終わったミクス三番長老が吼えて周りのフクロオオカミを呼び集め、何やら命令を下していた。
ワウォーン、という吠え声が響き渡り、フクロオオカミたちが一斉に駆け出す。
いや駆けるなんてもんじゃない。
爆走だ。
前方の山脈に向かってみるみる遠ざかっていくフクロオオカミの群を見送りながら、ユマ閣下がため息をついた。
「恐ろしいものですね。あれが戦闘に参加したら、これまでの戦術は終わりでしょう。
少なくとも、フクロオオカミの突進を迎え撃てる前衛の配備が必要になります」
「フクロオオカミは、人間とは戦いません」
自分でも驚くくらい、冷たくて無感情な声が出た。
いくらユマ閣下でも許せん。
契約を忘れたのか、それとも最初から問題にしていないのか。
ラノベじゃないんだぞ。
ユマ閣下は、ちょっと固まった後に頭を下げた。
「……申し訳ありません。
口が過ぎました」
簡単に頭を下げすぎだろう。逆に信用できない。
俺は何も言わなかった。
口に出すと、内心が伝わってしまうからな。
代わりにユマ閣下に背を向けて、シルさんの方に向かった。
シルさんは、不敵に笑って迎えてくれた。
「よう、どうしたマコト。
ユマと喧嘩したか?」
「そんなんじゃありませんが」
「何があったか、大体は判る。
ユマは悪い奴じゃないんだが、TPOをわきまえないところがあるからな。
頭が良すぎて、思考が迸ってしまうんだろう」
シルさん、凄いなあ。
ホント、憧れます。
俺なんか舎長代理です、とか言っていても本質はぺーぺーだからね。
アレスト興業舎にとって重要な相手だと判っていても、うまくやれないんだよ。
もっと感情を抑えないとな。
「マコト、気にするな。
お前はそれでいいんだ。
世間体を気にして八方美人になったマコトなんか、かえってぞっとする」
やはりそうですか。
ああ、嫌だ。
俺、何度も言うけどこんなところで何やっているんだろう。
俺なんか、ホトウさんの『ハヤブサ』で、下っ端として黙々と荷物を運ぶくらいがちょうどいいのに!
それは置いといて、さっきの疑問を聞いてみる。
シルさんって、ジェイルくん並に何でも知っている節があるからな。
「さっき、ロッドさんが狼騎士とか言ってましたけど」
「郵便班で、フクロオオカミ用の鞍を開発したんだそうだ。
成長しきっていないフクロオオカミでは人間の成人は無理だが、子供ならかなり長期間、載せて走れるらしい。
ただし、乗り心地が最悪だということで、まだライダーとして使えるのは数人らしいけどな」
やっぱり、そんなものを作っていたのか。
ロッドさんが自ら実験していたのは知っているけど、もう実用配備とは。
「警備班も凄いぞ。フクロオオカミの救急隊装備を試験的にだが導入したそうだ。
人の代わりに救難物資を背負って、馬なんかでは到達困難な場所に届けることが出来るとか聞いている。
サーカス班は置いていかれたな」
いや、サーカスはそういうのとは別でしょう。
「まあ、実はフクロオオカミ達はローテーションで定期的に班を入れ替わっているからな。
サーカス班のフクロオオカミも、一通りの仕事はできるようになっている。
マコト、凄いよな。
お前の仕事って、どこまで広がるんだろう」
シルさんが、珍しく感動的に言って笑った。
いや、俺の仕事じゃないですから。
俺は何もしてませんって。
やったのは、優秀なみんなでしょう!
それからしばらくして、ノール指揮官の号令があり、ホトウさんがやってきた。
いや、正確に言えばいつの間にか近くにいた『ハヤブサ』が集まってきて、俺を囲んだんだけど。
護衛してくれていたのか。
「シルさん、出発だそうです」
「だとよ。
マコト、司法官の馬車に戻れ」
「あの、少し一緒に歩いていいでしょうか。
今はちょっと」
シルさんは、面白そうに笑って言った。
「好きにしろ。
バテたら馬車に戻れよ」
ありがたい。
ユマ閣下には悪いが、今馬車に戻って顔をつきあわせる気にはなれない。
何か言ってしまいそうだからな。
ここはひとつ、昔なじみとお喋りしながら歩きたい。
俺だって、冒険者だった、んだし。
俺が『ハヤブサ』に囲まれて進み始めると、しばらくして馬車も動き出したようだった。
まあ、あっちはあっちでやるだろう。
ノール指揮官も何も言ってこないし、容認されたと思うことにする。
「マコトさん。
お久しぶりです」
ホトウさんが渡してくれた水を一口飲んだ途端、マイキーさんが神妙に言ってきたので、俺は噎せ返った。
「マイキーさん、やめてください!
ここにはシルさんと『ハヤブサ』のみんなしかいないんですから、マコトでお願いします」
「……そう? いいの?」
「マコトがそう言っているんだから、いいよ」
ホトウさんが入ってくれた。
「マコトは変わってない」
セスさんがぽつりと言ってくれた。
ありがたいです、セスさん。
ケイルさんは、いつもの通り無言だ。
「ま、確かにギルドのプロジェクト次席とか、舎長代理とかは、柄じゃないよね」
マイキーさん、元に戻りましたね。
ああ、いいなあこの感覚。
実際、アレスト興業舎では何か話すのにも気を遣うからな。
単に口調を舎長代理らしくすればいいだけじゃない。
魔素翻訳で内心が出てしまうから、うっかり口を開くこともできないんだよ。
だから、何か話す場合は事前に色々考えて、心中を穏やかにしてからにしている。
疲れるぜ。
だから、今みたいに何も考えずにお喋りできる環境は凄くありがたい。
ユマ閣下との密室談義の後では尚更だ。
それと、俺が気をつけなければならないと思っているのは魔素のことだけじゃない。
俺は次席だの舎長代理だのと言われているが、それは俺が努力して到達したものでも、実力で勝ち取ったものでもない。
偶然と誤解で転がり込んできた立場だけど、これはラノベの貴族のぼんぼんに通じるところがあると思うのだ。
いつの間にか思い上がって、そのうちに何でも許されると思い始めたら、最後が見えてしまう。
ラノベなら、そういう奴は主人公の前から退場して終わりだけど、リアルではその後もずっと人生が続くんだよ。
俺は主人公じゃないし、チートもないから、一旦今の状態を失ったら、おそらく終わりだろう。
人間、衣食住が足りないと、それだけで詰む。
俺はサラリーマンとして、社会を見てきたからね。
いや、1年ちょっとだけど。
だから、俺は断じて思い上がるわけにはいかないのだ。
まあ、実力がないので思い上がれるはずもないんだけど。
内心ビビりまくりだよ、今でも。
それにしても装備なしに歩くって楽だなあ。
こういう仕事だけなら、冒険者もいいよね。




