12.難民?
そんな俺の思いに関係なく、ユマ閣下は話を進めた。
「ソラージュと国境を接している帝国の地域はロームレタ州といって、平坦な土地が広がっていて、かなり裕福な土地です。
ソラージュに近いということは、つまり温暖な地方ということですからね」
ソラージュ王国は、どうも日本よりはかなり南にあるようだ。
感覚的には台湾とかあの辺りか。
だから、結構暖かくて肥沃らしい。
その南にある帝国は、もっと肥沃なんだろうな。
さらに南では、暑過ぎて駄目になりそうだけど。
多分、シルさんたちが自分の種族をドワーフと言っているのは、南方系の人種だからだろう。
で、北方系がエルフと。
ハスィー様は、俺が知っている北方系民族とは違うみたいだけどね。
むしろアレナさんたち銀エルフが北方系に近い。
じゃあ普通の人間は何なのだということになってしまうが、地球の民族との対比を持ち出しても意味がないのでここで止める。
「州レベルの施政は総督が司っていますが、その内実は州内に小さな地方貴族領がひしめき合っているという状況です。
帝国の統治機構についてはご存じですか?」
「いえ」
「簡単に説明すると、帝国は皇帝をトップとする国家政府、皇帝から任命される総督が支配する州政府という構造の他に、各地の地方貴族の領地があります。
というよりは、貴族の領地が寄り集まったものが州で、総督はむしろ調整役ですね。
帝国と名乗ってはいますが、内実は未だに小国家の集まりということです」
「でも、成立してからもう百年たっているとか。
もっと統合とかされなかったんですか」
「無かったようですね。
そもそも帝国が成立したのは、かつての小国家群がお互いに疲弊しきって、もうこれ以上いがみ合っている場合ではない、と危機感を抱いたからです。
征服されたわけではないのですよ。
帝国軍の創設は当然建国後ですから、公式にはソラージュを初めとする北方国家と帝国が直接戦ったことはまだないと言えます」
そうなのか。
まあ、魔素翻訳で俺には「帝国」と聞こえているが、例えばローマ帝国なんかとは成立の仕方がまったく違うのかもしれないな。
てっきり征服王朝かと思っていたが、むしろ連合国家に近いのかも。
そういえばアメリカも帝国と言えなくもないと聞いたことがある。
国家規模の州が寄り集まってリーダーを決めているだけなのか。
「それでは、皇帝というのは名ばかりとか?」
「それがそうでもありません。
初代皇帝を名乗ったのは当時のホルム家の家長で、これが帝国の名でもありますが、成立時には帝国内のすべての貴族がホルム家に臣従を誓いました。
当時、ホルム家が支配する地域は有力ではあったものの、決定的に他の領より強力だったわけではないことを考えると、これは驚くべき事です」
何だそりゃ。
アレクサンダー大王みたいなものか?
「現在の帝国領土の中央部、つまり帝国首都がある場所にあった小国がホルム領でしたが、初代皇帝はどこからともなく流れてきた傭兵であったとされています。
その男が、ホルム家に婿入りして帝国の基礎を作った」
ラノベだな。
まあ、帝国なんてものは、成立時には神話じみた話がくっついてくるものらしいけど。
ローマ帝国だって、狼の乳で育てられた双子がどうのこうのという、厨二的な神話があるらしいからね。
それにしても流れの傭兵か。
群雄割拠の時代とはいえ、凄いな。
チートだったに違いない。
「いえ、帝国の歴史でもその辺りははっきりしてないのですが、噂によると傭兵と言ってもあまり戦わない人だったそうです。
この辺りは矛盾した話が伝わっていて判断しにくいのですが、共通しているのは戦闘が始まる前に、相手と話し合って説得してしまう事が多かった、ということでしょうか。
そこまでいかなくても、少なくとも直接には戦わずに勝つことが多かったようです。
武勇より、知略や人間的な魅力に溢れた人だったんでしょうね」
何それ。
もう、ラノベですらないよそんなの。
童話のたぐいだよ。
それともあれか?
ジゴロの類か?
その魅力でホルムという国のお姫様を誑かして婿入りし、周り中の人どころか敵まで懐柔し、最終的にはその国のみならず、周囲の国全部を乗っ取ってしまったと。
凄い話ではあるんだけど、どうも眉唾だな。
大体、そんな人がどうして傭兵なんかやっていたんだろう。
いくらでも、楽な生き方が出来そうなのに。
まあいい。
帝国がどんな成立の仕方をしようが、今の俺には関係ない。
話を進めよう。
「帝国の成り立ちはそれで判ったとして、帝国には皇帝の他にも貴族がいるわけですね」
「はい。現在の帝国貴族は、かつての小国の王や大公、それにその配下の貴族だった者たちの子孫です。
大抵の場合、もともと王や貴族として支配していた土地を、帝国内の自領としているわけです。
ですから、同じ州の中の隣り合った領地でも、実質的には違う国ということになります。
法律や税率なども違うことが多いようです」
やっぱりアメリカに似ているな。
あそこは州ごとに法律が違うとか聞いたことがあるし。
「……よくそれで、国としてまとまっていますね」
「初代皇帝がそれだけ偉大だったことと、帝国の統治機構が優れている証拠と言えるでしょうね。
各貴族領の当主は帝国元老院の議員として国政に参加できますし、貴族同士の争いごとは、元老院で決着をつけることになります。
絶対君主としての皇帝の存在が、それを可能にしていたわけですが」
「が?」
「さすがに成立してから百年もたてば、制度疲労を起こしても不思議ではないでしょう。
また、この百年の間に豊かになった土地と、そうでない地域の差が顕著になったこと、領内の施政の失敗、災害などで、帝国は傾きつつあります」
そうなのか。
百年たってるんだもんなあ。
いや、むしろそんないい加減な国がよく百年も持ったと言うべきか。
「特にここ十年ほどは、帝国内の貴族同士の争いが増えているようです。
干ばつや災害で饑饉が発生して、領民が逃散してしまったり、飢えた住民が隣接する貴族領に攻め入って略奪したりといった事件が多発し、それが貴族同士の戦争にまで発展した例もあります。
その度に、領内では貴族領内の警備隊が、貴族間の争乱は帝国軍が実力で鎮圧しているようですが、益々増える一方だということです」
よく知っているな。
さすがに司法官。
ひょっとしたら、司法官って裁判官というよりは、情報局か何かじゃないのか。
だったら魔王対策をやっているのも納得できるけど。
「……それで、今回の問題ですか」
「はい。ロームレタ州内のとある貴族領内で、住民が蜂起したようです。
蜂起の理由ははっきりしませんが、それはこの際置いておくとして、鎮圧された反乱者の残党が国境を越えてソラージュに侵入したと思われる、という報告がありました」
「なぜ、別の貴族領に逃げなかったんでしょうか」
「他の貴族領に逃げ込んでも、捕まって送り返されるだけだからでしょう。
貴族同士は、基本的に協力しあいますから。
だから、まだソラージュの方がチャンスがあると考えたのかもしれません」
いやいや。
大問題じゃないか。
聞けば聞くほど、俺程度の人間が関わっていい問題じゃないことが判るよ。
一介のサラリーマンの手に負える事じゃない。
こういうのはもっと、例えば司法官とか、ギルドの執行委員とかが担当する案件であって、入社2年目のぺーぺーとはどこにも接点がないだろう。
そもそも俺、こんなところで何しているんだ?
「マコトさん?」
「……失礼しました。大体、状況は把握できました。
要するに、我々がやるべき事としては、まずその国境を越えたと思われる集団の発見ですね。
見つけた時の即応体制も整えておく必要もあるでしょう」
「そうですね」
気がないな。
当たり前か。
でも、ちょっと思いついたことがあるから、言ってみようか。
まあユマ閣下なら当然、考慮しているだろうけど。
「我々は、もちろんその集団がソラージュに被害を及ぼす前に対処する必要があるわけですが。
その集団が、文字通り難民であるという可能性もありますね」
「はい?」
「つまり、反乱者かどうかには関係なく、単に追われて逃げた先がソラージュ方面だった、という場合です。
ひょっとしたら、武装集団ではなく、女子供連れの家族の集団であるかもしれません。
そんな集団が、準備もなしに山脈に分け入ったとしたら、かなり悲惨なことになりませんか?」
ユマ閣下は黙ってしまった。
あれ?
いや、俺からすると、逃げてきたというのなら、即避難民が思い浮かぶだけなんだけど。
日本人だから、武装難民という発想は逆にないし。
ユマ閣下、こっち方面は考えてなかったのか?
まさかね。
「……なるほど。確かにそうですね。では」
「我々にはフクロオオカミがいるのですから、先行させてみてはいかかでしょうか。
斥候としてなら、単体でも動けますし。
接触させる必要はありません。
騎士団のロッドさんや、護衛班ではそういった場合の対処についても研究しているはずです」
俺が言い切る前に、ユマ閣下は立ち上がった。
窓を開けて叫ぶ。
「ノール!」
ほんの数秒で、ノール司法補佐官が駆け寄ってきた。
「司法官。
何か」
「とりあえず全隊停止してください。
緊急ミッションを提案します」
俺は、ゆったりと背もたれに背中を預けた。
何かまた、口先でやってしまったみたいだ。
まあ、俺には関係なさそうだから、いいよね?




