8.司法官の事情?
俺が理解した所では、こういうことだ。
ユマ閣下が司法官という役職でアレスト市にいるのは、司法官としての仕事をするためではなく、対帝国用の重しになることを期待されているからだ。
いやもちろん、司法官としての役割も果たすわけだが、それは別の人にも出来る役割だろう。
筆頭司法官なのは、有事の際に上に人がいたら自由に動けないから?
でも、それってちょっとおかしいのではないか。
今の段階では、殊更に俺というか、アレスト興業舎を巻き込む理由が見当たらない。
機動力としては配下の騎士団があるし、ギルドの警備隊だって使える。
フクロオオカミはまだ実験段階でうまく運用できるかどうか判らないし、それでも無理に使おうとするのなら、ロッドさんに命令すればいいだけだ。
まさか、俺個人にってことはないよね?
「つまりだ。大事というわけではないが、何かあったということだな」
シルさんが、また先行してくれた。
実にありがたい。
しかし、みんな頭が切れるな。
それはそうか。
日本で言ったら、全員が飛び級した上にトップクラスの大学に楽々受かって、主席で卒業してもおかしくないレベルの人材なんだよな。
適当大学出の俺と違って(泣)。
「シルレラの言う通りです。現時点では、マコトさんを呼び出してここまで詳しく情報を漏らす理由が判らない。
まだ、何か隠してますね?」
ラナエ嬢も容赦ないなあ。
相手はもと同級生とはいえ、今は筆頭司法官だぞ。
いくら侯爵家の令嬢とはいえ、今のラナエ嬢は民間企業の舎員に過ぎない。
お上に逆らっても、いいことは何もないと思うけど。
「隠してなどいませんよ。それをこれから説明します」
ユマ閣下は、全然動じてなかった。
度胸というか、腹の据わり方もハンパじゃないようだ。
それにしても、何でこっちの世界に来てから俺が出会う女性って、みんな凄いんだろうか。
いや、凄い女性だから俺を呼びつけたりするんだろうけど。
「数日前、騎士団の監視員から一報が入りました。
帝国北部で反乱、とまではいきませんでしたが、とりあえず騒ぎが起こったらしいということです。
場所はロームレタ州。
幸いといっては何ですが、領主の兵が出て鎮圧され、混乱は早期に治まったということなのですが」
「ロームレタといったらここからすぐ南じゃないか。そういうことか」
ユマ閣下は、シルさんに頷いた。
「反乱側というか、蜂起して蹴散らされた人たちの残党が、大挙して北に向かったそうです。
監視員は、その後反乱者たちを見失ったとのことですので、以後の経緯は不明です。
よって、最悪の場合は武装した集団が国境を越えてソラージュに侵入した可能性があります」
大変じゃないか!
よその国の政治難民が、こっちに押し寄せてくるわけか。
しかも武装して。
反乱を起こすくらいだから、下手するともうそれは軍隊なんじゃないか。
だが、ラナエ嬢が宙を見つめながら言った。
「帝国の国境警備はそれほどヤワでしょうか。街道のソラージュ国境には、常時一軍が詰めているはずですが」
さすが「学校」一の秀才。
そういうデータは頭に入っているらしい。
王宮も、よくこれだけの人材を手放したな。
いや、上司たちにとっては脅威以外の何物でもないのは判るけど。
すぐに取って代わられて、自分が失職しかねないし。
だが、ユマ閣下は平然と続けた。
「もちろんです。従って、反乱者たちは街道を通らず、山脈を越えてくる可能性が高いと思われます。
普通の商人や旅人には無理な道程ですが、武装した集団なら不可能ではありません。
そして、山脈を越えたらすぐにここです」
ユマ閣下は、手の平でテーブルを叩いた。
そういえば、ユマ閣下って「学校」では一部の科目でハスィー様やラナエ嬢を凌ぐほどの実力があったと言っていたっけ。
参謀、いや軍師なのだ。
ラノベだな。
公爵令嬢で若くて綺麗な神算鬼謀の軍師。
そんなのが本当にいるとは。
「なるほどな。やっと判ったぜ。
うん、確かにこれはマコトの協力が必要だ」
シルさん、判ったんですか?
ラナエ嬢も頷いているし。
俺はさっぱりなんですが。
「マコトさんは、この辺りの状況を知らないのですから、判らなくて当たり前ですわ」
「そうそう。そのためにラナエ部長がいるんだ。使ってやれ」
そう言われましてもね。
ユマ閣下が頷いて、身を乗り出してきた。
「もちろん、ヤジママコト様は、もう判っていらっしゃるでしょう。
貴方たちの評価を押しつけないで下さいな」
いや、全然判ってないです。
ていうか、あなたも「様」ですか。
一度言ったはずなんだけどな。
「ヤジマは家名ですから、私のことはマコトと呼んで下さい。『様』は抜きで。
皆さんにも、そうして貰っていますので」
「そうですか。判りました。私もマコトさん、と呼ばせて頂きますね」
話がスムーズだなあ。
いやそうじゃなくて、俺の承認が必要な理由か。
現場は山脈の中なんだよな。
なんだ、そういうことか。
「フクロオオカミの実戦投入、ですね」
「その通りです。
それも郵便班だけでなく、アレスト興業舎で雇用しているフクロオオカミ全員の参加が望ましいのです。
了承して頂けますか?」
司法官閣下の命令か。
だけど、俺だけでは決められない。
こういう時は、担当者に振ればいいのだ。
「シル事業部長、どうですか?」
「あー。いいんじゃないのか。フクロオオカミ連中も、まだ専門特化しているわけじゃないしな。
いきなり戦闘とかにはならないんだな?」
「もちろんです。今回は、斥候に徹して頂きます」
「それなら、私は賛成だ。
当然だが、ミクス三番長老の了解を得る必要はあるがな」
俺は頷いて、ラナエ嬢に言った。
「ラナエ事務部長は?」
「事業部長が了解したことですから、事務方としては特に何も。
ですが、後の話になりますが、この件は高くつきますわよ、ユマ」
「まあ怖い。もちろんです。司法官からの業務発注という形を取ります」
このキャッチボール、じゃなくて言葉のラリー。
この人たちの学校生活って、想像がつくような、つかないような。
「後は郵便班のロッド正騎士ですが、騎士団からの命令ということで」
それは違うだろう。
「いえ、それはこちらでやります。私の役目と思いますので。シルさん、立ち会いお願いします」
「了解だ」
ユマ閣下が、なぜかホオ、という顔になった。
「意外か?」
シルさんが得意げに言う。
何なの?
「正直、少し想定外ですね。もっと事なかれ……いえ、部下に任せるタイプだと」
「そうだろう。私もそう思っていたんだがな。これが大違いだ」
あいかわらず、謎の会話を交わしていらっしゃる。
俺はそれを聞き流しながら、もう一つの可能性に思い当たった。
これは、ここで釘を刺しておかなければ。
「ユマ閣下。ひとつ、重要な事を申し上げたいのですが」
「はい? 何でしょうか」
「フクロオオカミは、アレスト興業舎に雇用されていますが、あくまでも通常業務契約です。
戦闘行動は含まれておりません。
特に、人間との交戦は絶対に許可できません。
本人がやると言っても駄目です。
もし、ほんの僅かでもその可能性があるのでしたら、アレスト興業舎はこの契約を破棄させて頂きます」
言い切った。
相手は下手すると、軍隊なんだよ。
それも敗走して国境を越え、自暴自棄になっているかもしれない集団だ。
戦争とか戦闘は、どっちかがやる気になれば始まってしまう。
うちの国は交戦を許されておりません、とか言っても駄目なのだ。
人間同士ならまだいいよ。
でも、フクロオオカミというか、人間以外の野生動物を巻き込むべきじゃない。
俺はユマ閣下を睨み付けた。
俺はマジですから。
ラノベだと、軍師の策略に乗ってなし崩し的に巻き込まれるのは常道だからな。
ここで約束してくれないようなら、全部止めだ。
「……おっしゃる通りです。契約書に盛り込みましょう」
ユマ閣下が折れてくれた。
パチパチパチ、と拍手が起こった。
ラナエ嬢、皮肉なの?




