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サラリーマン戦記 ~スローライフで世界征服~  作者: 笛伊豆
第七章 俺の副業は近衛騎士?

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6.帝国皇女?

「どうした、マコト?

 私は元『栄冠の空』の渉外で、今はアレスト興業舎事業部長のシル・コットだぞ。

 何も変わっていないだろう?」

 シルさんが、ニヤニヤしながら言ってきた。

 ボーイッシュな年上の美人にこれやられると、本当に参る。

 結構好みだったりして。

 いや、俺はM願望はないけど。

「ええっと。はい。了解しました。

 シルさんはシルさんですよね」

 俺が言うと、シルさんは笑って俺の背中を叩いた。

「それでこそマコトだ。

 どうだ、ユマ? こいつはこういう男だ」

「そうみたいですね。

 あなたとラナエに両脇を固められて平然としている殿方など、生きているうちに見られるとは思いませんでしたよ」

「私たちだけではありませんことよ。ハスィーが筆頭ですから」

 ユマ姫様は、ちょっと俯いて額に手を当てた。

「ああ、傾国姫ですか。報告は受けていますが、本当にそうなのですか」

「そうだ。まあ、そのうち自分で確かめてみるがいいさ」

 一体、この人たちは何を言っているのか。

 でも、俺は黙ってお茶を啜るだけだった。

 経験から判っているんだよ。こういう時、男はただ耐えるしかないんだよね。

 ラノベの知識じゃないぞ。

 現実は、かくも苦しい。

 それにしても、シルさんが帝国皇女というのはなあ。感覚では掴めた気がするけど、納得できない。

 ラノベだと、そういうキャラは物凄い取り巻きとか狂信的な守護騎士とかに囲まれていて、本人は口調が高飛車でツンデレなんだよね。

 ロリで。

 いやいやいや、ラノベから離れないと。

 そもそも、皇族名簿って何だ?

 正式の身分が男爵家の娘なのに?

「シル部長。マコトさんが理解不能という顔をしてますわよ。ご説明して差し上げたら?」

 ラナエ嬢、ナイス!

「そうだな。ユマ、いいか?」

「どうぞ。私も、今日は何も予定を入れておりませんから」

 ユマ姫は、いやここは司法官事務所だからユマ閣下は、ゆったりと座り直しながら言った。

 この人の本質がよく判らないな。

 一言で言えるような、単純な性格ではないのかもしれない。

 何せ、ハスィー様やラナエ嬢のご学友なんだし。

 そう思ってよく見てみると、ユマ閣下は意外といっては悪いが、とても魅力的であることが判った。

 黒髪と碧い瞳って、ミスマッチでいいよね。

 年増に見せていた時の強ばった様子が消えて、どちらかというと癒し系の印象になっている。

「どうしたマコト。ユマに興味が湧いたか?」

「い、いえとんでもない」

 ユマ閣下はくすくす笑って、待機の姿勢をとった。

 はい、判りました。

 シルさん、お願いします。

「よし。

 まず最初に言っておくが、私は姫だの皇女だのと呼ばれる立場じゃないし、そういった生活をしたこともない。

 さっきも言ったが、私は正式には、帝国男爵家の娘が母親というだけの女なんだよ。

 ちょっと違っているのは、私の父親が当時の帝国の皇弟だったということだ」

 皇弟って、皇帝陛下の弟殿下のことだったっけ。

 ラノベじゃなくて漫画で読んだ気がする。

 そういう人が父親なら、それってもう露骨に皇族なのではありませんか。

「正式な結婚はしていないし、母は私がまだ幼い頃に亡くなったから、その時点で基本的には縁が切れている。

 私は認知もされていないから、事実上皇族とは無関係だ。

 だが、どうしたわけか帝国の紋章院が私を名簿に載せやがってな。しかも、何だか知らないが勝手につけた長ったらしい名前でだ」

 また判らない単語が出てきたぞ。

 俺のラノベ知識に紋章院なんてのがあったっけ?

 魔素翻訳、適当にやっつけ仕事をしているんじゃないのか。

 悩んでいたら、ラナエ嬢が解説してくれた。

「ソラージュにはない法律、というよりは制度です。

 帝国も、皇族・王族や貴族位の継承は正式の婚姻と認知で行うのですが、帝国の皇族についてはもうひとつ特殊な方法があるのです」

「それが『皇族名簿』というものですね」

 ユマ閣下が口を挟んだ。

「どういった基準で選別しているのかは不明ですが、その名簿に名前が載っている者は、帝国の宮廷において皇帝陛下の一族と同様の扱いを受けます。

 というよりはむしろ皇族名簿に載っている者が帝国皇族になります。

 皇帝陛下やその親族は当然載りますが、その他にも婚外子やほとんど血のつながりがないような親族、あるいはまったく無関係としか思えないような者も載っています。

 血族が全員掲載されるというわけでもないようですけれどね」

 へえ。

 面白い制度だな。

 やろうと思えば、どっかの馬の骨でも皇族にしてしまえるわけか。

「その名簿って秘密なんですか」

「公開されていますよ。

 不定期に更新されるので、各国は万が一の場合を考えて、これを常に確認しています」

 そこにシルさんが載っている、と。

 だから正式な身分は平民も同然なのに、いざ宮廷といった場に出れば、皇女という扱いになるということか。

「私は、実家の男爵家で員数外の娘として育ったわけだ。

 普通なら、そんな余計な娘はすぐに養子に出されるか、悪ければ売り飛ばされる。

 男爵家といっても、そんなに豊かというわけでもない。口減らしは当たり前だからな。

 特に女は。

 だが、親父である皇弟が私を引き取りもしない癖に、何かというと尋ねてきて私を連れ出すようになったらしくてな。

 どうも、私を可愛いと思ってはいたが、継承問題などもあって引き取ったり、認知したりできなかったらしい。

 だから、表向きは関係がないことにして、私を構ってくれたわけだ」

 なるほど。

 それは、シルさんの実家の男爵家もさぞかし困っただろうな。

 何せ皇弟殿下が気に掛けているのだ。

 シルさんを追い出すわけにもいかないが、かといって養女などにして認知することも出来ない。

 いつ帝国から何を言ってくるか判らないし、腫れ物に触るような扱いになったはずだ。

 おまけに『皇族名簿』に載っているんだから、対外的には皇族だし。

 さらに言えば、何か反感をかって皇弟に言いつけられでもしたら、下手すると家ごと潰されかねない。

 信管が緩んだ爆弾を抱えているようなものだ。

「そういうわけで、私は大抵ほっとかれて育った。

 時たま親父に連れ出されて、このユマを初めとした帝国やその他の国の貴族の子供たちとよく遊んだな。

 特に帝国外の貴族の子弟が多かった」

 苦労したんだな。

 親がいない状態だから、見方によってはシビアな生活だっただろうけど、シルさんのことだから案外気楽に生きてきたのかも。

 いや、だからこういう人になったのだろうか。

「外交使節や大使などで常駐している場合、家族連れで来ている者も多いわけだが、その子供達の遊び相手として使われていたらしい。

 どうも、そういう役目をこなせる子供があまりいなかったようなんだ。

 普通の帝国貴族は、自分の子供にそんな役目をさせるのを嫌がるからな。

 下手に粗相でもした日には、家に重大な被害が及ぶかもしれないし。

 私は政治的な裏もないし、表向きは平民同然で、なおかつ皇弟のお墨付きで信用は絶大だから、便利に使われていた、ということだ」

 ユマ姫様が口を挟んできた。

「私の父親は一時期全権大使として帝国にいたことがありまして、私たち子供も付いていきました。

 帝都の屋敷で、よくシルレラに遊んで貰ったものです。もちろん、護衛付きでしたけれど」

「ラナエさんはご存じなかったのですか?」

「わたくしは国外には出たことはございませんから」

 ラナエ嬢が答えると、ユマ閣下が何か意味ありげに頷いた。

 シルさんも、答えるように頷く。

 何なんだよ?

「まあ、そういうわけで、私の子供時代は比較的平穏に過ぎたわけだ。

 特に危険というわけでもなかったし、護衛がつくこともなかった。

 私を誘拐とかしても、帝国は動かないから意味がないんだ」

 そうなんですか?

 皇弟殿下は娘として気に掛けていたんでしょう?

「それは私的な感情であって、私の存在が帝国の不利益になるようなら、躊躇いもなく切り捨てるだろうからな。

 おそらくだが、誘拐された時点で皇族名簿から削除され、そんな子供はいなかったことにされたはずだ。

 私もそれは薄々感じていたから、物心が付くと親父にねだって、帝国の護衛隊の精鋭や親父の息のかかった官僚たちに色々と教えて貰った。

 だから一般人としては、帝国でも類を見ない贅沢な教育を受けたことになるな。

 これでも並の貴族なんかより教養があるぞ。しかも剣や弓も使えるし、個人格闘術もマスターからお墨付きを貰っているんだ」

 シルさんは、自慢そうに言った。

 なるほどなあ。

 こっちでもマスターって言うんだ。

 いやそうじゃなくて、シルさんの見識や渉外が出来るほどの知識、あるいは身のこなしや何気ない動きとか、ただ者ではないと思ったけど、そういうことか。

 シルさんは、言わばハスィー様やラナエ嬢と同じように、帝国の「学校」に通ったようなものなんだろう。

 皇弟殿下の命令なら、それは官僚や護衛隊の中でも最高の知識・技量を持つ人たちが師匠になってくれただろうから。

「それは凄いですね」

「そうだろうそうだろう。しかも副産物として、私は今でも帝国の官僚組織や中央護衛隊の連中に、かなり顔が効く。

 冒険者としては、相当なものだろう?」

 いや、それはもう、冒険者とかそういうレベルの話じゃありませんよ!

 ラノベ並だよ!

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