4.アレスト市司法官?
引き続いてロッドさんに聞いてみる。
「そういえば、ロッドさんのご実家は?」
「はあ。父親は男爵ですが、法衣貴族ですので法務省に勤務しております。
私は三男なので、とても跡を継げずに騎士団に入団しました」
法務省の役人と言っても、別にそれになるための学校があるわけではなく、やはり親の弟子となって仕事を覚えていくわけだ。
長男と次男くらいまでは何とかなっても、三男以下は親もとても面倒を見きれないらしい。
いくらコネがあっても、自分の子供を際限なく入省させるわけにもいかないだろうしな。
役所の採用枠は無限ではないし。
そもそもそんなにたくさんの弟子は取れないそうだ。
それで、ロッドさんは法務関係でコネのある騎士団に入ったと。
騎士団は、親に指導して貰わなくても組織が面倒を見てくれるらしい。
「騎士団の入団は、難しいのですか?」
「そうでもありません。ある程度の読み書きが出来て、しかるべき推薦状があれば、大抵は可能ですね。
もっとも身体能力のテストもありますし、素行調査もされますから、誰でも入れるというわけではありませんが」
やっぱりか。
この世界では、どこでもコネなのだ。
「ですが、入団してからが大変です。ただ入団しただけでは見習い騎士でしかなく、ほとんど権限が与えられません。
使い走りです。
給与も少ないので、正騎士になれるまで持ちこたえられる後ろ盾がないと、継続は難しいでしょう」
「正騎士になるにはどうすれば?」
ロッドさんは、くいと眉を上げて見せた。
「定期的にテストがあります。
馬術や災害対処の実地試験と専門知識の質疑応答ですね。
後は、見習い騎士として勤務中の実績も審査条件に加わります。
そのすべてで合格点を取らなければ、叙任はされません」
つまり、入団はコネだけど正騎士になれるかどうかは実力および実績というわけだ。
思ったよりまともに運用されているな。
まあいい。
騎士団のことは判ったけど、問題は司法官だ。
よろしければ、という言い方だったが、今回のは紛れもなく呼び出しだからな。
ギルドの上級職に対しても、それが出来る権力があるわけだ。
まあ、ギルドとの力関係だけではないだろうけど。
それに、業務上の連絡を装ってはいるが、政治臭がプンプンするぞ。
この際、出来るだけ聞いておくか。
「司法官は、どのような方が任命されるのでしょうか」
「そうですね。私もあまり詳しくはないのですが……原則としては、騎士団の正騎士以上の位階の者から選抜されます。
司法官は騎士団の上部組織である司法省直属の法務官ですので、最低でも正騎士を経て任官するわけです。
その際、身元や経歴などを詳しく調べられて、適切な者が選ばれるとされています」
ロッドさんも、詳しくは知らないみたいだった。
「司法官は騎士団である程度の経験を積んでからなると?」
「それはそうですが、誰でもなれるわけではなく、またいきなり司法官にはなれません。
まず司法官補佐に任命されて、実績を積みます。
その中で知識・経験・実績が優れた者が司法官になると言われていますが……」
「が?」
「そのコースを辿らない者もいるようです。他の分野で多大な実績があったり、特別な分野の専門知識を持つ者などは、騎士団を経ずに任官されることもあると聞いています」
私の知る限りでは、引退した法務次官が司法官に任命されたことがあったと思います、とロッドさんは言った。
俺のギルド特別職員みたいなものか。
確かに、司法官つまり裁判官の技能は、騎士団員とは微妙に違うものがあるからな。
シャーロック・ホームズや御手洗潔みたいな人がいたら、一発で司法補佐官や司法官に任命されてもおかしくない。
もっと聞きたかったが、話している内にアレスト市の庁舎街に着いてしまった。
ロッドさんも前に来てから随分たっていてよく判らないらしく、そこら辺を歩いている人に聞いたりしながら司法官事務所を目指す。
魔素翻訳、本当にこれでいいのか?
大体、何で司法官なんだろう。
ラノベにはあまり出てこない単語なんだけどなあ。
そもそも異世界なんだよ。
俺の脳データベースに登録されているそっち系の知識はほぼラノベ用語だから(当たり前だ)、そこから無理して当てはめているんだろうけど。
俺たちは、あちこち迷った末にようやく「司法官事務所」(多分)と書いてある看板がかかっているドアに行き着いた。
さあて、いよいよか。
ドアをノックしてから開けると、そこは一見したところ、あまり広くない普通の事務所に見えた。
ただ、『栄冠の空』やギルドのプロジェクト分室と明らかに違うのは、壁を覆い尽くす本棚と、そこにぎっしりと詰まった本のたぐいである。
もっとも大半は本というよりは書類で、おそらく裁判記録や資料なんだろうな。
法律事務所らしさは、日本と変わらない。
納得できる光景だ。
「何かご用でしょうか」
ドアの近くの事務机についていたお姉さんが、立ち上がりながら言った。
お姉さんと言っても、少女ではない。
かといっておばさんでもなく、日本で言う20代ミドルというところか。
平凡な黒髪で、顔の造形は整っていたが、日本人と言われても違和感がないくらい普通だ。瞳の色は碧なのに。
いや、美人で魅力的ではあるんだけど、全体的な印象が平凡なんだよ。
痩せぎすで、失礼だが胸も腰もあまり女性を強調していない。
騎士団の制服とは違って、ちょっと地味な上下を身につけていて、俺と同じくらいのモブキャラに見えた。
司法関係の受付だからな。
どこぞの大企業と違って、派手な美人受付嬢を配備する必要性がないのだろう。
「アレスト騎士団のナムルキア・ロッドです。
アレスト興業舎のヤジママコト舎長代理、および随員をお連れしました。
本日午後の会見の約束ですが、司法官閣下はご在席でしょうか」
さすがロッドさん。
法務関係の家出身だから、こういう堅い挨拶は得意そうだな。
「あ、はい。確かに予定に入っておりますが」
受付のお姉さんが応えると同時に、奥の方にある席から一人の男が立ち上がった。
偉丈夫というのか、背が高くて均整の取れた身体つきの、堂々たる中年のハンサムである。
イケメンではない。
歴戦の勇士というか、鬼警部というか、黙って前に立たれるだけで、犯罪者が自分の罪を告白してしまいそうな迫力があった。
その男は、無言でこちらに向かってくる。
歩き方は猛獣というか、しなやかでありながら重厚な動きを感じさせるもので、目を離したらいきなり目の前に居そうな危険さがびんびんくる。
うわあ。
俺、何かやったのか?
俺だけじゃなくて、ロッドさんやシルさんまで引いているぞ。
ラナエ嬢は、びくともしてないみたいだけど。
司法官って、こんなに凄いのか。
それはそうだよな。
騎士団の中でも優秀な人が選抜されてなるのだ。騎士団長より上なんだぞ。
どうしよう。
俺がうろたえているうちに、その偉丈夫は俺たちの目の前まで来ると、受付嬢を睨み付けた。
お姉さん、すみません。
よく判らないけど、俺の訪問が何か司法官の怒りを買ったみたいです。
「あ、あの、その受付の人は別に……」
俺の声を上塗りするように、重低音が響いた。
「困りますな。そのようなことをなさるから、みんな誤解するのですぞ」
「いえそんな。そんなつもりでは」
受付のお姉さんは、狼狽えて机の上の書類をバサバサッと散らかした。
「大体、なぜそんな席に座っておられるのです。他の者に示しがつかないから、止めて頂きたいと何度もお願いしたではありませんか」
「こ、ここは明るくて資料を読みやすいし、来てくださる人に真っ先にご挨拶できるので」
「そんなことは司法官のお仕事ではありません!」
大音声に、受付のお姉さんのみならず、俺たちまで思わず謝りたくなった。
いやそうじゃない。
今、この偉丈夫氏は何て言った?
この人は司法官じゃないのか?
ていうか、こっちのお姉さんが司法官?
ラノベ?
あたふたしていると、偉丈夫氏はこっちに向き直って深々と頭を下げた。
「申し訳ありません。お呼びだてしておいて、うちの司法官が失礼なことをしてしまいました。
ご紹介いたします。
こちらが、アレスト市筆頭司法官のユマ・ララネル閣下です」
そう言って受付のお姉さんを片手で指し示す。
お姉さんは、ぎこちなく笑いながら小さく頭を下げた。
マジかよ!




