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サラリーマン戦記 ~スローライフで世界征服~  作者: 笛伊豆
第六章 俺が舎長代理?

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25.インターミッション~ナムルキア・ロッド~

 私はロッド男爵家の三男として生まれ、ナムルキアと名付けられた。

 ロッド男爵家は領地を持たない、いわいる法衣貴族だ。その三男となれば、もうどうしたって爵位どころか家業すら継げないことが判りきっていたので、私は父親のコネを頼って騎士団に入団した。

 ちなみにロッド男爵家の家業は王政府の官僚で、過去には商務長官を出したこともある、それなりの家系だ。

 だがあくまでもそれなりであって、権力を振るうとか権勢を誇るといった状況ではなく、私の長兄や次兄も未だに下っ端だと聞いている。

 私も実は、将来の希望としては騎士団よりは官僚の方に引かれていたのだが、父親からとても押し込めない、と言い渡されたのだ。

 次兄を押し込むのすら、大変だったようで、私も仕方がないと諦めた。

 ちなみに私の下には弟と妹がいるが、彼らの行く末も案じられる。

 ところで一般にはあまり知られていないが、ソラージュ王国の騎士団は実は統一化されている。

 騎士と聞くと、いかにも戦う騎兵というイメージだが、実際には司法の手だ。使い走りと言ってもいい。

 ソラージュの施政制度は、立法・行政・司法を司る組織がそれぞれ独立している。

 これは過去に『迷い人』が広めたと伝えられている制度で、この3つの権力を分散することで、腐敗や独裁を避けることができる。

 いや、出来やすくなる、と言った方がいいが、とにかく騎士団は司法を司る組織として、ソラージュ王都にある中央騎士団長の元、全隊がひとつの部隊として扱われている。

 騎士団の主要任務は、司法と裁判制度の維持だ。その他にも、大規模災害である魔王の対処もあるが、これは置いておく。

 各領地の主要都市には、司法省から司法官が派遣されていて、この司法官が裁判権を持っている。

 各領の領主の権力は、ほとんど制限されてしまっているわけだ。

 今や、ソラージュにおける領主とは単なる「土地持ち」でしかない。

 かつての領主はそれぞれ騎士団を所持していたものだが、今は護衛以外の武装した私兵は違法だ。

 各領地の騎士団は、領主ではなく司法官の指揮下にあって、各地の治安を守ったり、魔王の被害の対処などを行うことになる。

 もちろん領地貴族の保護も任務の一貫だが、貴族に忠誠を尽くすわけではなく、あくまで保護対象というだけだ。

 警察活動については各地のギルド警備隊に委託していて、犯罪者が逮捕され、仲裁や裁判が必要になった時にだけ、騎士団が出て行くことになっている。

 積極的に戦うという任務は、基本的にはない。

 よって騎士団の訓練には戦闘技術などは含まれておらず、ただ馬術と自分の馬との意思疎通技能だけは熟達するまで叩き込まれる。

 魔王などの大規模災害の対処、というよりは被災した人たちの保護や救出についての技能も重要だ。

 その他、法的な知識や争いの仲裁の方法なども覚えなければならない。

 定期的に実務と知識の試験が行われるが、これらの試験を突破しないと正騎士には任官されない。

 そう聞くと、正騎士とはいかにも優れた文武両道の士に聞こえるが、実のところ大したことはやっていない。

 実際に争いに割って入ったり、武力で暴徒を鎮圧したりすることは、警備隊に任せることになっているし、運悪く魔王に遭遇しない限りはある意味楽で安全な仕事とも言える。

 もっとも、その気になれば権力を振るうことができる立場であるから、行動規範は厳しく制約も多い。

 その癖、仕事自体は単調で、面倒くさいものばかりになる傾向がある。

 面倒くさくない案件は、警備隊レベルで処理されて、騎士団にまで上がってこないからだ。

 見習い期間中に学ばなければならないことも多く、しかもその間は収入も少ないため、やっていけなくなって離隊する者も多い。

 任官してからも問題がある。

 騎士団は、定期的に騎士をローテーションで転勤させることにしている。

 辞令ひとつで見も知らぬ街に派遣され、誰一人知り合いもいない場所で任務を遂行しなければならないのだ。

 これによって、騎士は騎士団の仲間に依存せざるを得なくなり、結束が強まるとされている。

 私も、王都の騎士団に入団して見習い期間を過ごし、正式に任官されて数年たった後、辺境のアレスト市の騎士団に異動を命じられた。

 王都で生まれ育った私は、そんな辺境の街なんかには行きたくなかったのだが、命令なら仕方がない。

 王都の騎士団にはアレスト市で採用されて、こちらに転勤してきた者もいたので探し出して聞いてみたが、のんびりとしたいい街だということしか判らなかった。

 懸念材料というほどではないが、山をひとつ越えたら国境で、その南は帝国だということくらいか。

 その他、アレスト市はあの『傾国姫』の故郷だという情報もあったが、だからといって何がどうなるというわけでもない。

 私は淡々と赴任した。

 着任して騎士団長に申告すると、ここはいい街で騒動はほとんど起こらないから、まあのんびりやってくれ、と言われた。

 その騎士団長は私が着任するとしばらくして交代になり、嬉々として王都に帰って行った。

 確かに仕事は楽でのんびり出来たが、王都の生活に慣れていた私はあまりの刺激の無さに、すぐに退屈してしまった。

 このままでは腐ってしまうと考えて、異動願いを出しかけたが、そういった我が儘が通ることは希だ。

 辞めることも考えたが、私は騎士団のことしか知らないし、他にコネもないので、騎士団を離れたらたちまち飢えることになってしまう。

 仕方がない。王都に戻れるまで数年は辛抱するかと考えて淡々と過ごしていたら、ある時騎士団の上司に呼ばれて出向してみないか、と言われた。

 何でも、アレスト市のギルド支部が何か新しい事業を始めるので、そのオブザーバーとして担当騎士を数人捜しているということだった。

 アレスト市の騎士団は、辺境の街らしく現地採用の騎士が多く、そういった連中は一生異動せずに現地の司法を維持するために活動することが期待されている。

 従って、今回のような得体の知れない任務を希望する者は多くはないということで、アレスト市外の出身でひっかかりがない私にその話が回ってきたというわけだ。

 私は志願した。

 大した期待はなかった。

 だが、後になってみると、大英断だったことが判った。もし、あの時出向を断っていたらと思うとぞっとする。

 アレスト市のギルドは、本気だった。

 プロジェクトを組むのみならず、執行委員の一人をプロジェクトリーダーに任命し、その事業を行うための団体まで設立していた。

 オブザーバーとして着任したはずの私は、プロジェクトではなくその団体……アレスト興業舎に常駐となり、あまつさえ試験部隊のひとつを任されることになった。

 その目的を聞いて、私は卒倒しかけた。

 何と、フクロオオカミを初めとする野生動物の雇用可能性について探るという、大胆きわまりないものだったのだ。

 私が任されたのは郵便班、つまりフクロオオカミを使った情報の伝達や小型荷物の運搬について、実用化を試みるというものだったが、実際の活動は好きにして良いという話だった。

 私は、すぐにこの企画の可能性に思い当たった。

 この事業を、騎士団の任務に組み込めないものだろうか?

 それどころか魔王対策や司法活動にすら、多大な貢献ができる可能性もある。

 私は興奮した。

 これほどの可能性を秘めた事業を、なぜ今まで誰も思いつかなかったのか。

 いや、思いついても予算その他の問題があって、立ち消えになってしまったのかもしれない。

 だが、今回は予算無制限でやってみろと言われているのだ。

 しかも、私の好きなようにして良いと。

 歓喜。

 毎日が楽しくて堪らない。

 私を出向させてくれた騎士団長に感謝だが、それより重要なのは、この事業を立ち上げた人だ。

 ヤジママコト、と名乗ったその人は、若くしてフクロオオカミの群との信頼関係を築き、ギルドを説得し、ギルドの執行委員を味方につけ、自らのアイデアを元にこれほどの事業を立ち上げたのだ。

 さらに、私では思いも寄らなかった子供達の雇用や、元王妃候補だった凄腕の事務部長を引っ張ってくるなど、ここまで何でも出来る人が本当にいるのかと思えるほどだ。

 この事業の可能性を見いだした仲間達が、次々と母体組織を辞めてアレスト興業舎に就職するのを見て、焦った私は辞表を持って騎士団長の元に駆けつけたが、さすがにそれは一喝された。

 それでも、私が示したフクロオオカミの騎士団における活用の可能性には納得してくれて、おかげでさらに数人の騎士が出向してきてくれた。

 本当なら、すぐにでも騎士団を離れて郵便班に集中したいのだが、容易には納得して貰えないだろう。

 まあ、いずれチャンスは来る。

 この事業が軌道に乗っても、いきなり騎士団がフクロオオカミを雇用するということにはなるまい。

 おそらく、こちらの部隊を請負契約で運用することになるだろう。

 その機会か、あるいは何らかの理由で私の出向が解かれることがあったら、すぐに転職してやる。

 ヤジママコトさん、その時はよろしく頼む。

 私はフクロオオカミとアレスト興業舎に、人生を賭けたい。

 もう、ハリルやテリと離れたくないからな。

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