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サラリーマン戦記 ~スローライフで世界征服~  作者: 笛伊豆
第六章 俺が舎長代理?

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23.美少女?

 顔を上げたハスィー様の瞳は燃えていた。

 さっきまで赤かった顔は、青ざめている。これは相当お怒りでいらっしゃるな。

 まあ、それはそうだろう。明らかに悪意、とまではいかなくても、揶揄するような雰囲気があったし。

 あの美少女がハスィー様を示していることは、まず間違いない。

 だとすると、俺の役はあのイケメン冒険者か?

 まあ、お芝居だからウケを狙うのは当たり前だが。そもそも物語というほどのレベルの話ではなかったし。

 舞台では、出演者たちが一列に並んで挨拶していた。フクロオオカミも一緒だ。

 客は割れんばかりの拍手を送っている。劇の出来はともかく、フクロオオカミがちゃんと役者として演技していたということが大きいのだろう。

 ふと見ると、出演者の中にラナエ嬢がいない。

 逃げたな。

 ハスィー様も気づいたようで、さらに怒りのボルテージを上げていた。

 でもまあ、ウケるためなら仕方がない気もするなあ。

 だって、今の芝居ってピンポイントでアレスト市の住民を狙っていたぞ。

 ハスィー様の物語は、アレスト市ではよく知られているはずで、だからみんなあっさり入り込めたんだから。

 よその土地では、こうはいかないかも知れない。

 それにしても、あの主役の美少女は可愛かった。旅芸人も捨てたもんじゃないな。一度挨拶したいものだ。

 いや、邪念はないよ?

 アナウンスが響いた。

「皆様、ありがとうございました。なお、これからアレスト興業舎の庭にて出演者との交流会を行います。

 出演しなかった者も、お待ちしております。

 この機会に、直接お話ししたり、触れあったりしたい方は、どうぞご参加ください」

 ぎこちないなあ。

 素人がやっているのがよく判る。

 だが、これを聞いた客達は一斉にテントの外に向かったようだった。

 特に子供連れの家族は、子供に引っ張られるようにして出口に向かっている。

 アナウンスははっきりとは言わなかったが、みんな判っているな。

 モフモフだ。

「私たちも行きましょう」

 怒りのためか、身動きもしないハスィー様の手を取ると、渋々立ち上がってくれた。

 その途端よろけて、俺に掴まって何とかバランスを取り戻す。

 いや、嬉しいんですが。

「大丈夫ですか? ご気分が悪いのでしたら、舎長室に」

「いえ、平気です。申し訳ありません。少し、心が乱れておりまして」

 うーん。

 そこまで怒ることなのかな。

 貴族の矜持って奴?

 ハスィー様は、そんな俺に微笑んでくれた。ちょっと痛々しいけど、心底綺麗で可愛い。

 萌えるぜ!

 何なの、このエルフ!

「違うのです。あの……マコトさんは、どう思われました? あのやり取りを見て」

 あのやり取りってどれだろう。

「特には何も」

「実際には、あのようなことはありませんでした。王太子殿下が、その、わたくしをお望みなどと直接には」

 いや、間接的にはそうなのでしょう。

 ラナエ嬢から聞いているからね。

 あそこまで露骨では無かっただろうけど、似たようなやり取りはあったはずだ。

 おかげで、ハスィー様はアレスト市に戻ってきたんだろうし。

 その結果として俺がハスィー様やみんなと出会えたんだとしたら、俺としては王太子とやらに感謝したいくらいだ。

 ハスィー様がいなかったら、俺の異世界生活は今ほど順調ではなかったことは間違いない。

 ギルドの臨時職員とかは抜きにしても、これほどの美女と親しくお話ししたり、手をとったり出来るチャンスがあったとは思えないからな。

「お芝居ですよ」

 俺が言うと、ハスィー様は目をパチクリさせた。

「気にしなければいいんです。お名前も出ていませんでしたし、関係がないと思っていれば」

 実際にも、あまり関係がないし。

「そう……ですね。少し、取り乱していたようです」

「お疲れなのかもしれませんね。

 でも、これでアレスト興業舎の存在感は示せたわけですから、今後はもっと楽になりますよ」

 俺の営業トークもなかなかだろう。

 顧客の中小企業のおっさんたち相手に、散々並べ立てたからな。

 俺も何度も失敗しながら悟ったんだけど、営業にはコツがある。

 まず、嘘はいけない。

 自分が本心からそう思ってないと、どうしても相手が不信感を抱くんだよ。

 次に、慰めたり話を逸らせたりしてもいけない。あくまで、問題を正面から捉えることだ。

 で、それさえ守れば別に問題の解決策なんかなくたっていいのだ。それは、今後の課題だから。

 というようなことを実践してみせたわけで、ハスィー様に笑顔が戻ってほっとした。

 いや、だから俺だって心底からそう思っているよ?

 これからは楽になって欲しいし。

 何より、俺が苦労しないで済む。

 テントを出ると、アレスト興業舎の広い庭は人で溢れていた。

 一定の間隔を置いて、フクロオオカミとその世話をする人が並んでいる。

 フクロオオカミたちは、いずれも腹ばいになっていた。そうしないと人間と顔の位置が合わないのだ。

 そして、それらのフクロオオカミには子供たちが群がっていた。

 怖々顔を撫でたり、背中のモフモフを堪能したりしている。

 大胆な子供は、フクロオオカミに跨ったりしている。

 すでに、フクロオオカミと親しげに話している子供もいた。

 順応性が高いな。

 人間の係員は、子供達が乱暴なことをしないように気をつけているようで、やりそうになったら容赦なくはたき落としている。

 親が抗議すると、アレナさんたち事務員が駆けつけてきて、叱りとばしていた。

 この件については、プロジェクトメンバーであるアレナさん達の方が立場が上だからな。

 ギルドの偉い人の相手は、ラナエ嬢が勤めているようだ。

 ハスィー様がそっちに行きかけたが、今はまずいのでさりげなく引き留める。

 かわりに庭の中央にそびえ立っている、フクロオオカミ統括であるところのミクスさんの方に向かった。

 この人【フクロオオカミ】だけは、お座りの恰好だった。油断無く周囲を見回しているのは、多分人間にではなく他のフクロオオカミの所行に目を光らせているのだろう。

 そのせいで、ミクスさんに近寄る人はほとんどいない。

 なんせ、頭が人の視線の遙か上にあるんだもんな。体長は4メートル弱で、他のフクロオオカミより二回りはでかいし。

「ミクスさん。ご苦労様です」

「ウォオン、オン!(マコトさん、いらっしゃい)」

 あいかわらず、言葉は完璧だ。

 ていうか、初めて会った時よりさらに洗練されている。

 ミクスさんも成長したな。

 この調子だと、サーカスは大丈夫かもしれない。

 そう思った時、俺はミクスさんの身体に隠れるように立っている人がいることに気がついた。

 小柄で、白いスカートドレスに長い金髪。

 さっきの主演女優さんではないか!

 ミクスさんと親しいのか?

「ミクスさん、そちらの方は?」

「え? ああ、この人は」

 美少女は、なぜか俯いたままだったが、俺は構わず前に立って手を差し出した。

「初めまして。アレスト興業舎舎長代理のヤジママコトといいます。さっきの演技は良かったですよ」

 実際、あそこに出ていた役者の中では、ジェイルくんの次くらいにはいい演技だった。

 美少女が顔を上げた。

 なぜか頬が赤くなっている。

「あ、あの、私は」

「マコトさん、そちらの方は?」

 なぜかハスィー様が割り込んできた。

「先ほどの劇の主演女優さんですね。失礼ですが、アレスト興業舎の舎員ですか? お名前は?」

 いや、こんな美少女はいなかったと思うけど。

 いたら、俺が見逃すはずがない。

 美少女は、躊躇ってから花のように微笑んだ。

 頭に手をかけて、輝くプラチナブロンドの鬘を脱ぐ。

 短いくすんだ金髪が現れた。

「あの。シイルです、マコトさん」

 男の娘?

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