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サラリーマン戦記 ~スローライフで世界征服~  作者: 笛伊豆
第六章 俺が舎長代理?

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22.お披露目?

 まず目に入ったのは、舞台の後ろに立っている書き割りだった。

 どうやら森の中らしい。

 舞台の中央には、一人の少女が蹲っている。

 長い金髪だ。

 ヒラヒラのスカートドレスを着ている所を見ると、貴族の娘か。

 顔を伏せているのでよく判らないのだが、まだ幼いようだ。

 実際身体は小さくて、アレスト興行舎で使っている子供達くらいか。

 ふと、少女が顔を上げて周りを見回した。

 メイクもあるだろうけど、凄い美少女じゃないか!

 美人というわけではなく、つまりは本来の意味での美少女だ。ラノベ的と言えばいいのか。

 これで服装がもっと過激だったら、魔法少女でもやれそうだ。

「眠ってしまったのかしら」

 細くて高いが、よく通る声だった。

 メチャクチャ可愛いじゃないか!

 こんな娘、どっから引っ張ってきたんだ?

 旅芸人の娘なのか?

 すると、いきなり舞台の袖からフクロオオカミがのっそりと入ってきた。

 凄いインパクトだよ!

 客席がざわっと蠢くのみならず、複数の悲鳴が上がった。

 すぐに係員が駆け寄って落ち着かせている。

 それでも駄目な場合は、抱きかかえてテントの外に誘導しているようだ。

 そうだよな。

 免疫のない人とか、ご婦人方は驚くよね。

 リスク管理は、しっかりやっているらしい。

 さすがシルさん(とラナエ嬢)。

 それでも、大多数の客は落ち着いて舞台を見ていた。というより、引きつけられて声も出ないようだ。

 フクロオオカミをいきなり見たら、誰でもそうなるよなあ。

 まだ成体じゃないけど、それでも体長は3メートル強。見かけ上は女の子の数倍の大きさがあるように見える。

 そんなのがいきなり出てきたら、普通の女の子だったら悲鳴を上げて逃げ出すだろうが、その娘は落ち着いて語りかけた。

「あら、ハリル。どうしたの?」

「ウォォン! オン(退屈だから、遊びに来てみた)」

 再び客席からざわっという気配がした。

 いや、動物が話せることはみんな知っているんだろうけど、これほど明確に抽象的な概念を伝えられることは知らなかったんだろうな。

 ちなみに、魔素翻訳効果範囲はかなり狭いので、フクロオオカミの吠え声が言葉として聞こえたのは、舞台から近い人たちだけだったようだ。

 なのになぜ客席全体でざわめきが起こったのかというと、どうもテントの隠された場所にいる他のフクロオオカミが同じ事を話したせいらしい。

 フクロオオカミの声は重なって聞こえてくるのだが、言葉として聞こえるのは近くにいるフクロオオカミのものになる。

 若干不自然ではあっても、舞台のフクロオオカミの言葉として認識できるようだ。

 凄いな、この工夫。

 シルさん、本気でやる気だな。

 フクロオオカミと少女は、それからしばらく語り合った。その内容から、二人がすでに知り合いであり、肝胆相照らし合う仲であることが判った。

 なんでも、以前に前足を怪我していたフクロオオカミに出会った少女が手当をしてやったらしい。

 お返しに道に迷った少女をフクロオオカミが家まで送り届けたことがあったとか。

 なんか、もの○け姫とは大分違うな。

 むしろ森の熊さん?

 二人が別れると(フクロオオカミ退場)、また壁が出てきて舞台が隠された。

 その途端、客席から一斉にため息のようなものがもれるのが聞こえた。

 子供達が興奮して話しているようだ。

 大人も似たようなものか。

 俺の近くにいるギルドのお偉方たちも、声高に語り合っている。

 概して好意的な評価のようで、俺はほっとしていた。

「素晴らしいですね」

 ハスィー様も、瞳をきらきらさせている。

「サーカスではなさそうですが」

「それは問題ありません。フクロオオカミの雇用が実現するのなら、方法は何でもいいのです」

 そうだろうな。

 だが、舞台にフクロオオカミを出すだけでは、いずれ行き詰まる。

 芝居仕立てにするなら、もっと何かインパクトがないと駄目だろう。

 今後の課題というところか。

 壁が取り払われると、そこは豪華(に見える)部屋の中だった。

 さっきの少女が中央に立っていて、向かい合うように堂々とした婦人がいる。

 豪華なドレスで、複数の指輪などをはめていることから、お金持ちの貴族のようだ。

 その周囲には、数人のお付きらしい立派な服装の男たちが立っていた。

 騎士姿の人もいる。

 何だこれは。

 宮廷か、大貴族の屋敷か?

 ご婦人が口を開いた。

「殿下は、お前をお望みです」

「そんな! わたくしは、そのようなことは望んでおりません」

「お前の意志は関係ありません。黙って従えばよいのです」

 どうも、美少女は何か意に沿わないことをさせられそうになっているらしい。

 ん?

 殿下?

「これ以上、何も言うことはありません」

 堂々たるご婦人は、堂々とした態度と口調で言い放った後、お付きの人たちとともに退席した。

 なんかあっけないけど、みんな役者としては素人だからな。

 あまり長く演っているとボロが出るからだろう。

 今気づいたけど、あの威厳のあるご婦人ってラナエ嬢じゃないか!

 騎士服の人は、郵便班のリーダーだったし。

 あとのお付きの人たちも、アレスト興業舎の事務員とかだったりして。

 総力戦だな。

 美少女はその場で泣き崩れたが、するすると背後の書き割りが移動してきて、森の中になった。

 便利だな、おい。

「王太子殿下のことは、嫌いではないけれど。でも、あの方には正妃様がいらっしゃる。わたくしは、どうすれば良いの?」

 美少女、堂のいった演技だ。

 声も細くて綺麗だが、それでいてよく通る。

 本職の女優じゃないのか。

 まあ、全役をアレスト興業舎の関係者で何とかするのは無理があるか。

 それにしても、なかなかやる。

 演技は学芸会並だとしても、舞台として立派に成立しているもんなあ。

 やるもんですね、と言おうとして、俺はハスィー様の異常に気がついた。

 ぷるぷる震えていらっしゃる。

 お顔は真っ赤だ。

 なぜ?

 それほど感動するほどの演技ではなかったような……って、あれ?

 王太子殿下がお望み?

 正妃がいる?

 どっかで聞いたことがあるような。

 俺が悩んでいる間に、舞台にはフクロオオカミが再度登場して、美少女と絡んでいた。

 今度は、客席からの悲鳴などはない。

 俺の経験でも、さすがに二度目からは大丈夫だからね。

 フクロオオカミは、話を聞いて美少女を慰めるが、何ができるわけでもない。

 愚痴を聞いているだけだ。

 そこに、新たなキャラが登場した。

「お嬢さん、どうかしたのかい?」

 イケメンだ。

 冒険者の恰好をしている。

 あれ、ジェイルくんじゃないか!

 客席から、若い娘さんらしい歓声や拍手などが聞こえてきた。

 冒険者の姿でも、カッコいいからな。

 いいな、イケメン。

 いや、それだけじゃなくて、演技もなかなかだ。ジェイルくん、どこまで有能なのか。

「これこれこういうわけなのです」

 泣き伏していたわりに、美少女が手際よく状況を説明すると、イケメンの冒険者は少し考えてから言った。

「なるほど。だとすると、君はもう、逃げるしかないね」

「でも、逃げてもわたくしには生活する手段がないのです」

 いきなり所帯じみた話になった。

 貴族の娘が生活費の心配なんかするのか。

 いや、客がギルド職員ばっかで、ほとんどが庶民だろうから、これでいいのか。

「何、お金を稼ぐ方法なら、いくらでもあるさ。

 例えば君の友達のフクロオオカミくんだ。

 彼と、その仲間を雇って新しいことを始めたらいいんじゃないかな。

 例えばサーカスとか」

 ハスィー様は、両手で顔を覆ってしまっていた。

 俺にも、やっと判ったよ。

 ラナエ嬢とシルさんめ!

 何という物語を下敷きにしているんだ!

 ほぼ、実話だろうそれは!

「ハリル、それでいいの?」

「ウォォッオン!(もちろんさ! 僕の仲間も協力するよ)」

「そうと決まれば、すぐに出発だ! 早くしないと、追っ手がくる」

 ジェイルくんじゃなかった冒険者さんよ、なんであんたがそれを知っている?

 すると、舞台の袖からバラバラッと兵士たちが現れた。

 ああ、ホトウズブートキャンプ出身の悪ガキたちね。

 そういう配役だったのか。

「何をしているのです! 早く捕らえるのです!」

 ラナエ嬢じゃなくてご婦人が、扇子みたいなものを振りかざして叫んでいる。

「ここは僕が食い止めるから、早く行きなさい」

 キャーッとまた若い娘さんらしい声が上がった。

 ジェイルくん、君って奴はどこまでもイケメンだな。

「ありがとう、冒険者さん!」

「お元気で!」

 ジェイルくんと兵士たちが切り結ぶのを尻目に、美少女はひらりとフクロオオカミのハリルくんに跨った。

「さあ、行きましょうアレスト市へ!

 フクロオオカミと人間が協力して、新しい世界を作るのよ!」

 そして、フクロオオカミと美少女は舞台の袖に去っていった。

 幕。

 やり過ぎだ!

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