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サラリーマン戦記 ~スローライフで世界征服~  作者: 笛伊豆
第六章 俺が舎長代理?

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17.劇団?

「いや、サーカスってのがどんなものかってことくらい、私だって判っている」

 シルさんは、さすがに言い訳がましく言った。

「そっちの方の訓練もやっている。だが、軽業なんかはフクロオオカミも人間も、かなり練習しないと出来ないだろう。

 だから、あまり熟達しなくてもいいような、演劇仕立ての芸をやろうと思ったんだ」

 俺とシルさんは、テントの片隅にある事務机で向き合っていた。

 俺の隣にはソラルちゃん、シルさんの側にはキディちゃんの他に、なぜかシイルもいた。

「なるほど。確かに、準備時間が短すぎましたからね」

「そうだ。言われた時点で2ケ月を切っていたからな。

 困っていたところに、マコトがヒントをくれたじゃないか」

 そんなこと、したっけ?

「巨大な狼と、人間の姫の物語だよ。それをフクロオオカミと人間の貴族の娘に置き換えて、ハイライトシーンをやれば、それだけで芸というか、劇になるだろう」

 ああ!

 ひょっとして、も○のけ姫のことか!

 あんなの戯れ言だってのに。

 サーカスとは何の関係もないし。

「そんなことはないぞ。そもそもサーカス班とは言うが、本来の目的はフクロオオカミが芸をして金を稼ぐことだ。

 別に本物のサーカスをやる必要すらない。

 しかも、フクロオオカミはめったに人里には近づかないから、ほとんどの客はフクロオオカミを見ること自体が初めてだろう。

 そんなフクロオオカミが、人間と共演したら、それだけでインパクトがあると思わないか?」

 うーん。

 それは確かに。

 極端な話、フクロオオカミが登場すれば、突っ立っているだけでも観客は満足するかもしれない。

 俺だって、初めてツォルの奴を見たときはビビッたもんな。

 体長3メートルの野生動物は、例え言葉が通じても畏怖や恐怖を呼び起こす。

 だが、それが人と一緒に劇でもやったらどうだろう。学芸会並であっても、拍手喝采は間違いない気がする。

「いいですね。いけそうな気がします」

「そうだろう? だが、私がプロデュースする以上、つまらないものは出せない。だから私は、本職の旅芸人を引っ張り込んで、アドバイスしてもらっているんだ」

 プロデュース(笑)。

 いや、魔素翻訳だから、そうなるのか。

 それにしても、あの追加予算の使い道はそれか。

 シルさん、完全に乗っているな。

 郵便班の、あの貴族のリーダーと同じくらいのめり込んでいる。そのために『栄冠の空』を辞めたくらいだからな。

「『栄冠の空』か? あれは、代表と知り合いだったから、手伝っていただけだ。

 居心地がいいんで、つい長居してしまったが、本当にやりたかったことではなかったしな。

 それにくらべてアレスト興業舎はいいぞ。何でも好きなことをやり放題だ」

 いや、それは違うと思います。

 ギルドの予算にも限りがありますので、是非自重をお願いします。

「判っているよ。今のはつい、口が滑っただけだ」

 やる気満々じゃないですか。

 いいですけれどね、別に。

 でも、俺を巻き込まないで下さい。

「そうはいかない」

 シルさんは、俺を見てニヤリと笑った。

 怖いよ!

「マコト、私はお前のそばを離れないぞ。お前といると、考えてもみなかった世界が開けていくのが判っているからな。

 私だけじゃない。他にもいるし、これからもどんどん増えていくに決まっている。

 でもまあ、気にするな。マコトはそのままでいい」

 気にしますよ!

 何なのそれ。

 シイルも、なぜ握り拳を作って頷いているんだよ!

 ソラルちゃんも悩まないで!

「ま、それはそれとして、今回の出し物のことだが」

 シルさんが真顔に戻って言った。

 冗談だったらしい。

 冗談だよね?

 忘れよう。

「劇、とおっしゃいましたよね」

「そうだ。

 旅芸人に尋ねたところ、プロの役者が劇場でやるようなものではなく、ストーリーの一部を抜き出して、ハイライトシーンのみを上演することが多いそうだ。

 大道具などの設備がないから、簡単な小道具だけで演じるらしい。

 だが、うちの場合は舞台も大道具も作れるからな。ある程度はまともな劇をやれる。

 もっとも役者が素人ばかりだから、あまり長いのは無理だが」

「でも、俺の居たところでもそういうのはありましたけど、確かストーリーの一部だけを演る場合は、その前後、というよりは物語全体を観客が知っている必要があった気がしますが」

 例えば、ロミジュリなんかだ。

 ジュリエットがバルコニーで「ああ、なぜあなたはロミオなの」とか言う奴。

 あれ、物語を知らないと、あのシーンだけ演られても何が何だか判らないよね。

「さすがマコト、判っているな。

 その通りだが、旅芸人が演る場合はもっとチープだから、逆に誰でも知っているような物語のシーンを持ってくるそうだ。

 王国の騎士と姫の話とか、魔王に襲われた村の話なんか、人気があるらしいぞ」

 こっちでもチープって言うんだな。

 いや、そういう話じゃない。

 そうか。

 別に劇として完結しているどころか、正式な物語である必要もない。

 それっぽい状況とキャラならいいわけか。

 あとは、役者の演技力でカバーすると。

「では、さっきのフクロオオカミと貴族の娘の話も」

「そうだ。舞台はまあ、どこでもいい。例えば滅びそうな国と、そこのお姫様と友誼を結んだフクロオオカミの話とかだな。

 王位を狙う悪人の手先とかも出て、それっぽく演れば、まず間違いなくウケる」

 凄いな。

 俺も、その気になってきた。

 ひょっとしたら、サーカスなんかより受けるかもしれない。

 劇団として発足した方がいいか?

「いや、ただフクロオオカミを出すだけでは、いずれ飽きられる。

 我々はプロの役者ではないし、劇団としてのノウハウもないからな」

 見切りが凄いな。

 シルさんって、ここまで有能だったのか。

 『栄冠の空』の発展も、シルさんの力が大きかったんじゃないのか。

「アレスト興業舎のメインはやはりサーカスで行くつもりだ。

 今回は時間がないので、寸劇で誤魔化すということだ。

 ギルドの新年会の余興だし、客から金を取る必要がないのがありがたい」

 そう言って笑うシルさんは、凄腕のビジネスウーマンに見えた。

 カッコいいぜ。

 惚れそうだ。

 いや、もちろんサラリーマンとしてだけど。

 シルさんが上司だったら、サラリーマン生活も楽しいだろうなあ。いや、むしろブラック企業並にこき使われるか?

「ということで、いいか舎長代理」

「あ、はい。了解です。ラナエさんには私から言っておきます」

 まあ、ラナエ嬢も本当に心配しているわけではないだろうし。

 むしろ、俺の背中を押してくれたのかも。

 そういえば、シイルはなぜここにいるんだろう。

「シイルは、予備班のリーダーだからな」

 シルさんが割って入った。

「今回は人手が足りなくて、予備班のガキどもを思い切り使っている。もちろん、日当は出しているし、無理はさせてないから心配するな」

「ならいいんですが」

 ちょっと誤魔化された気がするけど、まあいいか。

 打ち合わせがあるというシルさんを残して、俺とソラルちゃんはテントを出た。

 テントのそばで、ホトウさんたち『ハヤブサ』に指揮されたホトウズブートキャンプ出身の元悪ガキたちが動き回っているのが見えた。

 なんか、いかにも適当な鎧とかを纏って、手に棒なんか持っているけど、あれってやっぱりアレか?

「マコトさん、あの人たちは」

「ソラルちゃん、見なかったことにしよう。当日を楽しむ為に」

 ソラルちゃんは、黙った。

 それでいいんだよ。

 関係ない場合は、知らない方がいいこともある。

 下手に知ってしまったら、巻き込まれるかもしれないからな。

 知りませんでした、というのはサラリーマンにとっての最高の防御なのだ。

 もちろん、知っていてそう言うとバレたときがヤバいから、唯一の対抗策は本当に知らないことだ。

 先輩サラリーマンの言うことは聞いておくことだ。

 あれ?

 でも俺、日本でサラリーマンやっていたのは1年ちょっとだよね。ソラルちゃん、マルト商会でどのくらい働いているんだろう。

 ひょっとしたら、ソラルちゃんの方が社会人として先輩?

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