14.情報遮断?
俺とラナエ嬢がいつも一緒に帰ることは、すぐにアレスト興業舎のみならず、ギルドのプロジェクト室にも知れ渡ったらしい。
好奇心いっぱいのミーハーなマレさんが早速質問してきたが、俺もラナエ嬢もただ夕食を食っているだけだ、と言うばかりで、そのうちに噂は沈静化していった。
実際、それだけだしな。
俺にしたって、飯を食った後は一人でギルドの宿舎に帰って寝ているし。
ハスィー様たちも、そんな噂は気にしていらっしゃらないようだった。
貴族って、そういうものかね。
そんな具合に、俺の生活環境は次第に改善されつつあったわけだが、アレスト興業舎の事業は桁違いに進歩改良されていた。
暴走気味なほどに。
別に俺が頑張ったとかはない。
何というか、俺以外のみんなが異様に張り切っていて、見ているうちにどんどん話が進んでいくのだ。
特に凄いのはシルさん率いるサーカス班で、ある日稟議書らしいものが上がってきたのでアレナさんに聞いてみたら、サーカス班で旅芸人の一座を外部要員として丸ごと雇いたいという申請らしかった。
それはいいのだが、額が今までとは桁違いなので心配していたら、ギルドの決裁はあっさり下りた。
どうも、予算が青天井というのは嘘ではなかったらしい。
その他にも巨大なテントの購入費とか、大小さまざまなギミックの制作費とか、新しい雇用者とか、金が次から次へと飛んでいく。
こんなんでいいのでしょうか、とハスィー様に聞いてみたら、いいのです、という返事だった。
どうしよう。
俺がドリトル先生の話をしたばかりに、とんでもないことになってしまったのでは。
けれど、もう事態は俺の手におえるものではなくなっているからなあ。
アレスト興業舎の舎長代理兼プロジェクトの次席というのも名ばかりで、最近は決済書類にサインする以外は何もしていない。
いや、それ以前から何もしてないようなものだったけど。
ラノベの主人公で、こんな事態に陥った奴は多分いないぞ。
もともと王子様とかで、施政の仕事に追われて書類にサインしまくっているというシーンは結構あるが、それはもちろん本筋ではない。
活躍を際だたせるためのギミックのようなものだ。
そのうちに宮廷を飛び出して、エルフの美女とか幼い魔法使いとか美少女司祭なんかと一緒にダンジョンに挑むというのが、ラノベの正統的なヒーローなのに。
書類仕事ばっかで一日が終わるのは、主人公に仕事を押しつけられた側近の脇役や年老いた宰相くらいなものだろう。
俺がそれだというのなら、それはそれでいいんだけど。
でもその場合、主人公は誰なんだ?
ハスィー様やラナエ嬢は明らかにヒロインだし、ホトウさんやジェイルくんは有能だけど脇役臭がプンプンしているしな。
スピンアウトでは主役を張れるかもしれないが、アレスト興業舎では無理だ。
いやいやいや、そんな馬鹿馬鹿しいことまで考えてしまうほど、俺の日常が平穏であるということなんだけど。
ところがある日、出勤すると倉庫の一角に人が集まっていた。
みんな困惑しているようだ。
見ると、一頭【人】のフクロオオカミが横になっていて、その周りを他のフクロオオカミや大勢の人が取り巻いている。
「何かあったんですか」
「あ、マコトさん。サーカス班のツォルさんの具合が悪くなって」
病気か。
「昨夜、裏庭でみんなでバーベキューをやったんですが、はしゃいで食べ過ぎたみたいです」
こっちでもバーベキューってあるんだ。
いやそうじゃない。
ツォルの奴。
あいかわらずか。
人混みを掻き分けてツォルの前に出ると、ツォルの奴が丸まって喘いでいた。
「マコトさんの……兄貴」
「自業自得だろう。どれだけ食ったんだ」
「覚えてない……」
「凄かったです」
サーカス班のもう一頭【人】のフクロオオカミであるナムスが口を挟んだ。
「いくらでも食べ物があると、フクロオオカミはここまで愚かになれると、初めて知りました」
辛辣だな。
それにしても、ツォルもこのナムスも言葉が長老並に流暢になっているぞ。
毎日サーカス班や他の興業舎の人たちと会話し続けて、慣れたんだろうな。
やはり人間並みの知能があるようだ。
それはいいとして、困ったな。
フクロオオカミの食い過ぎに効く薬なんか、あるのか?
三番長老のミクスさんが来たので、聞いてみた。
「私たちのテリトリーの森には、食べ過ぎに良く効く薬草が生えています。でもここには、ないでしょうね」
薬はあるのか。
まあ、これだけの知能を持つフクロオオカミが病気に対して無策ということはないわな。
しかし、そんなものが人間の街にあるはずがない。
いや、有るかも知れないけど、捜すのは大変そうだ。
「それでは、私がちょっとテストを兼ねて、取りに行ってきましょう」
郵便班の、何ていったっけ細身のイケメン騎士、リーダーの人が言った。
「フクロオオカミと一緒なら、誤解されることもないでしょう。許可を頂きたい」
「よろしいのではないでしょうか」
ラナエ嬢、いつの間にいたの?
「郵便班の運用試験として許可します。警備向けに一筆書きますので、舎長代理のサインをお願いします」
最後の責任は俺に回ってくるんだなあ。
ラナエ嬢が手早く書き上げた立派な書類に俺がサインすると、郵便班の騎士は平然とフクロオオカミに跨って出て行った。
念のためか、馬も伴っていたけど。
フクロオオカミに鞍がついている!
いつの間にそんなことに?
「前からテストしていたようです」
ジェイルくんが言った。
君は何でも知っているみたいだな。
あいかわらず、その有能さは凄いね。
「最初はフクロオオカミの背中の形状や、重量制限があるので無理と考えていたらしいのですが、意外にも体長3メートル級のフクロオオカミなら、成人男性を乗せて走れることが判ったと」
おそらく、今日はフクロオオカミの耐久性をテストするつもりなのでしょう、とジェイル君。
ひょっとしたら、腹痛に効く薬草を貰ってくるという目的はついでかもしれない。
ここからマラライク氏族の生息地まで往復するとしたら、人間の足では丸一日じゃきかないと聞いたことがある。
フクロオオカミにしても、成人の人間を乗せて走ったら、それなりに時間がかかるだろう。
いくらなんでも、それまでにはツォルの奴の食い過ぎは治っているだろうし。
それより、フクロオオカミがどのくらい頑張れるかを試しに行った可能性が高い。
「もう、そんなことまでやっているのか」
「凄いですよ」
いつの間にか俺のそばにいたソラルちゃんが答えた。
君は俺の秘書だったっけ。
「ロッドさんは郵便班のフクロオオカミたちと一緒に、あちこち走り回っているようです。
この頃では、ずいぶん遠出しているみたいで。
いきなり出くわして驚いた街の人や、勘違いした村長などから苦情や救援の要請が入っています」
ああ、あの人ロッドさんだった。
どうしても覚えられないな。男は。
それにしても、そんなことになっていたとは知らなかった。
まあ、俺自身があまり現場には積極的に関わろうとしていなかったからな。
でも、俺にまったく報告がなかったのはどういうわけだ?
「その程度の些細な問題は、いちいち舎長代理にご報告するまでもありません。定例報告で上げておけば十分と判断いたしましたわ」
ラナエ嬢のせいか!
情報遮断されていたらしい。
困るなあ。
いきなり怒鳴り込まれたらどうするつもりなんだよ。
「その時は、わたくしどもで食い止めます。舎長代理の名前に傷をつけるようなことはいたしません」
やめてくれ!
俺はラナエ嬢に、これからはそういうのも含めて全部報告するように「命令」した。
このままでは、ホントにお飾りになってしまいそうだからな。
いや、お飾りなのは間違いないんだけど。
知ったからといって何ができるわけでもないしな。
でも責任者は一応、俺なんだからね?




