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サラリーマン戦記 ~スローライフで世界征服~  作者: 笛伊豆
第六章 俺が舎長代理?

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12.インターミッション~ラナエ・ミクファール~

 わたくしの名はラナエ・ミクファール。

 ミクファール侯爵家の三女です。

 お兄様とお姉様たち、それに弟と妹たちがいますので、ミクファール侯爵家を継ぐとかそういう必要はございません。

 基本的には、貴族に嫁いで家同士の結びつきを強める手駒としての役割を期待されていたわけですが、わたくしが生まれる2年前に誕生された王太子、ミラス・ソラージュ殿下がわたくしの人生を変えました。

 わたくしが12歳、すなわちミラス殿下が14歳になられた時に、王宮が「学校」を設立したのです。

 この「学校」は、かつてとある『迷い人』が伝えたとされている教育機関で、ソラージュのみならず、世界的に主流となっている「師匠と弟子」の制度を否定し、同年代の子供達を集めて一度に集中的な教育を行うというものです。

 もちろん、そのような贅沢な制度は庶民はおろか、貴族にとっても経済的な負担が大きすぎて、おいそれとは実現できないことは明らかでした。

 後から知ったのですが、以前にも王宮と有力な貴族の出資で「学園」なる恒久的な教育機関の設立計画が立ち上がったことが何度かあったそうです。

 しかし、設立は出来たとしても、試算の結果貴族の子弟すべてを受け入れるために毎年必要となる莫大な予算に耐えられないということで、その都度廃案となっていたようです。

 今回は、ミラス殿下のお相手および将来の側近を育てるということで、期間限定で発足させたとのことでした。

 「学校」の「生徒」は、もちろん王太子殿下と、それから有力な貴族の子弟、それも殿下と同年代のものが選ばれました。

 実は、この学校の設立および維持資金の大半は王宮が負担したのですが、残りは「生徒」の家が出したということです。

 よって、集められた子供達はいずれも家柄が良いか、裕福な家か、もしくはその両方を兼ね備えた家系の子弟ばかりでした。

 もっともご多分にもれず、お金は貴族より商人の所に集まります。

 貴族とはいえ大商人あがりの準男爵や、貿易を家業とする男爵家の子弟などもかなり混じっておりました。

 もちろん、公侯爵等の高位貴族の子弟は、よほどの事情が無い限り無条件で参加です。

 わたくしの父親であるミクファール侯爵は、この計画にはあまり乗り気ではなかったそうですが、体面上子弟を出さないわけにはいかなかったようです。

 わたくしは、偶然にも殿下のお歳に近いということで選ばれました。

 本当なら、せめて将来の王の側近になれるかもしれない男子を出すべきでしょうが、あいにくわたくしの兄様も弟も、年齢制限に引っかかって拒否されてしまったとか。

 ミクファール家だけでなく、例えば公爵家などは、同年代の子弟がいたのなら無理をしてでも資金を都合し、参加させたようです。

 それもいない場合は、親族から養子を入れて出したとのこと。

 もし高位の貴族家でありながら子弟を(つまり資金を)出さないと、影で何を言われるか判らないからでしょう。

 そのために、ミクファール侯爵であるお父様はやむなく娘のわたくしを「学校」に送ったわけですが、直前になってお父様に呼ばれたわたくしは、くれぐれも目立つな、出過ぎた真似だけはするな、と言い含められました。

 お父様は、侯爵にしてはというべきか、あるいは侯爵だからというべきか、あまり出世や宮廷における勢力拡大について関心がなく、家から王妃などを出したくない、と考えておられました。

 今なら判りますが、そんなことになったら将来、ミクファール侯爵家に莫大な資金負担がのし掛かってくることになります。

 過去に一度、ミクファール侯爵家から王妃が出たことがあって、本人の幸せはともかく実家は金銭的に大損害で、あやうく破産・改役にまで追い込まれるところだったということでした。

 そして、そのことによる侯爵家のメリットは、ほぼゼロだったそうです。

 この時代、血筋による関係などは儚いものです。

 例えばわたくしにも王太子殿下と同じ血がかすかに流れているわけですが、そんな者は王国中にいくらでもいて、何の意味もありません。

 わたくしと王太子殿下は又従兄弟同士ということになりますが、わたくしは「学校」に行くまで殿下と会ったことすらなかったくらいです。

 そういうわけで、わたくしは12歳になると、同年代の貴族家の娘達が舞踏会やらパーティやらを楽しんでいるのを尻目に、王宮に設けられた「学校」に送り込まれました。

 結果的には、これはミクファール侯爵家にとっては大失敗だった、ということになります。

 わたくしにとっては大成功、この年代に生まれたことを感謝しない日はないほどです。

 「学校」では、ソラージュ王国において未だかつてなかったような、高度な教育を受けることが出来ました。

 ソラージュはあまり男女格差がない国ですが、それでも女性が誰かに弟子入りをすることは希で、家業であって初めて教育と呼べるものを受けることが出来る程度です。

 もちろん、それは弟子を取る師匠が女性を忌避するからです。

 実業ではない、つまり学問的な知識や見識の分野ではそれが顕著で、従ってわたくしたちが「学校」で受けた教育は、女性としてはまさに空前絶後とも言えるべきものでした。

 王宮(と「学校」)は、王太子殿下の教育には手間と費用を惜しまず、また将来の側近や王妃候補たる学友たちも、その恩恵に与れたからです。

 それで済めばめでたしめでたしだったのですが……啓蒙を受けた結果、わたくしを含めた数名が「目覚めて」しまいました。

 まったくの大しくじりです。

 女に余計な教育を授けるものではない、という格言は、自分がそうなってみて初めて判りました。

 3年間の教育を受けた後、わたくしはもう宮廷生活にも貴族との婚姻にも、何の興味もなくなっていることに気づきました。

 いわいる「意識の高い系」の目覚めた女性となっていたわけですが、問題は目覚めたものの、何をしていいのか自分でもさっぱり判らなかったことです。

 ちなみに、学業ではわたくしは常にクラスのトップで、唯一いくつかの科目でライバルとなれたのは、ハスィー・アレストを含めた数名だけでした。

 もちろん、総合成績では他を寄せ付けませんでした。

 おそらくそのためでしょう。

 3年間の「学校」生活を終えて、「学校」側から王太子の側近候補と王妃候補が発表された時に、わたくしの名はいずれの名簿にも載っておりませんでした。

 邪推になりますが、いくつかの科目で教師(師匠のことをこう呼びます)の面目を潰したせいなのではないかと。

 わたくしは、この結果に安堵しました。

 王妃も側近も、やりたくないの一手だったからでございます。

 では何がやりたいのかというと、何もなかったのですが。

 虚しく実家に帰ってきた、といっても王都にある別邸ですが、そのわたくしを待っていたのはお見合いの嵐でございました。

 どうやら、お父様に対して「学校」から何か忠告めいたものがあったようでございます。

 将来問題を起こしそうな婦女子は、どこか目立たない貴族家に片付けてしまえ、という意図がありありと感じられました。

 それでも、王都に留まっている間は領地にいる両親の目が届かない分、まだましでございました。

 故郷に帰ったらそのまま結婚、という道筋が見えておりましたので、わたくしは出来る限り抵抗し、親友のハスィーからお誘いがあったのを幸い、とあるお見合いの席で「やらかし」ました。

 そして、そのまま出奔してハスィーの故郷であるアレスト市に逃げ延びたわけですが。

 そんなものは、一時の猶予でしかないことは明らかでした。

 何とかしようにも、手が思いつかない。

 考えあぐねていたとき、ハスィーが妙手を考えつきました。

 久しぶりに現れた『迷い人』を利用して、わたくしが職を得る方法がある、と。

 焦ったわたくしは、ここでもまた「やらかし」ました。

 そして、見事にしっぺ返しを食らいました。

 まさか、冒険者の姿で朝から身体を鍛えていたのがその『迷い人』でしたとは。

 それはいいのです。

 『迷い人』は、貴族ではないのですから、そういうことはあるでしょう。

 ですが、その『迷い人』は、わたくしに初めての経験を与えて下さいました。

 ヤジママコト。

 わたくしを無視した男。

 これまでどんな時でも、どこにいても、例え王太子殿下であろうと出来なかったことを、あっさりやってのけた方。

 謙虚、という言葉を生まれて初めて自覚しました。

 それから色々あり、現在はその『迷い人』の元で働いております。

 わたくしが求めていたのはこれだったのだ、と確信できるほど、充実した日々です。

 そして、それはまだまだ始まったばかりです。

 かの人は、これからわたくしをどう変えていくのでしょうか。

 どこに連れて行って頂けるのか。

 今では、わたくしは自分の願いをはっきりと自覚しております。

 この願いをかなえるためには、わたくしは手段を選びません。

 どこまでも、かの人に従って参る覚悟でございます。

 逃がしませんことよ。

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