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サラリーマン戦記 ~スローライフで世界征服~  作者: 笛伊豆
第五部 第八章 俺が盟主?

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25.インターミッション~ハッサン&張 (株)北聖システム東京本社にて~

「おや、懐かしい」

「本当です。

 お久しぶりですね」

 北聖システム東京本社一階ロビーで顔を合わせた二人は破顔するとお互いに抱き合って背中を叩き合った。

 男同士だが、両方とも日本人ではないから問題はない。

 周囲の人たちも慣れているのかスルーする。

「今日は何か?」

「うちの国で北聖(ここ)と合弁事業を始めることになりまして。

 張さんは?」

「定例会議。

 僕の会社が出資している企業の月例報告会」

 母国語が違う上に短期間とはいえ一緒に働いていた時の共通語だった為、会話は日本語だ。

 二人ともネイティヴと遜色ないくらい話せる。

「ああ、あれですか。

 南の島の」

「そう。

 フライマン群島の……失礼します」

 数人に囲まれた立派な紳士が通り過ぎながら手を上げて挨拶した。

 張も同じようにして応える。

「あの方は?」

「諏訪さんといって、色々コネがある人。

 奥さんが物凄い美人で。

 良ければ紹介するけど?」

「是非」

「じゃあアポ取って連絡する。

 今は時間ある?」

「大丈夫です」

「それじゃちょっと休んでいこうか。

 僕も次の約束まで時間があるから」

「いいですね」

 大柄・色黒で立派な髭を生やしたハッサンが笑う。

 二人は連れだって喫茶室に入った。

 飲み物を頼み、近況などを報告しあう。

「そうですか。

 中国はもうヤバいと」

「仕事はあるんだけどね。

 毎日がチキンレースよ。

 いつ不動産バブルが崩壊するか、債権がパーになるか、みんな横一列で伺っている。

 だから事業の大半は国外に分散させているの。

 そっちは?」

「まあ何とか。

 もうオイルマネーの時代じゃありませんからね。

 ITも過当競争です」

「でも合弁会社をやるんでしょ?」

「私は顔つなぎだけです。

 親類が北聖(ここ)に投資してまして。

 私が昔在籍していた事を話したら任されてしまいました」

「そういえばハッサンくんはアラブ首長国連邦だかどこだかの王族筋の出だったっけ」

「傍系の分家ですけどね」

「そうか。

 ハッサンくんはあの時、企業留学生だったよね」

「張さんは派遣でしたっけ」

「そう。

 あれから帰国して自分の会社を立ち上げた。

 懐かしいね」

「ええ。

 懐かしいと言えば」

「八島さんですね」

「誠くんだな」

 二人は同時にそう言ってため息をついた。

 沈黙。

「結局行方不明のままなんですか?」

「みたいね。

 彼が失踪したのはハッサンくんが帰国した直後だったよね」

「はい。

 落ち着いてから連絡を取ろうとしたら行方不明だと言われて。

 張さんはいつ知りました?」

「いつも何も、ちょっと出張していて帰ってきたらいなくなっていたよ。

 職場は大騒ぎ」

 でっぷりした中年の張は肩を竦める。

「課長が自宅(アパート)まで行ったんだけど、まるで手がかりなし。

 出勤してそのまま消えたみたい」

「私の聞いた所では、仕事で顧客の所に行って帰ってこなかったと」

「そう。

 通帳とかも自宅に置いたままだったらしい。

 パスポートもあったから国外逃亡というわけでもない」

 ううん、とアラブ人のハッサンは腕を組む。

「そのまま?」

「それきりよ。

 スマホの反応も一度もなかったらしい。

 噂だとようやく家族が失踪宣言を出したとか」

「日本の法律では行方不明になって7年でしたっけ」

「その辺はよく知らないけど。

 でも誠くんはあまり家族とべったりというタイプじゃなかったからね」

 張はコーヒーを啜った。

 あいかわらず不味い。

 張が勤務していた頃から不味かったから、客と会う時もここは使用しないようにしていた。

「そういえば聞いたことなかったけど、ハッサンくんはなぜ北聖で働いていたの?

 アラブ諸国に北聖の支社とかないでしょう」

「話してなかったですか。

 実は八島さんと知り合ったことがきっかけです。

 ドバイでした」

「ほほう。

 僕は大連だった。

 彼はまだ学生だったよね?」

「はい。

 大学を休学して世界を放浪していたみたいです。

 バックパッカーという程ではなくて、LCCを利用して色々回っていたらしくて」

「僕が会った時もそうだった。

 嵐で飛行機が欠航で。

 一緒に空港で夜を明かす羽目になって、隣に座っていた誠くんと何となく話しているうちに親しくなって」

「私は何だったかなあ。

 気がついたら話してました。

 八島さんはブロークンだけど英語話せましたからね」

「そういえば僕たちも英語で話していたような。

 でもそれをきっかけにして日本に興味を持ったのよね」

「私は最初から興味津々でした」

 ハッサンは笑ってジュースを飲んだ。

 やはり不味いのか顔を顰める。

「実は日本のアニメとライトノベルのファンでして」

「知っていたよ。

 誠くんに色々買わせていたでしょう」

「やはりバレてましたか」

「そのことでちょっとした騒ぎになったみたい。

 誠くんって結構大量の円盤(ディスク)とか本を購入していたみたいなんだけど、彼の自宅にはその形跡がなかったって」

「全部僕が引き取ってました」

 ハッサンは悪びれなく言った。

「あの頃はまだ日本語の細かい所がよく判らなくて、学生時代から八島さんに代理購入して貰っていたんです。

 代金と送料こっち持ちで。

 私に引き渡す前に読んだり見たりしていいという条件で。

 八島さんはあまりそういう傾向なかったみたいなんですが、私が調教……いえ教育しました」

「それでなの。

 誠くんって海外放浪していたくらいだからアウトドア派かと思ったらインドア派だったのは」

「アウトドア派じゃないでしょう。

 野宿とか無理だと言ってましたから。

 でも私に言わせればインドア派というわけでもありませんよ。

 アニメやライトノベル(ヲタクとして)の知識も偏っていて、例えば厨二病の解釈なんか誤解したままだったし」

「厨二病って?」

 ハッサンは咳払いして話題を変える。

「いえそれはいいんです。

 でも八島さんって魅力的な人でしたよね。

 何と言うか包容力があって」

「ああ、そうね。

 後から聞いたんだけど、実は誠くんって北聖(かいしゃ)の上の方から物凄く期待されていたみたい」

「やはりですか」

「うん。

 そもそも僕やハッサンくんが北聖に来たのも誠くんと会ったからだしね。

 本人は新人なのに色々な事をやらされるってぼやいていたけど、どうも会社は英才教育のつもりだったらしい」

「なるほど」

「よく考えたら僕やハッサンくんが新卒社員だった誠くんと一緒に仕事するって変でしょう。

 いくら英語が話せたとしても」

「私も日本に来る前に勉強して話せるようになっていましたから。

 でも、実は企業研修生として北聖に入る時にお願いしたんですよ。

 八島さんにつけてくれって。

 というより八島さんが入社したから私も北聖(ここ)に入ったという」

「僕もそうだけどね」

 再び沈黙。

「思うんですけどね」

 ハッサンが宙を見つめながら言った。

「八島さんは異世界に行ったんじゃないかと。

 召喚されて。

 だからいきなり失踪して痕跡も残さず行方不明に」

「何それ。

 アニメの話?」

「そういう物語が人気……だったんですよ。

 あの頃。

 主人公が異世界に呼ばれて勇者になって魔王と対決するんです。

 色々バリエーションはありますが」

「それはないんじゃないの。

 絵空事でしょう」

「それはそうなんですが、夢があると思いませんか。

 八島さんなら異世界で勇者になっても不思議じゃない」

「確かに誠くんだったらどこに行っても何とかなりそうだけど」

「そうですよ。

 異世界で英雄になって、美人のエルフの嫁を貰ったりするんです」

「誠くんの口癖って『俺はサラリーマンだから』じゃなかった?」

 張がからかうように言った。

「ならば異世界で会社に入って出世します。

 自分の会社を立ち上げたりして」

「ベンチャーね。

 彼はそういうタイプじゃなかったと思うけど」

「でも八島さんって、何かこうトップに立つと会社が発展する気がしませんか?」

 張は頷いた。

「それはそうかも。

 実は僕、帰国して会社を立ち上げたら誠くんをスカウトしようと思っていたんだよね」

「私もです。

 故郷で会社を作って八島さんを誘うつもりでした。

 いえむしろ社長になって貰って私はその下で働きたいと」

「残念だったね。

 お互い」

「そうですね。

 でも八島さんってどこに行っても出世しそうな気がしませんか?」

 ハッサンが言うと張が笑った。

「確かに。

 今もどこかで上手くやっている気がするね。

 その、美人嫁(エルフ)と」

「そうでしょう。

 では乾杯。

 八島さんに」

「誠くんに」

 二人はそう言ってコーヒーカップとジュースのグラスを合わせる。

 今は亡き? 友のために。

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