24.準備?
ともかく泣いている嫁をほっとけない。
俺はテーブルを飛び越えて嫁の隣に座った。
お腹を圧迫しないように気をつけながら抱きしめる。
嫁はすぐに力を抜いて俺にもたれかかってきた。
やっぱ妊娠不調なのかもしれない。
俺が気をつけるべきだった。
「大丈夫だから」
とりあえずは落ち着かせないと。
嫁を抱きかかえると何とか立ち上がる。
結構背が高いけど細身だから助かった。
まあ、俺も一応鍛えているからね。
ずっと朝練しているし。
特になんちゃって示現流の稽古は腕や胸の辺りの筋肉を強化してくれているみたいなんだよ。
鏡を見たら細マッチョと言えなくもない身体になっていて嬉しかった。
いや、そんなことはいい。
「貴方」
「黙って」
何か言いたげな嫁を黙らせて部屋を出る。
ハマオルさんがドアを開けてくれた。
自動ドアかよ。
そのまま俺たちの寝室に向かう。
嫁はハマオルさんやラウネ嬢、リズィレさんたちから顔を隠すように俺の胸に抱きついていた。
いやー、俺ってハーレクインロマンスのヒーローみたいじゃない?
寝室に入って嫁をベッドに降ろす。
助かった。
腕がプルプルしていてもう少し寝室が遠かったからヤバかったかも。
ハマオルさんたちが無言のままドアを閉めてくれる。
ありがとうございます。
「あの」
「俺のやりたいことをやるから」
嫁は黙った。
もちろんヤりましたよ。
やはり嫁も欲求不満というか、ストレスが溜まっていたみたいで激しく応えてくれた。
途中で気がついて騎乗位になって貰った。
お腹を圧迫するのは子供に良くないかもしれないからね。
俺だってこういう事に詳しいわけじゃないけど、やはり俺が嫁の腹の上に乗るのはまずいでしょう。
嫁は最初戸惑ったみたいだけど、すぐに慣れてくれた。
目の前で揺れるおっぱいが新鮮だった。
終わってから二人でシャワーを浴びる。
お互いにガウン姿でソファーに並んで座ると嫁が寄り添ってくる。
というよりはむしろしがみついてきた。
「落ち着いた?」
「はい。
ご免なさい。
わたくしの方が情緒不安定だったみたいです」
無理ないよ。
妊娠中だし。
「3人目だから慣れていたつもりだったのですが。
やはり貴方がいらっしゃらないのは寂しいです」
「悪かった。
これからはずっとそばにいるから」
そう、俺はもう長期出張や単身赴任を命じられるサラリーマンではないのだ。
自由というのは何でも出来ることだけじゃない。
何もしない自由もあるわけで。
「それは止めて下さい。
わたくしのために貴方を束縛するような事は」
「してないって。
俺は好きにやっているよ」
それは本当だ。
だって嫁だよ?
世界一の美女が俺の子供を二人も産んでくれて、しかも3人目が腹にいるのだ。
軽小説の主人公だって滅多にここまでの幸せはないと思う。
ていうかああいう主人公って大抵不幸だからな。
ハーレム作っても日常的に暴力振るわれたりして(泣)。
嫁は何も言わずにさらに密着してきた。
いかん。
またヤりたくなってきてしまった。
でも気持ちは高ぶるんだけど、体力がついていかない。
「もう寝ようか」
いやヤるんじゃなくて。
「はい」
寝る前に隣の子供部屋に行ってみた。
嫁が妊娠中は可哀想だけど離れてもらっているんだよね。
何か理由があるらしくて。
子供たちも気にしていないみたいで文句も言わない。
子供部屋には小さなベッドが並んでいた。
俺の子供達と一緒にハマオルさんの娘さんのティラナちゃんも寝ている。
付き添いのメイドさんなんかはいなかったけど、野生動物護衛の人たちが寄り添っていた。
なるほど。
安全な上にモフモフか。
ティラナちゃんは自分と同じくらいでかい猫の人にしがみついて寝ていた。
こういうの、日本にいたときにネット動画で見たことがある。
猫は赤ちゃんには驚くほど優しいらしいからね。
こっちの世界でもそれは同じか。
ていうか魔素翻訳があるし知性が向上しているから、もっと凄いだろう。
「そういえばニャルー殿の会舎とドルガ実業が合弁で『子守サービス』事業を始めたと聞きました」
嫁が教えてくれた。
「そうなの」
「元々はヤジマ屋敷に来て頂いた犬猫の方々が子供たちに添い寝して下さって、子供達が大喜びでしたので。
それを聞いたヒューリアが企画したと聞いています」
ヒューリアさんの暗躍か。
相変わらず商魂たくましいことだ。
まあ、自由にやって下さい。
でも野生動物の人たちって結構病原菌なんかを持っているんじゃなかったっけ?
その辺は大丈夫なの?
「仕事の前に念入りに消毒するそうです。
つまり自前のシャワー室があるか、あるいはニャルーの館からの直接訪問を利用出来るほどの富裕層向けサービスですね。
将来的には廉価版のサービスを立ち上げたいと言っていました」
なるほど。
かくして貴族や大商人の家庭内に野生動物が入り込むと。
そういう子守サービスを受けた子供は幼い頃から野生動物と一緒に育つわけで、大人になれば何の疑問もなく野生動物と協調して仕事したり生活したりするようになるんだろうな。
誰の謀略か知らないけど、一種の文化侵略なのでは。
まあいいけど。
とにかくこっちの世界ではドリトル先生が出来なかった事が実現しつつある。
この流れはもう、覆らないだろうね。
僧正様が存在する限り魔素は頒布され続けるし、野生動物たちの知性も維持される。
まさしく童話の世界だ。
マジでブレーメンの音楽隊とか結成されたりして。
「貴方はこんな時でも仕事ですね」
嫁がクスクス笑いながら言った。
いや別にそんなつもりはないけど。
「そのお話は私からヒューリアに伝えておきます。
わたくしたちもそろそろ休みましょう」
そうですね。
俺たちは自分の部屋に帰って一緒に寝た。
やっぱ嫁の抱き心地は最高ですね。
これからはなるべくこうしよう。
それからまったりとした日々が続いた。
ユマさんもあまりヤジマ屋敷に来なくなったし、その他の幹部の人たちも遠慮してくれているらしかった。
傾国姫が泣いたという話が広まったんだよ。
これは「目撃者」いや「体験者」による報告であるという話だった。
ドアごしにでも感じられる傾国姫の凄まじい力が押し寄せたかと思うと、それに倍するようなヤジマ大公殿下の力が優しく包み込むように治めたと。
相変わらず魔素翻訳が勝手に活躍しているな。
もはや神々の世界だよ。
このいい加減な報告は戦慄を持って受け止められた。
ヤジマ大公が嫁の気分を損ねるような奴を情け容赦なく排除するという風説が流れ、君子危うきに近寄らなくなったようだ。
ちょうどいい。
俺は嫁が子供を産むまでは休暇だ。
もちろん休暇中とはいえ、例えば国王陛下やミラス王太子殿下からの呼び出しがあれば出て行かざるを得ない。
もっとも政治的な命令が来ることはなく、ミラス王太子殿下とフレア王太子妃殿下の子供を見に来いだとか、たまにはヤジマ大公も宮廷に出ろとかいう事ばっかだったけど。
久しぶりに外に出て見たら、王都はさらに大発展していた。
新しい仕事がどんどん出来ている上、人間や野生動物たちが地方や他国から流入し続けているそうだ。
ヤジマ財団が発注する大規模工事があちこちで続いていて、更に「すべての国と組織の連合」の本会議場建設も着工されたとか。
もう出来てたんじゃないの?
「現在の国連本部は仮会議場でございます。
本会議場は海洋生物も参加できるように海辺に建てます」
久しぶりに来てくれたユマさんが言った。
色々動いているらしい。
もっともご本人は相変わらず表には出ないで、謀略に専念しているそうだ。
「それは我が主の誤解でございます。
私などは無力な隷で」
よく言うよ。
今世界を支配しているのは間違いなく略術の戦将だ。
こんな形の世界征服ってあるんだな。
戦争をせず、国も滅ばず、簒奪も占領もなく、誰一人として犠牲者を出さずに世界を奪った天才参謀。
まあ経済的にアレされた人はいるみたいだけど。
「略術の戦将」とはよく言ったものだ。
「我が主、いえマコトさんがおられての事ですよ。
マコトさん以外では誰も納得しなかったでしょう。
野生動物たちを含めて。
もっとも」
ユマさんは含み笑いをした。
何?
怖いから止めて。
「失礼致しました。
でもこれまで行ってきた事は地固めに過ぎません。
我が主が次の目標を定めるまでの準備運動でございます。
それは皆、理解しております」
理解してないでしょ!




