23.本望?
国際救助隊の設立が発表されると国連大使から連絡を受けた各国政府から支持や参加の申し出が相次いだ。
それはそうだよね。
寄付とか単なる協力じゃないのだ。
特に北方諸国にとってはむしろ自国が生き残れるかどうかの瀬戸際と言っていい。
ララエ公国を襲った魔王についての報告書を見るまでもなく、北方諸国の中でもエラやララエに近い国は結構揺れたらしいんだよ。
それに対して北方諸国は何の手も打てなかった。
自国内の被害調査すら無理だったらしい。
国力からしてそんな余裕がないのだ。
国際救助隊の一刻も早い設立が望まれる。
これを受けたヤジマ財団は正式に「国際救助隊」の創設を宣言。
既に動いていた準備委員会の活動を前倒しして組織整備に乗り出す。
「事務局がそのまま立ち上げ組織に移行します。
幹部級には既に辞令を出しました」
「合わせて実行部隊隊員の募集も開始しました。
基本はヤジマ警備からの選抜になりますが、その他の要員については志願制を実施しております」
ヤジマ屋敷でぼーっとしている俺の所には毎日のように報告が届く。
別に聞きたくもない気がするんだけど、俺がヤジマ財団の理事長ということで、報告しないわけにはいかないのだそうだ。
全部理事長代行に任せてあるから好きにしてもいいのに。
「そういうわけには参りません。
我が主。
これは我が主の理想を体現するものでございます。
何かあればいつでもおっしゃって頂ければ」
いや、何もないです。
ていうかあれって俺の理想ってことになっているのか。
テレビドラマの国際救助隊について覚えている事を話しただけなのに。
あれはSFドラマではあるけど、ストーリー的に言うとかなり荒唐無稽だったんだよね。
設定は言わずもがなだったし。
人形劇の方もテレビでやったのを見た覚えがあるんだけど、確か第一話は事故を起こした原子力で飛ぶ旅客機を救助する話だった。
無茶苦茶な設定で、原子力エンジンが暴走したかどうかして、2時間以内に救助しないと乗客が被爆するとかいう設定だったような。
そんな危ない飛行機に客なんか乗せるなよ!
まあいいけど。
「設立は大丈夫なの?」
「予定通りでございます。
実はヤジマ財団がヤジマ学園に委託した調査や研究で、今後予想される魔王の顕現をリスト化しております。
大気の魔王の顕現は長期予測不能としても、大地と海の魔王についてはかなりの精度で顕現が予想出来ると報告を受けております」
何と。
日本の地震予知連絡会も真っ青だな。
でも観測機器もないのにどうやって?
「野生動物の方々は予兆を感じ取れるとのことですね。
ララエ公国防災顧問のハムレニ殿が中心となって、野生動物会議で予兆の連絡網を構築中とのことでございます。
予算はヤジマ財団から出ておりますので、そのノウハウを研究中と報告を受けております」
ハムレニ殿って渡り鳥だったはずなのに、すっかり定住化してしまったらしい。
まあ、別に渡らないからと言って死ぬとか繁殖できなくなるわけじゃないらしいけど。
日本でもツバメとかが屋根に住み着いて冬を越したという話を聞いたことがあるし。
それはいいとして、ならばある程度魔王の顕現を予測出来るわけか。
「精度はまだまだでございますが、顕現場所や規模については今後経験を積み重ねていけば向上するとのことです。
ヤジマ財団の調査部に専門部署を作って対応しております」
凄いね。
ヤジマ財団の調査部と言えば元帝国軍情報局長が率いるあそこか。
金に任せて色々な所から最精鋭を引っこ抜いている臭いからな。
それでなくてもヤジマ学園は学術的には世界最高峰の組織になっていると聞いている。
ただ優秀な研究者がいるだけじゃなくて、莫大な研究費とか自由な議論とか、そういう学者の理想郷が実現しているそうだ。
そんなもんですかね。
俺にはよく判らないけど。
「すべて我が主のご指示なのですが」
知らん。
「とにかく順調ということで」
「はい」
ならいいや。
「俺が何かすることってある?」
「現時点では特に。
こちらから随時ご報告させて頂きます」
よろしく。
マジで俺の役目って終わったみたいだね。
後は嫁や子供たちとのんびり暮らせばいいか。
珍しく俺たち一家しかいない夕食の時にその件について言ってみたら、嫁には首を傾げられた。
「そうでしょうか。
貴方ほどの方がこの程度でご満足なさるとは思えないのですが」
何それ?
俺はサラリーマンだよ?
しかももう引退の身だ。
年金こそ出ないけど、現役の時に貯めた金で楽隠居する予定なのに。
「ユマさんからも俺がやることは特にないと言って貰っているし」
「ユマの立場ではそう言うしかないでしょうね。
貴方にご指示するわけにはいきませんし」
「俺、今までずっと略術の戦将の指示に従ってきただけなんだが」
ユマさんが笛を吹いて俺が踊るという方法論だったはずだ。
それが一番上手く行くのだ。
俺の意志で何かやったことなんかない!
嫁はため息をついて言った。
「少しお話しさせて頂きます」
はい。
傾国姫が真面目モードになった?
いや、嫁はいつもマジなんだけど、ちょっとムードが違うような。
リズィレさんたちが呼ばれ、娘と息子が寝室の方に連れて行かれた。
これから風呂に入って寝るらしい。
「ばいばい、パパ」
おお、パパがカタカナで聞こえる(違)。
息子の方は俺をじっと見てから頷いただけだった。
やっぱ俺の息子って転生者か何かなんじゃないの?
現時点でも俺より思慮深そうに見えるんだけど。
俺は嫁に連れられて居間に移動した。
向かい合ってソファーに座る。
メイドさんが手早くお茶を配膳してから頭を下げて消えた。
ハマオルさんやラウネ嬢、リズィレさんたちも遠慮してくれるらしい。
近くにはいるだろうけど。
そして俺は嫁と二人きりで、正面から向かい合うことになってしまった。
ちょっと怖い。
ラヤ様によれば、俺の嫁は突然変異だそうだ。
本当の純北方種とは前トルヌ皇国皇王陛下であるラルレーンさんみたいな人であって、扱いをちょっと間違えただけで国が傾いてしまうような物凄い存在ではないらしい。
怖いから嫁には言ってないんだけどね。
まあ、どっちにしても俺の嫁は嫁だ。
北方種だろうが何だろうが関係ない。
「そのお心は嬉しいのですが」
嫁が身体を少し移動させて楽な姿勢を取りながら言った。
悪阻は治まったみたいだけど、それに伴ってお腹がかなり大きくなっているな。
次はどっちだろうか。
「貴方」
はい。
誤魔化されてくれなかったか。
俺の現実逃避も許して貰えそうにない。
傾国姫からは逃げられない。
判りました。
聞きましょう。
でも何か、ムード的に校長室に呼び出された生徒みたいな気持ちなんですが。
「コウチョウシツとはどんな場所なのか知りませんが、ここはヤジマ屋敷の居間です。
そんなに構えなくてもいいです。
私は別に文句を言うつもりではありません」
さいですか。
それは助かった。
で、何でしょうか?
嫁は頷くと話し始めた。
「貴方は自由です。
何でも出来ます。
にも関わらず、ずっと皆のために尽くしてきた。
御自分を後回しにして、周囲の者共を幸せにするためにずっと働き続けてこられました」
「いやハスィー、それは違う。
俺は犠牲になんかなってないから」
ここは反論せずにはいられない。
だって本当に俺は何もしてないんだよ。
まあ、確かに自分のやりたいことをやってきたかというとそれも違う気がするけど。
でもやりたくないことを強制されてきたわけでは。
「判っております。
貴方が嫌がってはいないことは十分承知しております。
ですが、貴方が望んだ事でもありませんでした。
そうではありませんか?」
うん。
それはそうなんだけど。
アレスト興業舎から始まったこの大騒ぎって、別に俺が望んだわけでも目指した事でもないからね。
正直言えば社交は今でも苦手だし、礼儀はあいかわらず心許ない。
国王とか皇帝とか、日本に居たらあり得ないような高位の人と話すのは疲れるし。
特にオウルさん。
あれは何とかならんのか(泣)。
「でも、別に嫌じゃないよ。
それに多少面倒だったとしたってハスィーや子供たちがいて、ジェイルくんやユマさんがいて、ラナエ嬢やシルさんや色々な人が」
「そうやって誤魔化されてきました」
嫁の白い頬に涙が流れていた。
泣いている?
俺、何か拙いこと言った?
「違います。
そうではなくて、そろそろ貴方が本当にやりたいことをなさって下さいと申し上げているのです!」
俺のやりたいことか。
いや、そう言われてもね。
ニート?




